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第16話 出陣


 一ノ宮いちのみや級六七式中戦機ちゅうせんき双燕そうえん〉。近接格闘戦を重視する張州ちょうしゅう軍の伝統的設計思想に基づき、装備は左右両腰に一本ずつ帯びた祓御霊剣ふつのみたまのつるぎと、背部に負った着剣済みの単発式小銃。全体的な輪郭は細く、他藩にありがちな甲冑的装飾などは一切見られない。森林迷彩の施された装甲は神性を帯びて鈍く輝いており、魂鋼たまはがねがふんだんに含まれていることが分かる。


 神河こうが藩陣屋町より播但道ばんたんどうを一里ほど北上した山間部に、四機の張州機と一機の幕軍機が轟音をこだませて今到着した。


 先頭の〈双燕〉隊長機に乗る椙杜すぎもり佑月ゆづき中尉が、他の四機に無線で呼びかける。

ひのえ号より告ぐ各機に告ぐ。各々、状態を報告せよ』


『こちらきのと号、異常見当たらず。機体は正常に動作せり』

 と、副隊長の志道しじ少尉が答える。


つちのえ号、異常なし。正常と存ず』

 早良さわら伍長と、


みずのえ号、同じく正常なり』

 口羽くちば伍長が続き、そして、


「…………あっ、ひ、ひつじ号、異常なし……です」

 華凛かりんはつい気もそぞろになって返答が遅れてしまった。


 すると間髪入れずに隊長――椙杜すぎもり佑月ゆづきの怒鳴り声が耳元で響いた。

『こらひつじぃ‼ なに気ぃ抜いちょんじゃワレぇ‼ てれんこぱれんこすんなっちゃ‼』


「てれんこ……? いやだって、いきなり指揮下に入れって言われたんだし……」


 華凛は落ち着きなく大権現型だいごんげんがた四番機の操縦席内を見渡した。内部は綺麗に清掃されていたが、どうしてもあの日のことを思い出してしまう。……特に首の後ろにある孔のことを。


「……ねえ、穂積ほづみさんは本当に大丈夫なの? 一機で先行したりして……」


 前面モニターに映る〈双燕〉の隊長機が脅すように鋭角な頭部をこちらに向けた。

『無線で名前呼ぶなバカタレが‼ 穂積君はなぁ‼ 敵に先んじて強襲かけるためにこの先で待ち伏せしとんじゃ‼ ワレごときが穂積君の作戦にへんじょーこんごー言うないや‼』


『中尉殿、どうか落ち着いてください』

 きのと号こと志道しじ広義ひろよし少尉がなだめた。


 華凛は頭部モニターを動かし、北の林道へ続く道路を見た。この辺りの水田地帯は見晴らしが良すぎ、待ち伏せするなら林の中しかない。


「……まあそういう作戦だってことは聞いてるけど、多勢相手に危険すぎない?」


『しろしいわ。相手が多勢じゃからこそ搦め手を使うしかないんじゃろが』

 佑月は一応落ち着いたらしく、不機嫌な声で言った。


 ―――― ◇ ――――


 そこからさらに北の林の中、蓮太郎れんたろうは道路わきの地面に横たわる〈秋水しゅうすい〉に、落ち葉の色をした偽装網をかける作業をしていた。


 遠くから何度も確認して満足のいく偽装ができ、帽子型ヘルメットと太刀を持って操縦席を開けようとしたその時、


「穂積ぃ……」

 しわがれた声に背後から呼ばれ、蓮太郎は振り向いた。


 井宮いのみや将監しょうげん老人が苦虫を噛みつぶしたような顔で立っている。


 その隣に、五月人形のような格好をした男がいた。赤糸威あかいとおどしの大鎧、鍬形くわがた前立ての星兜ほしかぶと草摺くさずりに白鞘の腰刀をぶら下げている。


 傲然と構えている大鎧の若者の隣で、

「この……こちらの方は知っとるやろ……」

 将監が気落ちしたように言った。


 蓮太郎は目を据え、

「……馬廻うままわり役の大歳おおとせ甚五郎じんごろう殿御子息、渕右衛門ふちえもん殿……」


「せや……。あんな、御家老がな、張州さんら他藩の皆さんがようけ見てはんのに、犬神人いぬじにんを出陣させるんは当家の面目が立たん、とか言いよってん……。ほんで、幸いにもこの渕右衛門ふちえもん殿は家柄もええし、江戸に留学して御霊機おんりょうきの操縦習うたから、ちょうどええやろ言うて……」


