「通せないって、どういうことです……⁉」
「……
比延は数人の神河藩士を後ろに侍らせ、冷徹に言い放った。
頬に痣のある公文が、呆れを滲ませて言う。
「……また足を引っ張る気ですか」
「黙れ‼
比延は顔に血管を浮き出させて叫んだ。
「もうたくさんだ‼ どいつもこいつも我が物顔で領内を踏み荒らしおって‼ ここは我らの土地ぞ‼ 斗佐の若造や異人の小娘、挙句
公文は比延の言葉に愕然とした。
「まさかあなた方は……鈴姫様を売る気なのですか⁉」
―――― ◇ ――――
「お父様に会いに行く……⁉ きぬ、何言うてんの……!」
鈴姫は自室前の廊下で、ひたひたと迫りくる老女きぬに怯みながら言った。
「昔からの決まり事ですねん……。お父君に逆ろうたらあかん。大膳はんも承知なさったことや。ほらあんたら、連れて行くで」
いつから居たのか、廊下の角から二人の武士が現れ、鈴姫の両隣を固めた。
「え……⁉ お二人とも、どうして……!」
鈴姫は信じられない思いで左右の武士を見上げた。言葉を交わした事こそないが、そこは小藩、二人とも顔見知りである。その武士達は鈴姫を見下ろし、交互に言った。
「……我が藩は、
「武士として何より優先すべきは殿の御身にござる。……何卒、ご勘弁を」
鈴姫は愕然とした。十五年間暮らしてきたこの屋敷が、急に見知らぬ場所になってしまったように感じた。
(なな……! 穂積……!)
鈴姫はスマホを取り出した。数少ない連絡先の中から、登録したばかりの蓮太郎の番号をタップする。が、
「あかん」
きぬに素早くスマホを奪い取られた。
「こんなん持たすからあかんようになるんや……。ほれあんたら、連れてったるで」
―――― ◇ ――――
豪雨に叩かれる〈
『は? 何止まってんの?』
目の前で構えている〈人斬り夜叉〉が苛立たしげな声を発した。
『ケツでも掻いてんですか? ものっそい腹立つんですけど。底辺身分のくせに』
槍の穂先が蜃気楼のように揺らめき、機体が凄まじい勢いで迫る。蓮太郎は座席の下のレバーを引いた。脚部の爆発音と共に機体が前方へ跳ぶ。次いで左側のレバーを二本連続で操作――槍が目前に迫ったその瞬間、左腕が跳ね上がり、槍を上に受け流しつつ懐へ。続いて右腕の操作――すれ違いざま、短い
交差し、離れる二機。〈人斬り〉は飛び跳ねるように振り向き、
『やば……! ヤバいヤバいヤバい‼ ねえそれ、プログラムじゃないんでしょ⁉ 全部手動なんでしょ⁉ みんな見てました⁉ あいつ思った以上にヤバいんですけど‼ ねえ妖し人‼ いっしょに配信出て‼ みんなにチヤホヤしてもらえますよ‼ あとお金いっぱいあげます‼』
蓮太郎は顔をしかめた後、無線に呼びかけた。
「
『はえ⁉ ちょ、穂積く……!』
佑月が何か言うのも構わず、蓮太郎は〈秋水〉を急発進させた。
『は⁉ そこで逃げる⁉ ちょ待って下層民‼ お前は撮れ高になるんですけど‼』
〈人斬り〉も背後で急発進した。速度の差は歴然で、二機の距離はすぐに縮まってしまう。〈人斬り〉は槍を持った右腕を思い切り伸ばし、〈秋水〉の上部目掛けて片鎌を振り下ろした。
だがそこで、蓮太郎は勘を頼りに急停止。頭上に迫る敵の右腕を掴み、斜め下に振りつつ〈秋水〉をでんぐり返しのように前に転ばせる。
『え――えええええええええええええええ⁉』
〈人斬り〉の巨体と共に天地が一回転。地響きの後、〈秋水〉は金色の胴に馬乗りになっていた。
『い――一本背負い……⁉』
『なあんちゅな……』
華凛、肝付の驚く声が聞こえる。
蓮太郎は鬼の
「勉強しろ‼ 阿呆……‼」
そして地面に飛び降り、わき目も振らずに走り去った。
―――― ◇ ――――
華凛は乗機のハッチを開け、嵐の吹き荒れる外に顔を出した。
仰向けに倒れた〈人斬り〉の周りに、〈
『すっげ……すっげすっげすっげ……みんな見てました……?
何やらぶつぶつ呟いている〈人斬り〉を見下ろし、佑月が無線で言う。
『……まあとりあえず、拘束せにゃならん。本営に連絡して部隊を――』
その時、ひと際激しい暴風が吹き荒れた。巨人が泣く声のような大風が鳴り、木の幹が苦しげに軋み、屋根瓦がどこかから飛んできた。〈桜島〉、〈墜星〉は身を屈め、〈双燕〉二機は倒れかけて手を付いた。無線が開き、警告音を伴った佑月の声が響く。
『まずい……! こんな時に『龍』が来よった‼ しかも
華凛は顔を腕で覆いながら上空を見上げ、その恐ろしい姿を目にした。
空を覆う黒い雲がとぐろのように渦を巻き、うねる度に雨と風が地上に吹き荒れる。暗雲で形作られた長い胴が、稲妻を内部に纏いながら蠢き、その先端は二本の角と長い髭を持つ生き物の顔が象られている――
「え――⁉」
華凛は我が目を疑った。野分龍そのものに驚いたわけではなく、その中にあるはずのないものが見えたからである。
佑月、志道、肝付、菱刈もまた、上空を見てそれぞれ驚愕の声を上げる。
〈人斬り夜叉〉が跳ね起き、風に煽られるように逃げ去る。
『へっへ……やっぱあの方、魅せ方ってもんを分かってるなぁ……』
―――― ◇ ――――
「なんだ、あれは……⁉」
蓮太郎は思わず〈秋水〉を停止させた。操縦席で身を屈めて窓から上空に目を凝らす。
うねりながらゆっくりと東へ進む
稲妻が野分龍の身体にほとばしる。その光が物体の輪郭を照らした。
蓮太郎は戦慄した。
鴉の羽を繋ぎ合わせた巨大な布地を纏う、魁夷な人型。獣の皮を接いだ鎧、そこから伸びる太い腕には刺青のような文様が刻まれ、頭部からは後光に見立てた金板が放射状に延び、腰には勾玉の付いた直刀。
野分龍が、御霊機を運んでいたのである。
謎の御霊機は野分龍と共に徐々に高度を下げ、明らかに陣屋の方へ進路を取っている。
蓮太郎はアクセルを踏んだ。しかしその瞬間突風に煽られ、小さな〈秋水〉はバランスを崩す。腕を伸ばして木の幹を抱えるが、その木も折れそうなほどに撓む。
行く手を阻むように吹き荒れる風雨の中に混じって、蓮太郎は男の高笑いを聞いたような気がした。