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第27話 刹張相席


 神河こうが藩陣屋内に設けられた張州ちょうしゅう藩の詰め間は、思いがけず賑やかなことになっていた。


「そいで張州サァ、あん浪士どま、ないごて唐土もろこしの機に乗っちょったんか、教えったもっせ」


 刹摩さつま藩士の青年、肝付きもつき三太郎さんたろうが茶碗と箸を両手に、馴れ馴れしく向かいの佑月ゆづきに話しかける。


 佑月、志道しじ、肝付、菱刈ひしかりらは陣屋に戻ってから、遅い昼餉を振る舞われていたのだった。


 佑月は荒縄のように固いめざしの干物をやっとのことで飲み込み、

「……しろしいっちゃ。大体お前ら何でここに来ちょるんじゃ。各藩それぞれ当てがわれちょる部屋があるじゃろ。帰れうずろうしい鬱陶しい


 肝付は茶碗の飯を掻き込み、頬に詰め込みながら言った。

しょんなか仕方ない。あん遠津山とおつやま様らと禰宜ねぎどんらの分で部屋は一杯じゃと。んで、どげんな。飯森いいもりっちゅう脱藩浪士、どっから唐土の機体なんぞ持って来らるっとな」


 その隣で窮屈そうに正座している菱刈ひしかり鎮雄しずおが、味噌汁の湯気の向こうから半眼を光らせる。

「……如何なこてまさか、張州どん、唐土と密かに通じちょるっちゅうこっはござりもはんな」


 佑月は舌打ちし、

「しろしいっちゅうんじゃ。刹摩らしい下衆の勘繰りじゃのう。そねぇ言うんじゃったらお前らの方が怪しいっちゃ。異国と密かに手ぇ結ぶんは刹摩の十八番じゃろが。ええ?」


ごっがわり機嫌が悪いなぁ……知らんなら知らんち言えばよか。そんなら、あん〈人斬り〉んこっはどげんごあんど。僕らぁネットあんまい触れんじゃっで、よう知らんで。のう菱刈サァ」


「……張州どん、二機も斬られっち、まっこて気の毒で」


 佑月は飯を噛み締めた。麦と米の混合飯だが米が古いらしく、糠の臭みが鼻から抜けてゆく。思わず吐き出しそうになったが、佑月は堪え、礼節と威儀を保った。

「ぐっ……ええ加減にせえよ! 刹摩の奴らに情報なんぞ渡すか! さっさと出てけ!」


「えー、通称は〈人斬り夜叉〉、素顔、素性、出生地すべて不明――」

 と、見かねたように志道少尉が、自身のスマホを操作しながら語りはじめた。


「おい、志道……!」

 と佑月が目くじらを立てたが、


「ネットに転がっている情報ぐらいはくれてやってもよいかと。――主な標的は幕軍の士官が乗る御霊機だが、その他醜聞で世間を騒がす役人や商人なども対象。標的が在宅中だろうが乗車中だろうが生身であろうが、容赦なく斬殺、圧殺し、しばしばその様子をSNSに投稿している。通称の由来は、その乗機が飛後ひご隈本くまもと藩の制式機〈六代目夜叉丸やしゃまる〉に酷似していることから。しかしながら、隈本藩庁は一切の関与を否定――こんなところでありましょう」


 肝付は箸を置き、感心したように何度も頷いた。

「ほお……あいがともさげもす。そりゃえろう太か御仁じゃ。じゃっどん、そいほどの兵児が、あげん浪士どもに助力すっとは、どげんな訳でごあんど?」


 佑月は飯の塊を口に含み、急いで味噌汁をすすって飲み込んだ。

「知らん……金で釣られたか思想に共鳴したか、いずれにせよ大名持おおなもちにすれば、それほどこの神河藩に、ひいては撞賢木つきさかき様に執着しちょるゆうことじゃ……」


「ああ、そいやあん人にもたまがった。僕ぁ御母上んこた知らんども、今人神いまひとがみであげんに意をはっきり言わるっとは珍しか。『誰もが志を遂げられる世』――あん御年で、ご立派なもんじゃ」


「ふん――こどん子供の戯言にごわんさ」

 菱刈が両手を膝に置き、芝居がかった所作で言った。

「身分の別あればこそ、上の者に誇りが生まれもす。異国がどうであろうが、それが鎌倉以来千年近くに渡り続いてきた我が国の祖法なり。武士の誇りなくして、如何に国を守れようぞ。幼き今人神への同情や、犬神人ごときへの憐憫で国の根幹を覆そうとは、いかにもこどん子供の、」


「『こどん』はワレじゃ。刹摩の坊主」

 すまし汁のような味噌汁を飲み干し、佑月は言った。


「……ないごて?」

 菱刈は肩の筋肉を盛り上げ、低い声に殺気を込めた。


 佑月は平然と流し、

「回天の事業はいつの世も、夢のような目標から始まるっちゃ。ワレが斜に構えて見ちょる間に、その子供の夢がたくさんの大人の夢を糾合して、いつか天下を動かす力になるかも知れんぞ。……ちょうど小河が集まり大河となって、大海へ注ぎ込むようにのう」


 風が一段と強く吹き、ガラス窓と障子を激しく揺るがした。


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