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第46話 奸臣


 暴風が吹き込む〈まが鳥船とりふね〉の操縦席で、大名持おおなもち貴彦たかひこは呆けたように眼下を眺めていた。


 開閉扉がひとりでに下がり、操縦室が密閉された。そして目の前のモニターに突如、操縦席を上から見下ろしたような構図の映像が映った。造りは大名持がいる場所と全く同じだが、機乗士が違う。折り目正しいスーツ姿の三十代中頃の男が、操縦桿をしっかり握っている。その様子を上から撮った映像が、大きく映し出されていた。


 大名持は眉を八の字にして息を吐き、

肖高すえたか……もうやめよう。あの子はもう使えない。あの子がいなきゃ、アマテラス粒子は収束できないだろう。一度、計画を練り直した方が……」


『お前も、そこから降りたいのか?』

 男が言った。


 大名持は肩を震わせ、自身の足元に目を落とした。この床の下にいる、その男を見下ろすように。


『無知蒙昧なお前をここまで担いでやったのは誰だ? あの娘のただならぬ力に気付いたのは? 異国の研究機関を動かしてこの〈禍ツ鳥船〉を造ってやったのは? 何をするべきか、何を言うべきかを逐一教え、お前の虚像をここまで巨大にしてやったのは誰だ?』


 大名持は力なく笑った。

「あっははは……分かってるよ……もう後戻りはできないって……。俺は、人に喜んでもらわないと、生きていけないんだから……」


 男の首がぐるりと回り、カメラを見上げる姿勢を取った。角縁眼鏡つのぶちめがねの奥で光る虎狼のような目が、大名持を下から睨み据える。


『……だったら黙って俺に担がれてろ‼ 無能が‼』


 犬神人いぬじにん安禄肖高やすとみすえたかはそう言い捨てた後、液晶モニターを指で叩きながら独り言を言った。


『アマテラス粒子は三割弱まで収束済みだ。この一発を抱いて京まで進み、御所を質に取って脅しつけてやればいい。あの小娘を引っ立てて来いとな。馬鹿共は喜び勇んで飛びつくぞ……』


「……ん?」

 一方の大名持は首を傾げた。下の方で何かが爆発したような音が聞こえ、それから口笛のような高い音がだんだんと近づいて来ている

「なあ肖高、何か聞こえなかったか?」


『黙ってろと言ったろ‼ お前のような低能に指摘されることなど、俺には――‼』


 次の瞬間、鼓膜が破れるほどの大音と、巨大な槌で殴られたかのような衝撃が機体を襲った。


 ―――― ◇ ――――


 それより少し前のこと。


 佑月ゆづきは〈双燕そうえん〉の操縦席で、無線に耳を傾けていた。


「そうか! 撞賢木つきさかき様は無事に……! すぐ着地地点に衛生隊を送れ!」


 無線の周波数を変え、佑月は喜色を浮かべて怒鳴り散らす。


「ほれさる号‼ 出番じゃ‼ 思いっきりぶちかましたれえ‼」


 ―――― ◇ ――――


「やいややいや、やっとんこっで」


 肝付きもつき三太郎さんたろうは〈桜島さくらじま〉の操縦席で背中に手を当てて伸びをした。


「ほいじゃやっかい。噴火準備じゃ」


 肝付は操作盤のスイッチを入れた。


 〈桜島〉が片膝をつき、そして背部に負った巨大な構造物が、変形を始めた。


 パイプが組み合わさり砲身に。その後部に駐退機が取り付けられ、さらにそこから伸びた固定土台が、後方の地面をしっかり掴む。


 周囲の兵がどよめいて後ずさる。そこは城塞南の法円坂上にある幕府陸軍の駐屯地であった。


「すんもはんなぁ幕兵サァら、吹っ飛ばされんようはよ逃げったもっせ。御城ん近こうて広か場所はここしかなかした」


 言葉が通じたのか〈桜島〉の威容に恐れをなしたのか、幕府陸軍兵は背を向けて一目散に逃げ去って行った。


 肝付が天井付近から照準器を引き下ろす。〈桜島〉の肩に巨大な砲身がのしかかる。


 肝付が、〈桜島〉が、同時に持ち手を握った。


菱刈ひしかりサァが龍を引き付けやったお陰で狙えもさ……」


 仰角を目一杯上げ、野分龍のわきりゅうの後端、魁偉な御霊機おんりょうきに狙いをつける。


木花之佐久夜毘売コノハナサクヤヒメ』の神札に見守られながら、肝付は引き金を引いた。


「一発二千七百両じゃ」


 轟射。


 砲身が火を噴いた。機体が地面にめり込み、水しぶきが波紋のように広がる。魂鋼の榴弾は風雨を切って打ち上がり、上空に一輪の花を咲かせた。


 ―――― ◇ ――――


 野分龍が悲鳴を上げた。


 鎌首を持ち上げ、空に横たわる身体をのたうち回らせる。顔に刺さった矢が抜け、道路に音を立てて落ちてきた。


『何ですかな、あれは……!』


 疲労困憊の石切衆いわきりしゅう頭目がトラックの陰から目を見張る。


 菱刈は〈墜星ついせい〉のモニターに映る爆発を見上げ、長く息を吐いた。


「肝付どん……! やぁっと働きやいもしたか……!」


 野分龍は首を返して上昇し、長い尾を引きずって北東の空へ向けて泳いで行った。


 野分は過ぎ去り、風が止んだ。


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