真昼時の
「〈
敬礼しながらそう言った刹摩の
「挨拶が遅れもしてもっさけなか、
その隣で、同じ軍服を着た大柄な青年が敬礼した。髪は古風な総髪で、筋骨逞しい体格とは裏腹に、顔立ちはまだあどけない。青年は努めて低くしているような声で、
「同隊
しかし二人の刹摩人に応答する者はいなかった。
「……空気読まんかい。刹摩ん坊どもが」
吹き荒ぶ風の音に負けないよう、鈴姫は言った。
「……うちには無理やって思うから、反対するん?」
蓮太郎は首を振った。
「そうではありませぬ……それ以前の問題なのです」
「また、『御為よろしからず』?」
「……いいえ。誰の為にもならぬことなのです」
鈴姫は肩を怒らせた。
「なんで……! なんでよ! あんなに苦しんでる人らがおるのに、放っとけって言うん⁉」
蓮太郎もまた声を張りあげて言った。
「あれらはほんの一部に過ぎませぬ……! あの人数を救うために主上が矢面に立たれるなど、どうあっても看過できませぬ……!」
「違う! あの人らだけやないの! 身分とか生まれとかから解放されたいって願ってる、たくさんの人達のために……!」
「いいえ主上‼ この国のほとんどの人間は、そんなことを望んでおらぬのです‼」
蓮太郎のあまりの大声に、鈴姫は怯み、口をつぐんだ。
「嘘だとお思いならば、陣下の百姓を何人かつかまえて訊いてみなさればよろしい‼ お前達は、身分の別から解放されることを望むかと‼ 九割九分までが首をかしげて去るのみか、否と答えるでしょう‼ なぜなら、それは現状の秩序が変わるということだからです‼ それだけで、彼らは拒絶する‼ 彼ら自身が将来的に得るであろう利益をいくら説いても‼ それがこの国を良くすることだと何遍説明しても‼ 現状が変わるという、ただそれだけの理由で、世人は反対するのです‼」
どの人影も、絵になったように動かなかった。ただ蓮太郎の叫びだけが、風に乗って木々の向こうまでこだましていった。
鈴姫は蓮太郎の怪我の痕を悲しげに見下ろし、縋るような声で言った。
「穂積も……望んでへんの……?」
「……はい」
一息の間がありながらも、はっきりとした返答だった。
鈴姫は頭を振って髪を振り乱し、涙声で、
「嘘……! なんでよ……!
「……私は十分仕合わせにこざる。ただ主上が御健やかに、お優しく御成長あそばされれば……その為に務めさせて頂くことさえできれば、」
「嘘やっ‼」
今度は蓮太郎が黙る番だった。風が一瞬止まったかと思えるほどの静寂の後、
「そんなことの為に……うちの為なんかに、あんなことされて、怪我して、それでもずっと働き続けて……そんなん絶対、幸せなわけない‼」
鈴姫は衆目の中を走り抜け、鳥居をくぐって神社を出て行った。
華凛は少し迷ったが、その後を追いかけて行った。
「……行くぞ」
佑月が囁くように言い、志道を伴って踵を返した。
「おい刹摩ん坊ども、お前らも来い」
「……まっこて、めんどか」
肝付はぼやきながら、菱刈は無言で付き従った。
人気の少なくなった境内で、蓮太郎はゆっくりと立ち上がった。
「寅……」
「はい」
公文は忠実な部下のように蓮太郎に歩み寄った。そして――
「がっ……‼」
蓮太郎に
公文は肘で起き、手の甲で血を拭いながら笑った。
「一発で済まされるとは思ってませんでしたよ……」
蓮太郎は笑いもせず、
「……ぶった斬られると思ってたのか」
「はは……まあそうなっても悔いはありませんよ。僕の志は、確かに受け継がれましたから」
公文は立ち上がり、砂まみれになった背広を手で払い、一礼して去って行った。
残ったななは、蓮太郎に歩み寄りながら言った。
「……私のことも、殴っていい」
「んなことするかよ……!」
蓮太郎は上ずった声で言ってから、深くため息を吐いた。
「なな……本気なのか。陰謀と血風が渦巻く濁世に、主上を放り込むことになるんだぞ……」
「どれだけ周りが穢れていても……希(のぞみ)だけを見て、進み続ける。……きっと、そういう血筋」
蓮太郎は暗雲に翳るななの顔を見た。
「まだ、諦めてないのか」
薄暗闇の中でも、ななが目に力を込めたのが分かった。
「死ぬまで、諦めない」