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第33話 天降り


 陣屋内御殿前広場。


 野分龍のわきりゅうが下界を睥睨するように旋回している空の下、異様な姿かたちの御霊機おんりょうきがゆっくりと降下してくる様を、十数人の神河藩士達は唖然として見上げていた。


 全高は刹摩さつまの重量機よりもさらに高い。鴉羽からすばねを繋ぎ合わせた外衣がはためき、獣皮の色鮮やかな鎧と後光を模した頭部が、古代の厳めしさを感じさせる。武装は腰の直刀だけに見えるが、異様に大きな左手の平には鏡のようなレンズが埋め込まれていた。


 巨木のような脚が地鳴りと共に降り立った時、表の櫓門から軍用車両が続々と侵入し、御霊機の周りを囲むように停車した。ドアが開き、物々しい出で立ちの男達がわらわらと出てくる。服装は和洋とりどりだが、みな同型の突撃銃を両手に携えていた。


野服やふく戎装じゅうそうは許してやってくれ。なにぶん草莽そうもうの士たちだからな』


 低く張りのある声が響き、神河藩士達は巨影を見上げる。二人分の操縦席が縦に入りそうなほど長大な胴体、その上部が左右に開き、そこに収まっていた荘厳な姿が露わになる。深紫の衣冠束帯いかんそくたいに身を包んだその男は、乗降用ロープに足をかけ、するりと地上へ降り立った。


「俺の可愛い娘を、迎えに来た」

 大名持おおなもち貴彦たかひこは微笑を浮かべて言い、突撃銃を構えた浪士達を左右に侍らせて歩き出す。神河藩士達はたちまち左右に別れて道を空け、大名持は何の苦も無く御殿の玄関にたどり着いた。


 屋敷の扉が慌ただしく開く。中から飛び出して来たのは公文くもん寅美とらみだった。


「やあ寅坊とらぼう。大きくなったなあ。寝小便癖は直ったか?」

 朗らかに大名持は言った。


 公文は青い顔で一度身震いした後、背広の内ポケットに手を入れた。


「ああ、止してくれ。鈴姫の前で穢れを撒き散らす気か?」

 大名持は片手を軽く上げた。その合図で、左右の浪士達が素早く公文へ銃口を向ける。公文はこめかみを痙攣させていたが、やがてゆっくり動き出し、内ポケットから回転式拳銃を取り出し、構えはせずに浪士達の足元へ放り投げた。


「いい子だ」

 歩き出す大名持。しかしその足が再び止まる。


 玄関口には巫女装束の女性――ななが立っていた。ななは蒼白ながらも目に渾身の力を込め、白衣の胸元から白鞘の短刀を取り出した。鞘を抜き放い、小さな切っ先を大名持へ向ける。


 大名持は感嘆したように首を振り、

「なな……まったくお前は只人とは思えないほど大した女だ。冬姫ふゆひめと出会わなければ、俺はお前を最初の妻にしていたかもな」


 二人の浪士が動き出し、ななに迫った。ななは決死の表情で短刀を突き出すが、それはいとも簡単にかわされ、力ずくで奪われる。浪士達はななを押しやり、公文と共に脇へどかせた。


 開け放たれた扉から続々と武士達がなだれ出て来た。比延ひえ大膳だいぜんを筆頭とする宿老達だ。


 そして最後に、二人の武士に両腕を引っ張られ、鈴姫すずひめが引き出されてきた。


「っ…………」

 鈴姫は階段下で笑顔を向けている大名持貴彦に、恐怖の表情を返すことしかできなかった。


「離さんか、不心得者が」

 大名持は低声で言った。


 武士達は慌てて鈴姫から手を放し、離れて平伏した。


「鈴姫……今まで会いに来られなくて悪かった。幕府の追捕もなかなか侮れなくてな。それにしても立派になった。そんなにも立派な神験しんけんを宿すようになって」


 大名持は周囲で続々と平伏する比延ら宿老には目もくれず、慈愛の表情で鈴姫を見下ろす。


「しかも嬉しいことに、この国を変えたいという志まで持つようになってくれたなんて。父として、これほど誇らしいことはないよ」


 ついに鈴姫の目前まで来た大名持は、口周りの髭を吊り上げ、右手を差し出して言った。


「さあ、一緒に『禍ツ鳥船まがつとりふね』に乗ろう。十五年前、志半ばで倒れた冬姫の遺志を受け継ぎ、国を滅ぼさんとする幕府を倒そう。俺達を求める人々の声に応え、共に利益をもたらすんだ」


「わ……私は……」

 鈴姫は目の前の笑顔の向こうに、首を差し出す松江藩の武士達の姿を思い浮かべた。

「私は、人が死ぬのが、嫌です……!」


 大名持は黙って微笑み続ける。


「自分の、望みのために、人を傷つけ……い、命まで奪うような人達と……私は、一緒にいたくありません……‼ 私の志は、おとうさ……いえ、あなたのものとは違います……‼」


 大名持は右手を降ろし、寂しげに呟いた。

「人が死ぬのが嫌、か……」

 そして再び顔を上げ、笑顔のなくなった顔で鈴姫を見た。

「それじゃあお前は誰よりもまず、あの穂積蓮太郎を憎まなければいけないな」


「え……?」

 話の唐突な転換に、鈴姫は戸惑った。


「お前が憎むべき人間は、ずっとお前の足元にいた。ついに話す時が来たようだな――真実を」


「鈴姫様……!」

 ななが呼び掛けるが、浪士がすぐさまその肩を押して下がらせた。


 鈴姫は風雨に引き込まれるように大名持の言葉に聞き入っていた。


「十五年前……冬姫がなぜお前を産んですぐ亡くなったのか、お前は知らないだろう」


「それは……ご病気で……」


「違う」

 大名持は深い悲しみを込めた表情で、厳かに言った。


「あの男が殺したんだ。自らの手で。自らの意思で。私の妻を。お前の母親を。穂積ほづみ蓮太郎れんたろうが――冬姫を殺したんだよ」


 ―――― ◇ ――――


 陣屋に近づくにつれて風雨は激しさを増してゆく。


秋水しゅうすい〉は限界まで姿勢を低くし、屋根瓦や戸板が飛び交う陣屋町の大通りを走る。途中、見知らぬ軍用車両が道路に停車しているのを目にし、ただならぬ状況に心が逸る。


 前屈みになった操縦席の内部で、蓮太郎はきつい姿勢を保ちつつ機体のバランスを取り、アクセルを踏む。頭の中はいつものごとく、鈴姫のことしかない。


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