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第20話 縦(ほしいまま)に操る


 鼓膜を激しく叩く銃声に顔をしかめながら、帽子型ヘルメットを被った蓮太郎れんたろうは落ち葉を踏みしめ歩いていた。


 刹摩さつま御霊機おんりょうきに遠距離から撃ち抜かれ、黒煙を上げて燃えている異国の機体の側にさらに数機の敵機が居並び、薬莢を道路にばら撒きながらアサルトライフルを連射している。その前方に、忘れ去られたように〈秋水しゅうすい〉が転がっていた。


 蓮太郎は林を抜けて道路に出た。近くの敵機が射撃を止めて頭部を向けてきたが、攻撃してくる気配はない。こんな所に一人でのこのことやって来た男が、まさか敵兵だとは思っていないのだろう。


 蓮太郎は田に向かう百姓のように朴訥ぼくとつに歩き、胴体部の真ん中を撃ち抜かれた〈秋水〉のもとまでたどり着いた。側面の扉を開け、上半身を押し込んで乗り込む。


 大歳おおとせ渕右衛門ふちえもんは目を見開き、鼻と口から血を流し、そして胴腹に赤黒の大穴を開けて死んでいた。大鎧は見る影もなく血液と何らかの体組織に塗れ、操縦席のあちこちにもそれが飛び散っている。


 蓮太郎は怯みもせずにベルトを外し、右手で鎧の首根っこを掴むと、大力を込めて鉄箱から引きずり出した。さらにそのまま右腕一本で死体を持ち上げ、力任せに放り投げた。


 渕右衛門の死体は手足をあらゆる方向に折り曲げながら、道路わきの草地に転がった。


 太刀を外し、操縦席に潜り込む。と、座席の上部にある小さな神棚に血がこびりついているのが目に入った。蓮太郎は舌打ちし、懐紙を出して拭った。その後席に着き、扉を閉め、太刀を足元に押し込み、ベルトを締め、歩行制御をオンにしながら首掛け型イヤホンを装着した。


 ここに至って敵部隊はようやく蓮太郎の意図に気がついたらしく、前方への射撃を中止し、立ち上がりかけている〈秋水〉へと銃口を向けた。


 敵が撃ってきた――と同時に、蓮太郎は座席右下にある寝かせた状態のレバーを引いた。瞬間、脚部のシリンダーが爆発的な力で伸張し、〈秋水〉は前方へ跳んだ。銃弾を掻い潜り、一息に敵機の足元へ激突。バランスを崩す敵機。蓮太郎は拷問じみた振動に耐えつつ、左側の二本のレバーをほぼ同時に引く。〈秋水〉の左腕がフックのように曲がり、敵機の左脚部を掴む。間髪入れず、今度は右側の二本を手前に。刀の埋め込まれた右腕が旋回し、左脚部の付け根を斬り裂いた。


 導線を斬られた脚部はたちまち動力を失い、機体は仰向けに倒れる。蓮太郎はペダルを踏んだ。左脚を高々と上げて倒れこむ敵機に乗り上げ、右のレバー二つを連続で奥に。右腕が一直線に伸び、敵の胴体部を真っすぐ貫いた。


 細長い覗き穴と、その下に開いた大穴の向こうで、突き刺さった刀とそこから火花が弾けているのが見える。〈秋水〉は右腕を引き抜いた。べっとりと付いた血を、切っ先から滴らせて。


 ほんの一瞬の間に、これだけの事態が展開していた。


 残り十機となった異国の御霊機の真ん中で、〈秋水〉内部の蓮太郎は無線のスイッチを入れた。


「……ひのえ号、助けてくれないか」


 ―――― ◇ ――――


 『っ――‼』


 佑月ゆづきが息を呑み、

『小隊続け‼ 何としても〈秋水〉を援護するんじゃ‼』


 四機の張州ちょうしゅう機が白煙を立てて急発進し、華凛かりんもペダルを踏みぬかんばかりにして続いた。


 煙の立ち込める中、その場には二機の刹摩機が残された。そのうちの一機、大口径砲を担いだ機体が盾から頭部を覗かせて感嘆の声を発した。


『……ひったまがった。あれが御家老どんの言うちょった播州人かい……あげんな動き見たこっあっと? 菱刈ひしかりサァ』


 その僚機が、背部の長刀の一つに手を掛けながら、

『やはりあやびとじゃ。あげんた武士の戦じゃなか。……じゃどん、もちっと近ぢてみもんそ、肝付きもつきどん』




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