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第22話 人斬り夜叉


『こいつ――』


 左脇腹を斬り裂かれた佑月ゆづきの隊長機が無線で叫ぶ。

『こいつは――〈人斬り夜叉〉じゃ‼』


(人斬り――⁉)

 華凛かりんでもその存在は知っていた。幕府や諸藩の御霊機おんりょうきを神出鬼没に破壊して回る、素性一切不明の機乗浪士きじょうろうし。その恐るべきやり口も――


『隊長! 奴は極めて危険であります! 自分が背後から仕留めます!』

 早良さわら伍長の駆るつちのえ号が無線を送り、〈人斬り夜叉〉の後方でそっと単発式小銃を手に取る。


 ところが〈人斬り夜叉〉は背後の何事を察知したのか、突然一陣の旋風と化したように腰を捻って回転した。片鎌槍かたがまやりが風を切り、目にも止まらぬ速さで旋回。その片鎌が戊号の横腹へ――深々と突き刺さった。


『っ――‼』

 衝撃音と共に苦痛の叫び。片鎌の刃が操縦室にまで届いたのは明らかだ――


『早良ぁっ‼』

『おのれっ‼』

 佑月、そして口羽くちば伍長が同時に叫ぶ。そして口羽のみずのえ号は急発進し、槍を持つ敵の左側面へ急襲。


 だが、〈人斬り〉は信じ難い動きをした。右手を槍から離し、同時に左手で佩刀の柄を逆手に握り、抜刀――右手の甲で太刀の峰を押し上げるようにして、下から上へ斬り上げた。


『なっ――‼』

 機体の正面、ちょうど操縦室の辺りを斬られ、壬号は受け身も取れずに前へ転倒。道路を滑り、脚部の駆動輪がむなしく空回る。


 膝をつく戊号。倒れ伏す壬号。そして太刀を構え佇む〈人斬り夜叉〉――


 華凛は唾を飲み込んだ。


 いかにかしこき神を勧請かんじょうしようと性能を上げようとも、御霊機には最大にして不可欠の急所が付きまとう。


 奴が狙うはただその一点――すなわちそれは機乗士の命。


 ――ゆえにその者〈人斬り〉なり。


 その隻影めがけて突っ込んでゆく、黒い機体が一機。


 二本目の長刀を正眼に構えた刹摩さつま機が、極太の足腰を深く沈めた姿勢で疾走している。僚機から「菱刈ひしかり」と呼ばれていたその機乗士は、舌なめずりする獣のような声色で言った。


肝付きもつきどん、あや上物じゃっで、あいだけ斬って帰りもんそ……!』


 金色の頭部が回り、面頬の下で光る眼が刹摩機を捉える。が、すでにそこは「菱刈」の間合いであった。刹摩機は長刀を大上段まで振りかぶり、

『きぁ――……‼』

 あの耳をつんざく絶叫を――


 だがその瞬間、〈人斬り夜叉〉が素早く動いた。それも避けるのではなく、まっすぐ前へ。刹摩機が長刀を振り上げたまさにその時、がら空きになった胴腹へ一直線、太刀を目いっぱいに突き出した。


 その切っ先は寸分たがわず操縦室へ突き刺さり――


 止まった。二機が、同時に。〈人斬り〉の太刀は帽子の辺りまでが刺さった状態で、刹摩機の長刀は大上段に位置したまま、時が止まってしまったかのように両機とも動かない。


「あ……!」

 華凛は気付いた。〈人斬り夜叉〉の右肩後ろ、片肌脱ぎのごとく装甲が欠けた部分に、虫のようにくっ付いている短躯の機影。〈人斬り〉の三分の二ほどしかない体高の〈秋水しゅうすい〉が、右腕をいっぱいに伸ばして刃を突き刺していたのである。


 駆動音が静寂を破る。〈人斬り〉は上半身を捻り、同時に太刀を背後に振るう。しかし〈秋水〉はこちらも素早く跳んで距離を取る。〈秋水〉の右腕に固定されている刃があまりにも短すぎたせいか、〈人斬り〉に大した損傷は与えられていないらしい。


『もういい、夜叉よ』


 突然、知らぬ男の声が遠方から響いた。見ると異国機三機のうち中央の一機が前に進み出ている。よく見るとその機体はただ一機、腰に幅広の曲刀を帯びていた。


『まったく、こんな乱造機など、乗って来ぬ方がましだったか……。夜叉、これだけ損害を出してしまっては占領は無理だ。一足先に本陣に戻り、大名持おおなもち様の下命を待っておれ』


