「な……!
家老の
比延やその他の老中達は、十二畳の大部屋の中心に輪になって座しており、その真ん中にデスクトップパソコンが鎮座している。公文はすぐさまそこに駆け寄り、屈みこんでマウスに手を置いたが、
「ええと……メールを開けばいいんでしたっけ……。参ったな、僕だってパソコンなんて高価なもの、ほとんど触ったことありませんよ……」
「私なら分かります! 代わってください!」
言うが早いか鈴姫は公文の手からマウスを奪い、畳の上で操作しづらそうにしながらも、ディスプレイの画面を次々切り替えていった。
華凛が隣で画面を覗き込み、比延や老中達は呆気に取られてその様子を眺めている。
その末座に、
ななは遥か下座の縁側に座し、
「……これ、お父様のチャンネル……全世界に向けて発信してるんや……」
お尻を突き出した格好の鈴姫は瞬く間に動画サイトのページを表示し、ディスプレイを全員に見えるように動かし、再生アイコンをクリックした。
黒い画面が切り替わり、とある景色が映し出された。
場所はどうやら城郭内の広場らしい。風の吹き荒ぶ屋外で、石垣の一部を背景に、一人の男が肩の力を抜いた自然体で立っている。
動画内の
『十五年……このまま異国で朽ち果てるも
大名持が神妙な面持ちで歩き出し、カメラがそれを追従する。
『かねてから俺が警告していた、幕府による『
公文が苦々しげに首を振った。
「
『俺はこれ以上、日本の危機に目を瞑っていることができなかった。外では異国が虎視眈々と我が国の資源と領土を狙い、内では幕府が国を売り渡す策を練る……この国はかつてないほどの危機に直面しているのだ』
大名持の歩みは段々と大股になり、それに伴って声も力を帯びてゆく。
『思えば日本の神々は怠けすぎだ。神代以降、この国の神々は国を導き人を導かんとする意志を長らく失った。神に救いを求める人々の声は、天下に満ち満ちているというのに……』
華凛はちらりと鈴姫を盗み見たが、鈴姫はただただ緊張した面持ちで、以前のような憧れの表情は見出せなかった。
大名持は拳を握り締め、さらに足を速めた。
『武士達よ、俺に志を預けよ……! 回天の炎はまだ潰えてはおらんぞ。もう二度と、異人の靴で神州を穢させたりはせん。神道と士道の結晶たる
大名持は突然立ち止まり、
『それを阻む者は――神罰を被るだろう』
腕を伸ばして前方を指し示した。カメラが従い、その光景を映し出す。
広場の一角で、白装束を着た男達が横一列に正座し、一様に首を垂れている。そしてそれぞれの傍らには、抜き身の太刀を上段に振りかぶる男達が――
「ひぃっ――‼」
その悲鳴は鈴姫が発したのか、それとも華凛が発したものだったか。ともかく華凛は鈴姫に覆いかぶさるように抱きつき、その目を腕で塞いだ。
「寅ぁっ‼」
庭にいる蓮太郎が叫ぶ。公文が慌ててマウスに飛びつく。騒ぎ立てる老中達。刃物が振り下ろされる音。液体が飛び散る音。重い物が地面に落ちる音――
騒然とする中、最後に大名持貴彦の声がはっきりと聞こえた。
『何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ ……――あっははは!』
公文は電源コードを力任せに引き抜いた。おぞましい音声は途切れ、モニターは闇となった。
居並ぶ老中達が次々と騒ぎ立てる。
「あれは……
「そら
「ほなら、わしらもいずれああなるいうことかいな……!」
公文は電源コードを持ったまま肩を上下させ、
「馬鹿な……! 十六年前は、決してあんな御方ではなかった……! 一体何が……⁉」
華凛は震える鈴姫を腕に抱き寄せる。
蓮太郎とななは声も上げない。
「……方々、少し落ち着かれませい」
と言ったのは、家老の比延大膳だった。
「一大事なればこそ、対策を急がねばならん。至急、
「それは無駄だと昨日申し上げたはずです」
公文はコードを放り出し、正座して比延に向き直った。
「幕府陸軍にこれ以上御霊機を送る余裕はありません。姫路藩も同様です。自藩の防衛に手一杯で、ただでさえ数少ない御霊機を送ってはくれないでしょう」
比延は公文を横目で睨み、
「……では昨夜貴殿が放言したように、西国に援軍を頼むしかないと言うのか」
「左様です。幕府が頼むに足りず、近場の藩も当てにできないとあらば、幕府に次ぐ軍事力を持つ『雄藩』を頼るしかありません。幸い、いくつかの雄藩は大坂の藩邸にも御霊機を配備しています。それを回してもらえば、なんとか間に合うでしょう」
老中達がまた騒いだ。
「あんた、まさか
「当家は小藩なれども
公文は呆れ気味に息を吐き、
「では遺憾ながら、皆様方はあの動画と同じ運命をたどるしかないでしょうね」
老中達はたちまち口をつぐんだ。
比延が口元を歪ませながら、
「……では公文殿。刹張が御霊機を
「ええ、あります」
「なぜそう言い切れる」
「彼らを呼び寄せられる名が、ここにあるからです。必ず、彼らは来ます……」
公文は開かれた障子の外へ視線を転じ、
「――
鈴姫が華凛の腕の中から顔を覗かせ、遥か後方の庭に端座する蓮太郎へと、潤んだ視線を注いだ。