空に浮いている。
その感覚だけは分かる。
あとの全ては、痛み、苦しみ、悲しみ。
すぐ後ろから、父の声が耳にかかる。
「
父が手を伸ばし、操作盤の中心にある液晶モニターに触れた。
『アマテラス粒子 収束度一割四分 照射可』
という文字がぼやけて見えた。
頭痛が激しくなる。血管に針山が流れているかのように、激烈な痛みが鼓動するごとに増大してゆく。機体の左腕が動き、真下に向けて手の平をかざした。
「鈴姫、その痛みは人の穢れだ。人々が垂れ流す悪意や業が、お前の中に流れ込んできているんだ。お前は荒御魂を以て、その穢れを清めなければならない――
頭が痛い。痛い、痛い痛い痛い痛い――悲しい。
「さあ、怒りを曝け出せ。古代の神々のように、冬姫のように、荒御魂を解き放て。そして、心から願うんだ――人の、死を」
鈴姫は黒い太陽のような両の目を見開いた。
〈
―――― ◇ ――――
「何じゃ……⁉」
「本営‼ 今の爆発は何じゃ‼」
『分かりません……‼ しかし……大坂城塞の天守が、消失しました‼』
―――― ◇ ――――
「うそ……⁉ あの
「そうとしか思えん……! 幸い、あの天守は軍事施設じゃなかで、人はおらんはずやが……ありゃ砲撃の類じゃなかと……! どうなっちょるんばい……!」
〈
「……江藤殿、急がれよ‼」
『あ、ああ……! 速度上げるけん、気ぃつけてくんしゃい!』
水しぶきを上げて駆動輪が回転し、〈依姫〉は松屋町筋を疾駆する。大手門筋に入り、いよいよ前方に城塞壁が見え始めた時、
『ま、待って‼』
華凛の叫びによって機体は止まった。その理由は蓮太郎にも分かっている。追手門前に佇む一つの機影。片鎌槍を持ち、肩肌脱ぎの鎧をまとったその姿――
『おわっ、何あれ⁉ みんな見えてます⁉ なんかすごいの来たんですけど!』
〈人斬り夜叉〉が相変わらずの大音量で気ままに喋りながら待ち構えていた。
『そんな……よりにもよって、あいつが……⁉』
動揺する華凛を気にかけず、蓮太郎は、
「江藤殿、駆動制御権限をこちらに。移動は俺が担います」
と言ってアクセルペダルに足を掛けた。
『でも、穂積さん……! 私じゃとても、あいつには敵わないわよ……!』
『やる前から弱気じゃいかんばい! 動作即時同調戦闘なら操縦の遅延なしで刀ば振れっと! そこを強みにすれば勝てんこっはなか! ちゅうか頼むけん、〈依姫〉ば壊されんでくいや‼』
江藤の哀願じみた声を流し、蓮太郎は華凛に言った。
「どう動けばいいか、俺が事前に指示する。足の動きをよく見て、俺に合わせろ。いいな」
『わ、分かった……! でも、危なくなったらすぐ逃げて……!』
「それはできない。心配するな、たとえ斬られても死ぬのは俺だ。あんたじゃない」
『……あのね‼ そんなこと言われたら余計プレッシャーかかるでしょ‼』
『……〈依姫〉ば斬られったら、ここにおる全員の首が飛ぶたい……』
二人の言葉は無視し、蓮太郎はアクセルを踏み込んだ。〈
「右‼ 避けて斬れ‼」
蓮太郎は叫んだ。
一拍遅れて〈依姫〉の上半身が傾き、右に身体が開く。蓮太郎はそれに合わせて左脚を前に出す。間一髪で槍が眼前を通るが、繰り出した斬撃は敵機に遠く及ばなかった。
『はぁ~ん……そうそうそう……分かっちゃったんですけど』
〈人斬り〉は機首をこちらに向け、小馬鹿にしたように言った。
『それ乗ってんの、異人のおねーさんですよね。めっちゃ腰引けてて笑っちゃうんですけど』
無線の向こうで華凛が歯ぎしりたのが分かった。
『誰も来ないと思ってたから得しちゃった。そんじゃ改めて異人斬り、やらせてもらいますね』