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第14話 差賀藩からの技術士


 黄昏時、神社近くの土蔵で、蓮太郎れんたろうは〈秋水しゅうすい〉の点検と調整を行い、華凛かりんはその手伝いをしていた。


 燃料槽に軽油を注ぎ込みながら、華凛はこんな数世代前の機体でよくあんな機動が出来たものだと改めて呆れた。


 燃料槽の蓋を閉めながら華凛は問いかけた。

「それじゃ大名持って、昔はあんな人じゃなかったってこと?」


 蓮太郎は上の操縦席で計器盤のカバーを引っぺがしつつ答える。

「あの方は……喩えるなら真っ新な白布のような方だった。自分から動いたり意見を言ったりすることはあまりなかったが、その分、人の意見はよく聞き入れ、一も二もなく賛成するような……まあ、良くも悪くも素直だった」


「じゃあどうして今はあんな……。海外暮らしが長かったせいとか?」


 蓮太郎はしばらく沈黙してから、独り言のように言った。

「もしくは……『奸臣かんしん』の仕業か」


「カンシン? 何それ」


 答えは返ってこなかった。気難しい人ね、と華凛は心中で言ってから作業に戻った。


 そんな二人を背景に、公文くもん寅美とらみはスマホを手に土蔵の中をぐるぐる回りながら、

「何をちんたらしゆうがじゃ……こっちにも面子っちゅうもんがあるがぜ……」


 華凛はたまりかねて声をかけた。

「それで、結局刹摩さつまは来るの? 来ないの?」


 公文は立ち止まり、弱り切った表情でスマホを覗きこんだ。

「……刹摩本国の家老殿は確かに承諾を寄越しました。『あん和郎わろが、そげんこっ言うて頼んじょったか。おしおし、いっでん遣わしもそ』とか言って……。でもどうやら、大坂の刹摩藩邸はんてい側が渋っているらしくて、一向に連絡が……」


「来ないなら来ないで放っとけ。刹摩人を当てにする方が間違いだ」

 蓮太郎の声が上から降ってきた。


 華凛は操縦席を見上げ、

張州ちょうしゅうの人みたいなこと言うじゃない。穂積ほづみさんって、刹摩で御霊機おんりょうきの操縦習ったんでしょ?」


 蓮太郎は華凛をまたも無視し、

「刹摩なんかより、姫路の『石切いわきりしゅう』の件はどうだったんだ。俺が連絡した時は、皆喜んで手を貸すと言ってくれてたが」


 公文はぶつぶつと、

「それも、姫路藩庁の『待った』が入りまして……あやびととはいえ、禍獣かも始末役しまつやくを他藩に気軽に貸し与えることはできぬと……。まあでも、いま優先すべきはやはり人足よりも御霊機おんりょうきの数かと……あっ‼」


 入り口の扉が開く音と、公文の大声が重なった。


 華凛が目を向けると、通用扉の前に見知らぬ人物が立っているのが見えた。


「お待ちしていました! あなたは刹摩の……! あれ?」

 公文は犬のように駆け寄ろうとして、途中ではたと止まり、相手の姿をまじまじと見た。


 その人物は公文を気にも留めずに通り過ぎ、〈秋水〉の前まで来て輝く目で見上げた。

「ははあ、こいがこん藩保有の御霊機ですか。中々に……中々ばい」


 おそろしく不健康そうな学生風の青年だった。制帽と制服には毛玉が浮き出、頬はこけて窪み、目の下には隈がある。


 蓮太郎は操縦席から飛び降り、青年の前に立った。

「……貴殿は」


 青年は人の存在に初めて気づいたように驚き、学生帽を取って頭を下げた。


飛前ひぜん差賀さがはん弘道館こうどうかん学校大学課程六年生、及び差賀藩砲兵工廠ほうへいこうしょう一等工学技士、江藤えとう甲子雄きねおです」


「差賀藩って……」

 華凛は公文に水を向けた。


「いや、声は掛けましたがまさか……差賀藩の方が来ていただけるとは」

 公文は喜ぶよりも困惑した様子で言った。


 差賀藩士・江藤えとう甲子雄きねおはまるで聞く耳を持たず、また機体を見上げてまくし立てた。

「そいでですが、こん機体は張州ちょうしゅうのキ517がた試製しせい軽戦機けいせんき〈秋水〉じゃなかと? 五十年ほど前、張州陸軍技術廠ぎじゅつしょうが初めて対御霊機おんりょうき戦ば想定して試作した実験機で、極限までの軽量化によって高機動性ば実現したばってん、当時の演算機では複雑な戦闘行動ば構築しきらんで、歩行制御以外の全ての駆動ば機乗士きじょうしの操作でまかなうっちゅう無茶苦茶な運用方針の……」


「あの! ちょっとよろしいですか……!」

 公文は江藤の正面に回り込んだ。

「江藤さん、あなたは大坂の差賀藩邸から援軍として来られたんですよね……?」


「あ? 大坂から来たんはそうやけど、援軍じゃなかよ。御霊機も持って来ちょらんし」


「は? じゃあ何をしに?」


「そりゃデータ収集たい。おいは大坂で最新鋭機の演習ばしちょったばってん、ここでいくさばすって聞いて、だけん来たんばい。御霊機同士の戦いなんぞ、一生に何回も見らるーもんやなかと。おいは後方で観察しとーけん、戦は勝手にやっとってくれん。そもそもおいは機乗士じゃなか」


 公文は絶句して口を開け放した。


 江藤はサッと右手を挙げ、

「そいぎ、おいはこのへんで。藩主殿と今人神いまひとがみ様に挨拶ばしてこんばいかん」


 唖然としている公文を残し、江藤はさっさと歩いて蔵から出て行ってしまった。


「……変わった人ね」

 華凛が言うと、蓮太郎は複雑な表情で、


「あれはまだましな方だ。差賀藩は……色々とおかしい」


「おかしいって……人が?」


「人も、教育も、技術も、御霊機も……」


 蓮太郎は言いながら操縦席に上って行った。華凛もグリス注入器を手に持ちつつ、

「水準が高すぎるってこと?」


「そんな言葉じゃ言い表せない。あえて表現するなら……変態だ」


「へんた……い?」


「二十年前の時点でもう色々おかしかった……今はどうなってるのやら」


 電子音が鳴り響き、二人の会話を中断させた。


 呆然としていた公文は目を覚まし、スマホの画面を注視した。

「張州軍の偵察報告です。雪彦山せっぴこさんちゅうの浪士に動きあり。敵情を鑑みるに、明朝、神河藩領こうがはんりょうへ侵攻の公算大。敵御霊機の数……少なくとも十機以上……⁉ こっちは結局のところ六機しかいないというのに……!」


 華凛は〈秋水〉の片腕に埋め込まれた刀を見上げ、脚部をパシン、と叩いた。


「……やるしかないわよ。でしょ」


 バチン、と計器盤のカバーを強く閉める音が、上から聞こえた。



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