やがて砂地を踏みしめる音が二人分聞こえ、鈴姫は顔を上げた。
鳥居をくぐってやってきたのは
「……お呼びでございますか」
蓮太郎は鈴姫から離れた場所で立ち止まり、腰を曲げて頭を下げた。
鈴姫は口をへの字に曲げて駆け寄り、蓮太郎に向かって右手を差し出した。
「……携帯、出して」
「……何故」
「ええから出すの!」
蓮太郎はいそいそとポケットから二つ折り携帯電話を出し、両手に乗せて差し出した。
鈴姫はそれを拾い上げ、
「うわ古っる……何年使っとんこれ……」
「ほんの二十年足らず」
「古すぎ……。操作分からへん……なな手伝って……」
鈴姫は自分のスマホと見比べながら、ななと二人がかりでボタンをポチポチ押して何やら操作した。
しばらくして、鈴姫は蓮太郎に携帯を返しながら、
「うちの番号入れたから。いちいちななに呼びに行ってもらうんも悪いし。……呼んだらすぐ来てよ」
「……何故」
「なにゆえって……」
鈴姫は口ごもり、少ししてから目を怒らせ、
「……うちが危ない目に遭うたらどうすんの! ぐちぐち小言言うだけやなくて、助けに来てくれたってええやろ!」
「そのような時には、呼ばれずとも馳せ参じまする。……何をおいても」
「っ……」
思わぬ返答に鈴姫は狼狽し、顔を紅潮させた。
「そっ……それやったら、ええんやけど……」
鈴姫は唇を尖らせて言った。
隣のなながそっと口元に手を当てた。
束の間、境内に無言ながらも穏やかな時間が流れた。
鈴姫がおもむろに口を開いた。
「
唐突な質問にも蓮太郎は淀みなく答える。
「主上をお護り致すという務めを思えば、いかほども」
しかし鈴姫は顔を曇らせ、
「うちは……ものすごく怖い」
下を向き、両手で袴を握り締め、声を震わせた。
「お父様が、あんな……あんな恐ろしいこと……。もしお父様がここまで来てもうたら、御陣屋の人も、
蓮太郎は拝跪したまま言った。
「……そうではありませぬ。華凛殿も張州人らも、それぞれの意思によって事に当たっております。主上がお気に病まれる必要はござりませぬ……」
鈴姫の顔は晴れず、それどころか寒さに震えるように両肩を抱き、
「うん……けどあかん、人が死ぬかもって考えてまうと、どうしても怖い……ちゃんとせなあかんって、分かってるのに……」
「……主上」
決して鈴姫の顔を見ない蓮太郎は、勇気づけるように声を張り上げた。
「なればその怖れ、しばし私にお預けくださりませ」
「……え?」
鈴姫はきょとんとして蓮太郎を見下ろした。
「人以上に感情を持つは神の
そう言って蓮太郎は実にわざとらしく身体を震えさせた。
鈴姫は思わず吹き出し、
「ぷくく……それあかんやん……穂積、これから戦いやのに……」
「心配御無用。……ではなく、ああ怖い怖い。怖くて辛抱たまりませぬ」
「あーもう、ええって……うちもう大丈夫やから……」
鈴姫はななと顔を見合わせ、笑い合った。
少ししてから、鈴姫はふと思いついたように言った。
「穂積ってさ……うちが何か命じたら、聞いてくれんの?」
「主上の
「そしたら……」
鈴姫は間を置かずに言った。
「無事で、帰ってきて。勝っては欲しいけど……。でも無事で帰って来るのが絶対。いい?」
蓮太郎は肩を少し揺らし、今一度深く頭を下げた。
「……承知仕りましてござりまする」
鈴姫は笑った。華が咲いたような、輝くような笑顔で。
「……うん! よろしい! ……あははっ!」
穏やかな風が境内に吹き込み、鈴姫の十二単を柔らかく膨らませた。