時は下って五つ半(午後九時)。神河藩より北に十五里(約六〇km)の
屋敷正面の棟門前に三十名前後の武士達が集結し、道路に駐機してある
「驚いたであろう! 貴様が主から報酬を受け取っている間に、家臣総出で蓄電池を取り外してやったのだ! もはやその機は単なる置物に過ぎぬ! 降りてくるより他は無いぞ!」
胴部の扉が開く気配はない。だが面頬の奥にある眼の光が、まるで戸惑っているように左右に動いている様子は窺える。筆頭格の男は憎しみを込めた声を大にして言った。
「貴様は外道だ‼ 生身の人間を御霊機で散々追い回した挙句、蹴とばし、槍で小突き、虫のように嬲り殺すなど‼ あまつさえその様子を、生配信で世界に公開するなど‼ 仮初にも〈人斬り〉などとは到底呼べぬ、犬にも劣る畜生だ‼ おまけにその出で立ち、態度、言動……‼ 貴様が人斬りを、武士を名乗るのは、古今東西全ての武士に対する侮辱なのだ‼ もはやこれ以上は捨ておけぬ‼ 我らがここで、貴様に誅罰を与えてくれよう‼」
男は口を閉じ、頭上の巨大鎧を睨み上げた。悲鳴のような風雨の音が耳朶を打つだけの時間が、しばらく流れる。
突然、金色の胴丸が横に開いた。胴体の内部構造が露出し、その中心にある操縦席の扉が上に動き始める。周囲の武士達が色めき立つが、筆頭格の男は悠然とほくそ笑んで周囲に言う。
「案ずるな、お主らも先程も見たであろう。奴の生身の姿を。御霊機から降ろしさえすれば、奴はただのバカな小娘――」
「どおおおぉぉぉ――――…………」
突如、間の抜けた長い声が上から降ってきた。と思った時には、
「――――おらああああぁぁぁっ‼」
「……え?」
何かがぽとりと落ちた。男は目を落とす。右の耳が地面に転がっていた。その上に、右肩から斜めに削がれた自身の部位が、どさりと落ちた。そこで意識が切れ、男は死んだ。
周囲の武士達が戦慄し、奇声を発しながら操縦席から飛び降りてきた、その姿に瞠目する。
グレーのワンピースに白のロングコート。黒髪のサイドテールに煌めく星のアクセサリー。右手に血の滴る太刀を握り、左手には白塗りの鞘。そこに白尾のストラップが付いている。
「あーもう、最悪なんですけど!」
〈人斬り夜叉〉こと
「せっかくの初顔出し配信なのに! ガチ斬殺お披露目配信は後々まで取っときたかったのに! こっちの都合も考えて欲しいんですけど!」
一人の武士がわななく声を発する。
「ば、馬鹿な……貴様、刀の心得が……⁉」
「何ですかその顔。人斬り名乗ってんだから刀ぐらい使いますけど。ってか、このおじさん何かごちゃごちゃ言ってましたけど――」
「う、撃て‼」
一人の号令で、徒士の者が一斉に拳銃や短機関銃を乱射する。
だが、そこにもう火乃里の姿は無い。銃弾が御霊機の脚部に跳ね返った時には、その白い姿は徒士の側面にいた。
刃が翻り、一人の身体から鮮血が噴き出る。
「知るかって話ですけど。殺人依頼しといて何偉そうに説教垂れちゃってんですか。自分の努力で得た力、自分の為に使ってるだけですけど」
喋りながら一閃、返す刀で二閃。二人が死に、残った徒士が滅多矢鱈に銃を撃ちまくる。火乃里は納刀し、猫のように姿勢を低くして縦横無尽に走る。抜刀の音、そして悲鳴と血煙。それが幾度も繰り返される。
「若い女が楽しみながら人斬りやってるのが気に入らないんでしょ? じゃ陰気で無口な三十路男なら許せるんですか? 毎晩悪夢にうなされて、血の匂いが取れないよーって泣き言垂れて、で罪滅ぼしに孤児でも育て始めたら〈人斬り〉合格ですか?」
火乃里は立ち止まった。徒士の者らは全滅し、残った紋服姿の武士達は太刀を抜こうともせず、恐怖に顔を歪めて棒立ちしている。
顔まで返り血に濡れた火乃里はスタスタと歩み寄り、恐れおののく武士達に言い放った。
「バッテリー。さっさと戻してほしいんですけど」
―――― ◇ ――――
小半刻ほど後、火乃里は〈
「もーみんな今の見てましたー? これだから田舎ってイヤなんですけどー」
神棚は神具の代わりに小物や人形などでデコレーションされ、さらに中央にはカメラが設置されている。その奥には神札が押し込まれていたが、『
火乃里はスマホを取り出し、画面を見ながら、
「んー、集合時間までまだちょっとあるし……初顔出し記念ってことで、みんなにもうちょっと仕事見せてあげよっかな。あいつら契約裏切ったわけだし、悪人ってことでいいですよね」
そして指を躍らせ、嬉々として文字を打ち込み始めた。
「ざんかんざんかん斬奸状ー♪ 奸物国賊売国奴ー♪ 天に代わって誅するぞー♪」
スマホをモニター横の固定台に設置し、操縦桿を握る。目の前には重臣の屋敷と、殺戮に騒ぎ立つ住人達。火乃里は唇に付いた血を舐め取り、アクセルを思い切り踏み込んだ。
「ほんじゃ、天誅完了したら高評価お願いしまーす」