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第19話 不明機、さらに


 四機の張州ちょうしゅう軍機と一機の幕府軍機が、複数の正体不明機からの銃撃に曝されている。


『気に入らん……ぶち気に入らんぞ……‼ 神聖なる魂鋼たまはがね滅多矢鱈めったやたらにぶっ放しよって……‼』


 張州ちょうしゅう軍人、椙杜すぎもり佑月ゆづきは乗機の〈双燕そうえん〉を杉の木のもとで屈みこませ、遥か前方から途切れ途切れに飛んでくる弾丸を掻い潜りながら忌々しげに言った。


 とはいえ細身の〈双燕〉でさえ、何本もの木々を遮蔽にしてもなお弾を防ぎきることはできず、機体のあちこちに損傷を蓄積させている。


「あの……あの機体は……!」

 小隊の最後方で機体を屈ませている華凛かりんは、身を隠す直前にちらりと目にした敵の機影を思い浮かべ、衝撃に身を震わせながら言った。


「あれは唐土もろこしの『神靈士兵』よ! なぜ大陸の兵器を、浪士達が……⁉」


『ねんごー垂れんのは後じゃ‼ 敵は敵‼ しゃんしゃんせえや‼』


 佑月は頭部カメラを木の幹から覗かせ、前方を盗み見ながら、

『小隊聞け! 今からうちが突出して敵の射撃を引き受けるけぇ、お前らはその間に――』


『中尉‼ お待ちを‼』


 副隊長の志道しじ少尉が突然叫び、佑月を制止した。


『な、何じゃワレ‼ うちの命令に叛く気か‼』


『そうではありません‼ 後ろを……‼』

 志道の機体は頭部を後方の林道に向けていた。他の機が続々と背後を見る。


「な……!」

 華凛は絶句した。


 巨大な金属の塊が、道路の幅いっぱいに鎮座し、しかもそれが奇妙な音を発しながらじりじりとこちらへ向かって来ている。前面は鋲の打たれた分厚い金属板で、よく見るとそれは巨大な盾であることが分かった。


 何者かが、魂鋼の盾を構えながらこちらへ迫って来ているのだ。


 小隊の誰もが言葉も発せないうちに、その巨大な盾が大きく揺らめき、地面をこすりながら横に移動した。そして盾を構えていたものが姿を露わにした。


 華凛の乗る大権現型だいごんげんがた改八かいはちよりもさらに重量級の機体だった。丸みを帯びた各部位が黒く艶めき、折れた太いパイプのような構造物を背中に負っている。右手に構えた大口径連装銃は、まっすぐこちらを狙っていた。


「は、挟み撃ち――⁉」

 華凛はパニックになりかけた。


『いや……あれは』

 佑月の無線は、正体不明の重量機が突如発した声に遮られる。


『一発三十両じゃ』

 轟発――遥か後方で爆発が起こり、小隊が一斉に振り返る。敵方のうち一機が爆炎を上げて倒れ伏しているのが見えた。


 誰もが呆気に取られている中、重量機は右手の大口径連装銃を下ろし、青年の声を発した。


『こいで僕らん仕事は終わったち思うてたもっせ。たしか貴重な魂鋼じゃっで、こい以上は無駄づけ無駄遣いにごわんさ』


 一瞬、その場の全員が、動きを止めた。


『…………刹摩さつまああああアアアア‼』


 佑月の絶叫が無線の音声を軋ませた。


 刹摩のものらしき重量機はどこ吹く風といったように後ろを振り返り、爽やかで耳に心地よい青年の声で、


『のう菱刈ひしかりサァ、おはんには悪りけんど、あん程度ん敵なら僕らが出張でばっこともなかろ。張州サァらに任しもんそ』


 華凛は今気づいたが、その機体の後ろにはもう一機黒い機体があった。盾持ちの機体よりは細身だがやはり重厚で、特に下半身が極めて太い。銃器は持っておらず、代わりに背部に長刀を三振りも背負っている。その機体もまた外部スピーカーで低い声を発した。


『……肝付きもつきどんが一発撃ったんじゃで、拙者も一機は斬りもす』


 その間に敵の部隊は混乱から回復し、一機、また一機とこちらに向けて銃撃を開始した。


『いしたっ』

 刹摩の重量機は奇声を発し、前に出て左手の盾を地面に叩きつけた。銃弾が突き刺さるが、分厚い魂鋼を貫通するにはとても至らない。


 刹摩機は盾を構えながら、

『ないをそげんぼさっしちょらるっ。張州サァ、はよ突撃してけ』


『こんの……‼ 刹摩の……‼ 芋ったれが……‼』

 佑月は毒づきながら制御盤を操作し、外部スピーカーに切り替えて怒鳴った。

ちばけんなふざけるな‼ 一発だけ撃ってあとはうちらに突っ込ませようっちゅう気か‼ 刹摩人なら先陣切って戦わんかい‼』


『……なんと、おなごにごあしたか。じゃっどん、そげな指図はお断りしもす。刹摩もんじゃからいうて誰もが血膨れた木強者ぼっけもんち思わるっとは好かん。偏見はいかんど』


しろしいやかましいわ‼ そねぇなごつい機体乗ってきちょって青臭いこと抜かすな‼』


 華凛は焦心に駆られ、頭部を出して敵方を見た。すると思わぬものが目に入った。

「ねえ、ちょっと……あれ見て! 〈秋水しゅうすい〉に誰かが近づいてる‼」


 カメラをズームし、その姿をモニターで確認した時、華凛はさらに驚愕の声を上げた。


「あれ……穂積ほづみさんじゃないの⁉」



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