〈人斬り夜叉〉はしばらく止まっていたが、やがて駆動輪を軋ませて動き出した。太刀を納め、つちのえ号に突き刺さっていた片鎌槍を引っこ抜くと、威すようにその場で一回転し、白煙を巻き上げて道の先へ走り去った。三機の異国機を追い越し、その姿はあっという間に見えなくなった。


 華凛はどっと息を吐いた。


 佑月が倒れた二機の方に近寄り、無線で呼びかける。早良と口羽の二人は怪我こそしているが、命に別状はないらしい。安堵する隊長機の側に、志道の副長機が近づき、

『隊長、それよりもあの声……』


『ああ……分かっちょる』

 佑月は前方に機体を向けた。異国の三機は道路に転がる機体の亡骸を挟んで対峙し、ライフルを手にこちらをじっと見つめている。中央の一機が、先ほどの男の声を発した。


『そこそこ、陣頭に立っても恥ずかしくないようにはなったか……椙杜すぎもり


 隊長機は微動だにしないが、中の佑月が動揺したのは気配で分かった。佑月は外部スピーカーを入れ、震える声で呼びかけた。

『やはり……! 飯森いいもり典成のりなり中尉でありますか……!』


『今はお前が中尉なのだろう。とはいえ、お前にそう呼ばれるのも懐かしいものだ』


「ど、どういうこと……⁉ あの人、張州ちょうしゅう人なの……⁉」

 華凛は今日幾度目かの驚きを覚えた。背後から肝付とかいう刹摩人の呑気な声が聞こえる。


『なあんじゃ。張州サァら、えろう気合い入っちょるち思うたら、脱藩浪士の後始末に来ただけっちゅうこっかい』


 飯森典成は喉を鳴らして笑い、刹摩機に侮蔑の口調を送った。

『刹摩人……自藩の利益と敵のはらわたのことしか頭に無いおのれらには分かるまいが、我らの肩には積もりに積もった遺志というものがあるのだ。旧幕時代より百五十年余り、回天を夢見て命を散らした幾千もの張州志士達の遺志が……。椙杜、お前には分かるだろう……』


 佑月は声を怯ませたが、

『たとえそうでも、あの今人神いまひとがみに従うなど! 飯森殿! あの方は変わってしまった! あなたほどの方が、『廃神案はいしんあん』などというカビの生えた虚言を信じているわけではないでしょう!』


 飯森は寸刻黙った後、声色の隅に苦みを込めて言った。

『……虚勢もまた、時勢なり。どれほど浮薄で中身の無い言説であろうと、人々が熱狂すればそれは正義となるのだ。……旧幕時代、我ら張州人は身を以てそれを実証した』


 末尾の台詞には、これで会話は終わりだという意思が込められていた。飯森の機体は踵を返し、他の二機を追い越して走り去った。配下の二機はライフルを油断なくこちらに向けながら後ずさり、やがて十分に距離を取った後、飯森を追って去って行った。


 その背が見えなくなるまで、一同は動かなかった。華凛は乾き切った唇を開き、

「とりあえず……勝った、ってことでいいの……?」


『いや、まだだ』

 と言ったのは蓮太郎れんたろうだった。


〈秋水〉はするりと佑月の機体へ近寄り、

ひのえ号……大丈夫か』


『うん……大丈夫、大丈夫じゃけぇ……心配かけて、ごめん……』

 と佑月はしおらしく言ってから、見事なまでに声音を切り替え、

『志道、本営に通達せぇ。早良、口羽両名負傷につき後送隊を送られたし。我らは任務遂行のため、これより北上する』


 おい刹摩人、お前らも付いて来い――と、佑月は刹摩の二機に呼びかけた。


 大音量で問答する刹張さっちょう陣営をよそに、〈秋水〉が今度は華凛の機体に近づいて来た。


ひつじ号、あんたは。まだ動けるのか』


「えっと……大丈夫、動けるけど、北上するって……? 奴らを追撃するってこと?」


『……あんたの当初の軍務、忘れたわけじゃないだろう』


「え? ……『雪彦山せっぴこさん中に屯す敬神派浪士どもを鎮圧せよ』……忘れてないけど」


〈秋水〉は振り返り、遠方にそびえる山の稜線を見上げた。


『敬神派浪士……その中核を成すのは、大名持ひとりだけじゃない』



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