「わあっ――‼」
「鈴姫様……⁉」
なながすぐさま側に来て屈みこむ。
鈴姫は上体を起こし、自身の胸を押さえて激しく呼吸しながら、
「……止まった……! 何か……何かがあって、〈
「え……? でも……」
ななは傍らの受信機を見た。『起動中』のランプは変わらず点いており、その横の
「
鈴姫は青い顔で立ち上がり、一目散に駆けだした。拝殿の引き戸を開け、外に飛び出す。だがその瞬間、そこにいた何者かに衝突しそうになった。
「わっ……! く、
「神社を警護していたんです。それより、〈秋水〉が止まってしまったとか?」
「そ、そうなんです! なんでか分からないけど、感じたんです! 多分、敵にやられて……! 穂積がどうなったのか、確かめたくって……!」
「なるほど……しかし鈴姫様を戦場に行かせるわけには……そうだ、それなら御陣屋に行きましょう。穂積さんの安否確認くらいはできるでしょう。さあ……」
公文が手で外を指し示すと、鈴姫は即座に飛び出して行った。
ななは拝殿の中から、疑わしげな眼を向けている。
「寅美さん……?」
公文は振り向き、真意の知れない微笑を浮かべて言った。
「さあ、ななさんも急いで」
―――― ◇ ――――
もはや何の音も発さなくなった無線機のスピーカーを、
庭に坐している
「……〈秋水〉の中枢機能は操縦席の周囲に分散して配置されております。
比延は聞いていなかった。いくつもの青筋をこめかみに浮き出させ、
「貴っ様……! それほどの欠陥が……それほどの不備があると分かっておりながら……! 貴様は今まで、ずっと放置しておったのか‼」
しかし蓮太郎は恐れ入るどころか、まなじりを決して睨み返し、驚く程の大声で言い返した。
「いかにも放置しておりました‼ 数え切れぬほどの故障と不備を抱えたあの機体を‼
比延が怯んだ。老中達が雷に打たれたような顔になった。
「理由はただ一つ、金が無いためにございます‼ ご存じでないのかもしれませぬが、機械の修理には金がかかるものでござる‼ されど御藩庁はこれまでびた一文たりとも修理費を承認されませなんだ‼ 私がどれほど嘆願しようと、一向に‼」
比延の顔が驚きから怒りへ戻った。
「だっ……黙れ‼
しかし将監老人はことさらに鈍い表情になり、
「はあ……まぁ……何ちゅうか……わし耳悪うて、腰も
騒ぎを聞いて、
―――― ◇ ――――
鈴姫は勝手知ったる御殿の廊下を走り抜けた。公文が後ろにぴったりと付き、ななが少し遅れてついて来る。
中廊下を抜け、中庭に面した片廊下に出ようとしたところで、鈴姫は思いがけず足を止めた。
「あ、あれ?」
蓮太郎がいた。庭にぽつんと正座し、こちらに背を向け、大部屋の方を向いている。どうしてここにいるのかは謎だったが、しかし何はともあれ、
「よかった、穂積……!」
と駆け寄ろうとした瞬間、鈴姫は後ろの公文に呼び止められた。
「お待ちを。何か取り込み中のようです。少し様子を見てみましょう」
でも、と言い返そうとした時、大部屋から比延の怒鳴り声が響き渡り、鈴姫は身を竦ませた。
「そ……それがどうしたというのだ‼ 金が入用なのはどの役目でも同じであろう‼
蓮太郎は、今まで鈴姫が見たこともないほど怒っているようだった。
「さもありましょう……! しかし皆様方はたった今、その穢れ役の犬神人ごときが操る、欠陥だらけの旧式機に、
数人の老中が顔を逸らしたが、比延
「黙れ……黙れ、黙れい‼ 穢らわしい犬神人ごときが……! このわしに、よくそんな口をききおったな‼」
比延は喚きながら立ち上がり、足を踏み鳴らして大部屋を横切り、縁側から中庭に降り、その勢いのままに蓮太郎の頭を蹴り飛ばした。
「ああっ‼」
鈴姫の叫びは同時に叫んだ何人もの声に埋もれてしまった。急いで中庭に降りようとしたが、公文に行く手を阻まれた。
「いけません……あなた様が出て行っては」
「なんで! どいてよ! 穂積が……!」
「あなた様が立ち入るべきではないのです。ただ、よくご覧になっていてください……!」
今や老中達だけでなく、張州人や
「この……!
蓮太郎は振りほどこうとしなかった。抑えつけられる力をものともせず頭を横に向け、恐ろしい目つきで比延を睨みながら、どすの利いた声で言った。
「左様……穢れは、私の……私だけのものにござる」
比延は怯んで手を離した。しかしすぐに怒りに震え、今度は正面から蓮太郎の顔面を蹴り飛ばした。鼻地が宙を舞い、庭に点々と跡を残した。
「っ……!」
鈴姫は涙目になって駆け出そうとしたが、公文は何としても行かせないつもりらしく、廊下を固く塞いで通さなかった。
「それほど穢れ仕事が好きならば……! さっさと戦場に戻り、そのオンボロに乗ってもろともに散ってくるがよかろう……‼」
蓮太郎は
「……結構。これに懲りましたら、今後二度と私の役目に
鼻から血を流したままの蓮太郎はそう言い残すと、踵を返して歩き出した。比延を一顧だにせずに庭を横切り、勝手門を開き、御殿の外へ出て行った。
公文が鈴姫を振り返り、
「……さあ、行きましょう。穂積さんは今度こそ〈秋水〉に乗るようです。鈴姫様は神社にお戻りにならなければ」
廊下を引き返す直前、大部屋の方から老中と将監との会話が微かに聞こえてきた。
「将監殿は……随分と気性の荒い犬を飼うておられるようですな……」
「まさか……あんなんとてものこと、わしの手には負えませんわ……あの男の
―――― ◇ ――――
鈴姫は廊下を進みながら、悔し涙を押し止めることができなかった。
「なんで……! なんで穂積があんな……あんなことされなあかんの……!」
先導する公文が背中を向けたまま言う。
「身分ですよ……。身分が、人間をあのようにしたんです。妖し人は人とは認められず、当の妖し人もその扱いを当然のこととして受け入れている……。それを根底から覆さない限り、穂積さんは今後もずっと、あのような扱いを受けざるを得ないでしょう……」
鈴姫は走りながら両手を握り締めた。ななが深刻な表情で、その背を見つめている。