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第38話 三方面


 大坂城塞より真っすぐ西、淀屋橋筋と淡路町通の交差点。


墜星ついせい〉の武骨な操縦席で、菱刈ひしかり鎮雄しずおは目を据え、アクセルペダルを目いっぱい踏み込む。


「他藩者の言うんが気に食わんが、いっばん目立つよう暴れちょれっち指図はおもしてな面白い……」


弓矢八幡大神ゆみやはちまんおおかみ神璽しんじ』の神札が納まる神棚の下、菱刈は右手を操縦桿から離し、右の壁に設置されたレバーを握る。筋肉を盛り上がらせ、固着したように重いそのレバーを、気合い一閃、思い切り前へ。


「きぃえええええええええええええええええええええええええええええええええ――――っ‼」


 長刀が唸りを上げ、敵機の頭上に殺到。アサルトライフルを持った唐土もろこしの機体が粘土のように変形し、上半身が裂けて左右に広がった奇怪な物体が完成する。


 いかに強烈な剣技とはいえ、御霊機おんりょうきが電子制御である以上、スイッチの一つでも押せば済む話なのだが、いやいやそれではつまらない、せっかく刹摩隼人さつまはやとが乗っているのだから気合を込めよ、さすれば神験もよりあらたかとなろう――というのが刹摩の大人おせんし達の教えであった。


 背後から銃撃音。機首を返すと、豪雨に煙る道路の先から別の敵機がライフルを連射している。菱刈は迷わず前進。銃弾が当たりモニターの映像が乱れるが、寸毫も進路は変えない。〈墜星〉が目指すは常に一所、敵の面前のみである。


 だがそこへたどり着く前に、敵機の方に異変が起きた。横道から猛進してきた大型車両が側面に激突したのである。それは前面を鉄板で補強した大型トラックだった。トラックはそのまま押し続け、敵機は縁石に足を取られて仰向けに転倒した。


 するとみのを纏った石切衆いわきりしゅうが建物の影から続々と現れ、たちまち転倒した敵機に群がる。一人が魂鋼たまはがね煌めくチェーンソーを脚部の付け根に押し当て、火花を散らして切削。そこに別の者が爆発物を仕掛け、トラックと石切衆は一目散に離れる。


 発破――煙はすぐに流され、後には片脚を破壊されて地にのたうつ敵機のみがあった。


あやびとが……見苦し真似をしよって。あげんた戦とは呼べんど」


 菱刈は一人吐き捨てた。聞こえていないはずであったが、石切衆頭目の男は〈墜星〉を見上げ、無線で話しかけてきた。


『お邪魔をしましたな、刹摩のお人。さあ、お役目を全うせねば。どんどん参りましょうぞ』


「……言われっまでもなか」

 菱刈はそう返し、さらなる敵を求めて走駆した。


 ―――― ◇ ――――


 そこからさらに南の北久太郎町きたきゅうたろうまちどおりにおいて、


「ほれさる号‼ もっとはよ走らんかい‼ てれんこぱれんこしょったら尻蹴つるぞ‼」


『ほんのこてうぜらしかうるさいお人じゃ……。〈桜島さくらじま〉は太かで、こいで最高速にごわさ』


 盾を構えてごろごろと進む〈桜島〉。その後ろに佑月ゆづき志道しじの〈双燕そうえん〉二機が列をなして通りを進んでゆく。「鴻池こうのいけ商事会社」の看板を掲げたビルを通り過ぎようとしたところで、


張州ちょうしゅう武士の誇りを失くしたか! 椙杜すぎもり!』


 横合いから現れた異国機が斬りかかる。佑月はすぐさま反応し、左の刀で斬撃を受け止めた。

飯森いいもり殿……!」


 張州脱藩浪士、飯森典成のりなり。その乗機が幅広の曲刀に重量を乗せ、ぎりぎりと押し付けてくる。


『刹摩の後塵を拝すばかりか、その盾に隠れるとは……!』


 後方の横道からも敵機が多数現れ、三機の退路を塞ぐ。志道が迎撃に向かい、佑月は飯森との鍔迫り合いに右の刀も添えて抵抗しながら、無線に叫ぶ。


「申号‼ 行け‼ 務めを果たして見せえよ‼」


『おお、分かっちょりもす。御山の噴火、見ちょってくいやんせ』


 緊張感のない声を返し、〈桜島〉は走り去ってゆく。


『刹摩の露払いだと……! 先人の志士達が泣いておるぞ!』


 飯森の機体は太い脚部を振り上げ、〈双燕〉を蹴って距離を開けた。直後、別の敵機からの銃撃。佑月と志道はそれぞれ別れ、建物の陰に隠れる。


 標定機によると、敵は飯森含め四機。


(分かっちょったけど、白刃の上を歩くような作戦じゃ……)

 佑月は操縦桿を握る手に汗を滲ませた。


 ―――― ◇ ――――


 大川の濁った激流に今にも飲み込まれそうな天神橋を、しなやかな体躯の〈依姫よりひめ〉がそろそろと渡っている。操縦席の蓮太郎は太刀を左手で杖のように持ち、何もせずただ全周モニターに映る嵐の空を睨んでいた。が、そこに自機の両腕が勝手に剣を振り回す様子が映る。


 蓮太郎は顔をしかめて無線に言った。

「……おい、勝手に振るな。危ないだろう」


『だって‼ 今の内に少しでも練習しとかないと感じが分かんないじゃない‼』


 差賀さが藩所有の大型トラックのコンテナ内は、最新鋭の機器が並ぶ司令室のようになっていた。中心に小型のカメラがドームのように周りを囲む小部屋があり、その中で華凛かりんはヘッドセットと黒いゴム製スーツを身に付け、センサーが内蔵された模擬刀を両手に構えていた。


 壁際に設置された端末に向かって座っている差賀藩の技術士達が胡乱気にその様子を見ており、江藤がその気持ちを代表するように言った。


「……この子、ほんのこつ剣の心得があっと?」


 華凛はすぐさま江藤に向かって怒鳴る。

「だから言ったでしょ‼ 剣術なんて陸軍講武学校の授業で一通り教わっただけだって‼ 大体リアルタイムモーショントレース技術なんか話に聞いただけで、初めて触るんだから……‼」


狭依毘売命さよりひめのみこと』の神棚の下で、蓮太郎は渦巻く暗雲の中に微かに見える御霊機の光を睨んだ。


「何が何でもやれ……俺は、何としてもあそこに行かなきゃならない」



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