目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第39話 アマテラス粒子


 空に浮いている。


 その感覚だけは分かる。


 あとの全ては、痛み、苦しみ、悲しみ。


 すぐ後ろから、父の声が耳にかかる。


鈴姫すずひめ、痛いだろう、苦しいだろう、我慢しなくていい。それは神の本性だ。この国の神々は人を救ったりはしない。時には和御魂にぎみたまを以て生命に恵みをもたらすが、時には荒御魂あらみたまを以て破壊と死を振り撒く。そこに理非善悪はない――」


 父が手を伸ばし、操作盤の中心にある液晶モニターに触れた。


『アマテラス粒子 収束度一割四分 照射可』

 という文字がぼやけて見えた。


 頭痛が激しくなる。血管に針山が流れているかのように、激烈な痛みが鼓動するごとに増大してゆく。機体の左腕が動き、真下に向けて手の平をかざした。


「鈴姫、その痛みは人の穢れだ。人々が垂れ流す悪意や業が、お前の中に流れ込んできているんだ。お前は荒御魂を以て、その穢れを清めなければならない――冬姫ふゆひめが、そうしたように」


 頭が痛い。痛い、痛い痛い痛い痛い――悲しい。


「さあ、怒りを曝け出せ。古代の神々のように、冬姫のように、荒御魂を解き放て。そして、心から願うんだ――人の、死を」


 鈴姫は黒い太陽のような両の目を見開いた。


まが鳥船とりふね〉の左手から、光が降り注いだ。


 ―――― ◇ ――――


「何じゃ……⁉」


 佑月ゆづきは遠方で発生した光と衝撃に気を取られた。飯森いいもりは懐に入り込み、曲刀を太刀のように捌いて横一文字に斬りかかる。危うく装甲一枚でかわし、一度距離を取って無線に怒鳴った。


「本営‼ 今の爆発は何じゃ‼」


『分かりません……‼ しかし……大坂城塞の天守が、消失しました‼』


 ―――― ◇ ――――


「うそ……⁉ あの御霊機おんりょうきがやったの……⁉」


 露天つゆてん神社からの無線に驚愕し、華凛はヘッドマウントディスプレイに映る爆発の煙に目を見張る。江藤が壁際の端末を操作しながら、


「そうとしか思えん……! 幸い、あの天守は軍事施設じゃなかで、人はおらんはずやが……ありゃ砲撃の類じゃなかと……! どうなっちょるんばい……!」


依姫よりひめ〉操縦席の蓮太郎は顔を歪めて煙の立ち上る空を見上げ、無線に叫んだ。


「……江藤殿、急がれよ‼」


『あ、ああ……! 速度上げるけん、気ぃつけてくんしゃい!』


 水しぶきを上げて駆動輪が回転し、〈依姫〉は松屋町筋を疾駆する。大手門筋に入り、いよいよ前方に城塞壁が見え始めた時、


『ま、待って‼』


 華凛の叫びによって機体は止まった。その理由は蓮太郎にも分かっている。追手門前に佇む一つの機影。片鎌槍を持ち、肩肌脱ぎの鎧をまとったその姿――


『おわっ、何あれ⁉ みんな見えてます⁉ なんかすごいの来たんですけど!』


〈人斬り夜叉〉が相変わらずの大音量で気ままに喋りながら待ち構えていた。


『そんな……よりにもよって、あいつが……⁉』


 動揺する華凛を気にかけず、蓮太郎は、

「江藤殿、駆動制御権限をこちらに。移動は俺が担います」

 と言ってアクセルペダルに足を掛けた。


『でも、穂積さん……! 私じゃとても、あいつには敵わないわよ……!』


『やる前から弱気じゃいかんばい! 動作即時同調戦闘なら操縦の遅延なしで刀ば振れっと! そこを強みにすれば勝てんこっはなか! ちゅうか頼むけん、〈依姫〉ば壊されんでくいや‼』


 江藤の哀願じみた声を流し、蓮太郎は華凛に言った。


「どう動けばいいか、俺が事前に指示する。足の動きをよく見て、俺に合わせろ。いいな」


『わ、分かった……! でも、危なくなったらすぐ逃げて……!』


「それはできない。心配するな、たとえ斬られても死ぬのは俺だ。あんたじゃない」


『……あのね‼ そんなこと言われたら余計プレッシャーかかるでしょ‼』


『……〈依姫〉ば斬られったら、ここにおる全員の首が飛ぶたい……』


 二人の言葉は無視し、蓮太郎はアクセルを踏み込んだ。〈秋水しゅうすい〉よりも遥かに高性能な機動により、みるみるうちに〈人斬り〉の姿が迫る。片鎌槍がこちらを向く。〈依姫〉の正眼に構えた太刀の剣先が小刻みに震えている。その向こうで、槍の穂先が微かに動いた――


「右‼ 避けて斬れ‼」

 蓮太郎は叫んだ。


 一拍遅れて〈依姫〉の上半身が傾き、右に身体が開く。蓮太郎はそれに合わせて左脚を前に出す。間一髪で槍が眼前を通るが、繰り出した斬撃は敵機に遠く及ばなかった。


『はぁ~ん……そうそうそう……分かっちゃったんですけど』


〈人斬り〉は機首をこちらに向け、小馬鹿にしたように言った。


『それ乗ってんの、異人のおねーさんですよね。めっちゃ腰引けてて笑っちゃうんですけど』


 無線の向こうで華凛が歯ぎしりたのが分かった。


『誰も来ないと思ってたから得しちゃった。そんじゃ改めて異人斬り、やらせてもらいますね』



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?