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第44話 天翔ける


 大坂城塞南西、北久太郎町通。


 一機の唐土もろこし機が片膝をつき、操縦室が左右に開いている。その中で飯森いいもり典成のりなりは片手を押さえ、正面の〈双燕そうえん〉二機を睨んでいた。


「切腹は許さぬだと……! 椙杜すぎもり……貴様そこまで我を侮辱するか‼」


 単発式小銃を突き付ける〈双燕〉隊長機から、佑月ゆづきが言う。


『我が張州ちょうしゅうは、日本一の先進藩であります……。投降はよしとすれど、自決は……認めるわけには参りません』


「馬鹿を申すな‼ 我は武士ぞ‼ 敗軍となり、切腹も出来ずにおめおめと生きよと申すか‼ そのような情けは最大の屈辱だ‼」


『……少し前までは、私もそう思ったでありましょう。ですが……』


〈双燕〉の頭部は大坂城塞の上空を見上げた。


『周りの者の命、そして自分の命を護る為に、全ての命を護らねばならない……きっと今は、そういう時代になっているのであります』


 ―――― ◇ ――――


「鈴姫……今のは駄目だ。あれじゃあ、みんなが喜ばないよ」


 大名持おおなもちの膝の上で、鈴姫は前を見据え、身体全体に力を込めた。頭はまだ激しく痛む。けれどもう、自分の意志を無くしはしない。


「降ろしてください……‼ 今すぐにっ‼」


 大名持は沈黙した。ところが背後から別の人の声が聞こえてきた。聞き取れないほどの微かな声だが、「頭を……‼ やれ……‼」などと怒鳴っているらしい。


 振り向こうとしたその時、鈴姫は後ろから頭を鷲掴みにされた。


「っ――⁉ あぁ……‼」


 頭痛に目が眩む。それだけに終わらず、大きな手は万力のように頭を締め付け、さらに前方へ押し出した。額が液晶モニターに叩き付けられ、意識が飛ぶほどの激痛が走った。


「っ‼ や……‼ いやああぁぁ……‼」


 鈴姫は泣き叫んだ。手足を暴れさせて抵抗したが、とても力が入らない。


「ごめんな、鈴姫……みんなの為なんだ」


 大名持の声がする。髪の毛が引っ張られ、頭が仰け反る。そして再度力が加わり、額が液晶モニターに叩き付けられた。悪意の言葉が流れるSNSの画面に、何度も、何度も、何度も。


「ごめんな……ごめんな……ごめんな……」


 鈴姫は痛みのあまり嘔吐してしまった。それでも大名持の手は止まらない。せっかく流れていった怒りが、また沸々と湧き上がってくる。鈴姫は涙と吐瀉物に塗れながら、たった一つのことを想い続けた。


(穂積……‼ 穂積ぃ……‼)


 ―――― ◇ ――――


 城塞壁上の幕軍兵が恐る恐るこちらを窺う中、蓮太郎の乗る〈依姫よりひめ〉はついに追手門前にたどり着いた。


 上空の野分龍のわきりゅうは西方の路上に向かって身体を伸ばしているが、その後端は大名持の御霊機おんりょうきに留まり、依然として宙に浮かべている。


『どうすれば……! ここで降りてくるのを待つしかないの……⁉』


 華凛が通信で焦りを滲ませて言った。一方蓮太郎は操縦席から上空を睨みながら、

「江藤殿、お願いします」


『分かっちょらい‼ こっまで来たら全部出すしかなかと‼ ――上がるばい‼』


 その瞬間、〈依姫〉の着物のような装甲が左右に展開した。それはまさに両翼のように背部に広がり、それぞれの翼の中心部と先端部は丸くくり抜かれ、中でローターが回転している。


『嘘でしょ⁉ と――飛べるのおおぉ⁉』


 華凛の素っ頓狂な叫びに続いて、江藤が声を張り上げる。


『習合は偉大なり‼ 弁天羽衣べんてんはごろも、起動――――‼』


 ローターが回転を増し、背中のジェットエンジンが噴射した。



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