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第12話 大名持貴彦


 鈴姫すずひめ華凛かりん公文くもん寅美とらみは、御殿の大部屋になだれ込むように入室した。


「な……! 御宮おみや様! どうしてこちらへ……」

 家老の比延ひえ大膳だいぜんが狼狽した。


 比延やその他の老中達は、十二畳の大部屋の中心に輪になって座しており、その真ん中にデスクトップパソコンが鎮座している。公文はすぐさまそこに駆け寄り、屈みこんでマウスに手を置いたが、


「ええと……メールを開けばいいんでしたっけ……。参ったな、僕だってパソコンなんて高価なもの、ほとんど触ったことありませんよ……」


「私なら分かります! 代わってください!」

 言うが早いか鈴姫は公文の手からマウスを奪い、畳の上で操作しづらそうにしながらも、ディスプレイの画面を次々切り替えていった。


 華凛が隣で画面を覗き込み、比延や老中達は呆気に取られてその様子を眺めている。


 その末座に、井宮いのみや将監しょうげんが頭を掻きながら座り込んだ。


 ななは遥か下座の縁側に座し、蓮太郎れんたろうに至ってはそのさらに向こうの中庭の地面に正座していた。御陣屋には上れませぬ、とぐずる蓮太郎を鈴姫が一喝し、庭に座らせることで何とか納得させたのだった。


「……これ、お父様のチャンネル……全世界に向けて発信してるんや……」

 お尻を突き出した格好の鈴姫は瞬く間に動画サイトのページを表示し、ディスプレイを全員に見えるように動かし、再生アイコンをクリックした。


 黒い画面が切り替わり、とある景色が映し出された。


 場所はどうやら城郭内の広場らしい。風の吹き荒ぶ屋外で、石垣の一部を背景に、一人の男が肩の力を抜いた自然体で立っている。


 動画内の大名持おおなもち貴彦たかひこは風の吹く方向に目を向けながら、噛み締めるような口調で切り出した。


『十五年……このまま異国で朽ち果てるも詮方せんかたなしと思っていたが、そうもいかなくなった』


 大名持が神妙な面持ちで歩き出し、カメラがそれを追従する。


『かねてから俺が警告していた、幕府による『廃神はいしん案』――日本全土の山を削り、森を焼き、川をせき止め、海を埋め立て、諸藩余すところなく全ての神社を廃社と為し、魂鋼たまはがねをかき集めて異国に売り払う――その案が、とうとう実行に移されるという確報を掴んだからだ』


 公文が苦々しげに首を振った。

敬神派浪士けいしんはろうしが、昔からよく吹聴している虚言です……。現実の幕府に、そんなことをする利点も、実行する力も無いというのに……」


『俺はこれ以上、日本の危機に目を瞑っていることができなかった。外では異国が虎視眈々と我が国の資源と領土を狙い、内では幕府が国を売り渡す策を練る……この国はかつてないほどの危機に直面しているのだ』


 大名持の歩みは段々と大股になり、それに伴って声も力を帯びてゆく。

『思えば日本の神々は怠けすぎだ。神代以降、この国の神々は国を導き人を導かんとする意志を長らく失った。神に救いを求める人々の声は、天下に満ち満ちているというのに……』


 華凛はちらりと鈴姫を盗み見たが、鈴姫はただただ緊張した面持ちで、以前のような憧れの表情は見出せなかった。


 大名持は拳を握り締め、さらに足を速めた。

『武士達よ、俺に志を預けよ……! 回天の炎はまだ潰えてはおらんぞ。もう二度と、異人の靴で神州を穢させたりはせん。神道と士道の結晶たる御霊機おんりょうきの精強さを以て、今こそ強国日本の名を世界に轟かせるのだ。そのために――まずはこの国の病根である幕府を、排除する』


 大名持は突然立ち止まり、

『それを阻む者は――神罰を被るだろう』


 腕を伸ばして前方を指し示した。カメラが従い、その光景を映し出す。


 広場の一角で、白装束を着た男達が横一列に正座し、一様に首を垂れている。そしてそれぞれの傍らには、抜き身の太刀を上段に振りかぶる男達が――


「ひぃっ――‼」


 その悲鳴は鈴姫が発したのか、それとも華凛が発したものだったか。ともかく華凛は鈴姫に覆いかぶさるように抱きつき、その目を腕で塞いだ。


「寅ぁっ‼」

 庭にいる蓮太郎が叫ぶ。公文が慌ててマウスに飛びつく。騒ぎ立てる老中達。刃物が振り下ろされる音。液体が飛び散る音。重い物が地面に落ちる音――


 騒然とする中、最後に大名持貴彦の声がはっきりと聞こえた。


『何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ ……――あっははは!』


 公文は電源コードを力任せに引き抜いた。おぞましい音声は途切れ、モニターは闇となった。


 居並ぶ老中達が次々と騒ぎ立てる。

「あれは……松江まつえ藩の宿老しゅくろうはんらやないんか⁉ 何の故あって首斬られなあかんのや!」

「そら親藩しんぱんやからや……! 敬神派共、いよいよ大乱起こすつもりやで……!」

「ほなら、わしらもいずれああなるいうことかいな……!」


 公文は電源コードを持ったまま肩を上下させ、

「馬鹿な……! 十六年前は、決してあんな御方ではなかった……! 一体何が……⁉」


 華凛は震える鈴姫を腕に抱き寄せる。


 蓮太郎とななは声も上げない。


「……方々、少し落ち着かれませい」

 と言ったのは、家老の比延大膳だった。

「一大事なればこそ、対策を急がねばならん。至急、御公儀ごこうぎと姫路藩にご連絡を……」


「それは無駄だと昨日申し上げたはずです」

 公文はコードを放り出し、正座して比延に向き直った。

「幕府陸軍にこれ以上御霊機を送る余裕はありません。姫路藩も同様です。自藩の防衛に手一杯で、ただでさえ数少ない御霊機を送ってはくれないでしょう」


 比延は公文を横目で睨み、

「……では昨夜貴殿が放言したように、西国に援軍を頼むしかないと言うのか」


「左様です。幕府が頼むに足りず、近場の藩も当てにできないとあらば、幕府に次ぐ軍事力を持つ『雄藩』を頼るしかありません。幸い、いくつかの雄藩は大坂の藩邸にも御霊機を配備しています。それを回してもらえば、なんとか間に合うでしょう」


 老中達がまた騒いだ。

「あんた、まさか刹摩さつまやら張州ちょうしゅうやらのことを言うとるんやないやろな!」

「当家は小藩なれども譜代ふだいやぞ! 刹張さっちょうの賊どもに踏み荒らされてたまるかいな!」


 公文は呆れ気味に息を吐き、

「では遺憾ながら、皆様方はあの動画と同じ運命をたどるしかないでしょうね」


 老中達はたちまち口をつぐんだ。


 比延が口元を歪ませながら、

「……では公文殿。刹張が御霊機を弊藩へいはんに寄越してくれるという保証はあるのですかな」


「ええ、あります」


「なぜそう言い切れる」


「彼らを呼び寄せられる名が、ここにあるからです。必ず、彼らは来ます……」


 公文は開かれた障子の外へ視線を転じ、


「――穂積ほづみ蓮太郎の名を出せば」


 鈴姫が華凛の腕の中から顔を覗かせ、遥か後方の庭に端座する蓮太郎へと、潤んだ視線を注いだ。


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