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第30話 人斬り夜叉


 時は下って五つ半(午後九時)。神河藩より北に十五里(約六〇km)の但馬国たじまのくに出石藩いずしはん、その城下のとある重臣の屋敷は、まるで討ち入り前のような物々しさに包まれていた。


 屋敷正面の棟門前に三十名前後の武士達が集結し、道路に駐機してある御霊機おんりょうきを敵意の目で見上げている。肩肌脱ぎの鎧に頭形兜ずなりかぶと、手には片鎌槍。あの〈人斬り夜叉〉の乗機である。


 徒士かちの者らは拳銃や短機関銃を構え、紋服姿の武士達は佩刀に手を掛けながら、片膝をついて動かない〈人斬り〉の足元へ徐々に迫る。その中の一人、筆頭格の武士が声を張り上げた。


「驚いたであろう! 貴様が主から報酬を受け取っている間に、家臣総出で蓄電池を取り外してやったのだ! もはやその機は単なる置物に過ぎぬ! 降りてくるより他は無いぞ!」


 胴部の扉が開く気配はない。だが面頬の奥にある眼の光が、まるで戸惑っているように左右に動いている様子は窺える。筆頭格の男は憎しみを込めた声を大にして言った。


「貴様は外道だ‼ 生身の人間を御霊機で散々追い回した挙句、蹴とばし、槍で小突き、虫のように嬲り殺すなど‼ あまつさえその様子を、生配信で世界に公開するなど‼ 仮初にも〈人斬り〉などとは到底呼べぬ、犬にも劣る畜生だ‼ おまけにその出で立ち、態度、言動……‼ 貴様が人斬りを、武士を名乗るのは、古今東西全ての武士に対する侮辱なのだ‼ もはやこれ以上は捨ておけぬ‼ 我らがここで、貴様に誅罰を与えてくれよう‼」


 男は口を閉じ、頭上の巨大鎧を睨み上げた。悲鳴のような風雨の音が耳朶を打つだけの時間が、しばらく流れる。


 突然、金色の胴丸が横に開いた。胴体の内部構造が露出し、その中心にある操縦席の扉が上に動き始める。周囲の武士達が色めき立つが、筆頭格の男は悠然とほくそ笑んで周囲に言う。


「案ずるな、お主らも先程も見たであろう。奴の生身の姿を。御霊機から降ろしさえすれば、奴はただのバカな小娘――」


「どおおおぉぉぉ――――…………」


 突如、間の抜けた長い声が上から降ってきた。と思った時には、


「――――おらああああぁぁぁっ‼」


「……え?」

 何かがぽとりと落ちた。男は目を落とす。右の耳が地面に転がっていた。その上に、右肩から斜めに削がれた自身の部位が、どさりと落ちた。そこで意識が切れ、男は死んだ。


 周囲の武士達が戦慄し、奇声を発しながら操縦席から飛び降りてきた、その姿に瞠目する。


 グレーのワンピースに白のロングコート。黒髪のサイドテールに煌めく星のアクセサリー。右手に血の滴る太刀を握り、左手には白塗りの鞘。そこに白尾のストラップが付いている。


「あーもう、最悪なんですけど!」


〈人斬り夜叉〉こと円城寺えんじょうじ火乃里ほのりは、コートに点々とついた返り血を見て悪態をついた。


「せっかくの初顔出し配信なのに! ガチ斬殺お披露目配信は後々まで取っときたかったのに! こっちの都合も考えて欲しいんですけど!」


 一人の武士がわななく声を発する。

「ば、馬鹿な……貴様、刀の心得が……⁉」


「何ですかその顔。人斬り名乗ってんだから刀ぐらい使いますけど。ってか、このおじさん何かごちゃごちゃ言ってましたけど――」


「う、撃て‼」

 一人の号令で、徒士の者が一斉に拳銃や短機関銃を乱射する。


 だが、そこにもう火乃里の姿は無い。銃弾が御霊機の脚部に跳ね返った時には、その白い姿は徒士の側面にいた。


 刃が翻り、一人の身体から鮮血が噴き出る。

「知るかって話ですけど。殺人依頼しといて何偉そうに説教垂れちゃってんですか。自分の努力で得た力、自分の為に使ってるだけですけど」


 喋りながら一閃、返す刀で二閃。二人が死に、残った徒士が滅多矢鱈に銃を撃ちまくる。火乃里は納刀し、猫のように姿勢を低くして縦横無尽に走る。抜刀の音、そして悲鳴と血煙。それが幾度も繰り返される。


「若い女が楽しみながら人斬りやってるのが気に入らないんでしょ? じゃ陰気で無口な三十路男なら許せるんですか? 毎晩悪夢にうなされて、血の匂いが取れないよーって泣き言垂れて、で罪滅ぼしに孤児でも育て始めたら〈人斬り〉合格ですか?」


 火乃里は立ち止まった。徒士の者らは全滅し、残った紋服姿の武士達は太刀を抜こうともせず、恐怖に顔を歪めて棒立ちしている。


 顔まで返り血に濡れた火乃里はスタスタと歩み寄り、恐れおののく武士達に言い放った。


「バッテリー。さっさと戻してほしいんですけど」


 ―――― ◇ ――――


 小半刻ほど後、火乃里は〈夜叉丸やしゃまる〉の操縦室によじ登ってきた。白鞘の太刀を放り込み、自身も席に着きながら、背後にある神棚の方に不満顔を向ける。


「もーみんな今の見てましたー? これだから田舎ってイヤなんですけどー」


 神棚は神具の代わりに小物や人形などでデコレーションされ、さらに中央にはカメラが設置されている。その奥には神札が押し込まれていたが、『清正公せいしょうこう――』下半分がカメラで隠れてしまっていた。


 火乃里はスマホを取り出し、画面を見ながら、

「んー、集合時間までまだちょっとあるし……初顔出し記念ってことで、みんなにもうちょっと仕事見せてあげよっかな。あいつら契約裏切ったわけだし、悪人ってことでいいですよね」


 そして指を躍らせ、嬉々として文字を打ち込み始めた。


「ざんかんざんかん斬奸状ー♪ 奸物国賊売国奴ー♪ 天に代わって誅するぞー♪」


 スマホをモニター横の固定台に設置し、操縦桿を握る。目の前には重臣の屋敷と、殺戮に騒ぎ立つ住人達。火乃里は唇に付いた血を舐め取り、アクセルを思い切り踏み込んだ。


「ほんじゃ、天誅完了したら高評価お願いしまーす」


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