 蓮太郎は黙っていた。大歳おおとせ渕右衛門ふちえもんは兜の目庇まびさしの下から睥睨へいげいし、

「御霊機の機乗士きじょうしとしては当代一流の師に学んだのだ。あのようなボロに乗るのは気が進まぬが、主家のために辛抱して乗ってやる。御宮おみや様も、穢れ仕事ばかりの貴様などより、それがしのために神験しんけん勧請かんじょうなされた方がお喜びになられるであろう」


 蓮太郎は暗雲渦巻く瞳で睨みつけている。


 渕右衛門は一歩踏み出し、手を差し出してきた。

「さあ鍵を渡せ、犬神人いぬじにん


 蓮太郎は動かない。渕右衛門はこらえ性なく叫んだ。

「さっさと出せ‼ 無礼討ちにされたいか‼」


 蓮太郎はゆっくりと動き出し、小さなぬさの付いた起動鍵を手に乗せ、それを差し出した。


 渕右衛門は無造作に鍵を掴み取り、鎧をうるさく鳴らしながら〈秋水〉へ向かった。


 蓮太郎は振り返らず歩き出し、将監を伴って林の奥へ進んで行った。


「すまんの……わしかて散々言うたんや。せやけど禍獣始末役の分際ではどうもあっかい……」


「将監様を責めようなどとは微塵も思いませぬ」


 二人は脇道近くに停めてある中型トラックのもとにたどり着き、将監は助手席へ、蓮太郎は運転席へ乗り込んだ。


 一方の渕右衛門は〈秋水〉に掛けられていた偽装網を引き剥がしながら、

「犬神人め、さもしいことをしおって……。隠れて騙し討ちなど武士のやる事ではないわ」


 網をどかせ、胴体部の側面にある扉を開き、大鎧の窮屈さに苦労しながらもやっとのことで操縦席に入り込み、ベルトを締めた。


 そしてあちこち探した後、計器盤の下にある鍵穴を見つけ、起動鍵を差し込んで回した。


 ―――― ◇ ――――


 その頃、瀬織津姫せおりつひめ神社の拝殿内で、板敷きの床に置いてある箱型の機器が『起動中』のランプを点灯させた。


 それを見たななは背後に向けて頷く。


 床に正座している鈴姫すずひめは頷き返し、両手を合わせて目を閉じる。


 ななは本殿に向かって御幣ごへいを振り、祝詞のりとを唱え始めた。

けまくもかしこ大祓神おおはらえのかみ、瀬織津姫の御前に、畏み畏みももうさく――」


「……あれ?」

 鈴姫は目を開けた。何かがいつもと違う。何か……説明できない違和感が……


「どうしたの?」

 ななが祝詞を中断して鈴姫を見た。


 鈴姫はハッとして、

「ううん、なんでもない。続けて……」

 今人神いまひとがみとしての役目を果たすべく、鈴姫は精神を集中させた。


 ―――― ◇ ――――


〈秋水〉が動き出した。


 地に片手を付き、脚を曲げ、関節から不安定な音を発しながらぎこちなく立ち上がる。


 大歳おおとせ渕右衛門ふちえもんは激しい振動に眩暈を覚えながらも、操縦桿を握ろうと腕を伸ばした。が、


「……ん? 操縦桿は?」


 無かった。

 あるのはあちこちから突き出している大小様々のレバーのみで、機体の制御や攻撃を行うための二本の操縦桿が無い。


 アクセルペダルはある――踏んでみると、凄まじい振動とともに機体はふらふらと歩き出し、道路の真ん中に躍り出た。


 しかし歩けるだけではどうにもならない。試しに手近にある短いレバーを握ってみた。だがこれがとんでもなく固い――両手で掴み、全体重を乗せる勢いでやっと前に倒した。


 ガタン――と音がして、刀の埋め込まれた右腕が九十度曲がったのが見えた。


 渕右衛門は、兜の下から冷や汗を垂らした。



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