暴風が吹き込む〈
開閉扉がひとりでに下がり、操縦室が密閉された。そして目の前のモニターに突如、操縦席を上から見下ろしたような構図の映像が映った。造りは大名持がいる場所と全く同じだが、機乗士が違う。折り目正しいスーツ姿の三十代中頃の男が、操縦桿をしっかり握っている。その様子を上から撮った映像が、大きく映し出されていた。
大名持は眉を八の字にして息を吐き、
「
『お前も、そこから降りたいのか?』
男が言った。
大名持は肩を震わせ、自身の足元に目を落とした。この床の下にいる、その男を見下ろすように。
『無知蒙昧なお前をここまで担いでやったのは誰だ? あの娘のただならぬ力に気付いたのは? 異国の研究機関を動かしてこの〈禍ツ鳥船〉を造ってやったのは? 何をするべきか、何を言うべきかを逐一教え、お前の虚像をここまで巨大にしてやったのは誰だ?』
大名持は力なく笑った。
「あっははは……分かってるよ……もう後戻りはできないって……。俺は、人に喜んでもらわないと、生きていけないんだから……」
男の首がぐるりと回り、カメラを見上げる姿勢を取った。
『……だったら黙って俺に担がれてろ‼ 無能が‼』
『アマテラス粒子は三割弱まで収束済みだ。この一発を抱いて京まで進み、御所を質に取って脅しつけてやればいい。あの小娘を引っ立てて来いとな。馬鹿共は喜び勇んで飛びつくぞ……』
「……ん?」
一方の大名持は首を傾げた。下の方で何かが爆発したような音が聞こえ、それから口笛のような高い音がだんだんと近づいて来ている
。
「なあ肖高、何か聞こえなかったか?」
『黙ってろと言ったろ‼ お前のような低能に指摘されることなど、俺には――‼』
次の瞬間、鼓膜が破れるほどの大音と、巨大な槌で殴られたかのような衝撃が機体を襲った。
―――― ◇ ――――
それより少し前のこと。
「そうか!
無線の周波数を変え、佑月は喜色を浮かべて怒鳴り散らす。
「ほれ
―――― ◇ ――――
「やいややいや、やっとんこっで」
「ほいじゃやっかい。噴火準備じゃ」
肝付は操作盤のスイッチを入れた。
〈桜島〉が片膝をつき、そして背部に負った巨大な構造物が、変形を始めた。
パイプが組み合わさり砲身に。その後部に駐退機が取り付けられ、さらにそこから伸びた固定土台が、後方の地面をしっかり掴む。
周囲の兵がどよめいて後ずさる。そこは城塞南の法円坂上にある幕府陸軍の駐屯地であった。
「すんもはんなぁ幕兵サァら、吹っ飛ばされんようはよ逃げったもっせ。御城ん近こうて広か場所はここしかなかした」
言葉が通じたのか〈桜島〉の威容に恐れをなしたのか、幕府陸軍兵は背を向けて一目散に逃げ去って行った。
肝付が天井付近から照準器を引き下ろす。〈桜島〉の肩に巨大な砲身がのしかかる。
肝付が、〈桜島〉が、同時に持ち手を握った。
「
仰角を目一杯上げ、
『
「一発二千七百両じゃ」
轟射。
砲身が火を噴いた。機体が地面にめり込み、水しぶきが波紋のように広がる。魂鋼の榴弾は風雨を切って打ち上がり、上空に一輪の花を咲かせた。
―――― ◇ ――――
野分龍が悲鳴を上げた。
鎌首を持ち上げ、空に横たわる身体をのたうち回らせる。顔に刺さった矢が抜け、道路に音を立てて落ちてきた。
『何ですかな、あれは……!』
疲労困憊の
菱刈は〈
「肝付どん……! やぁっと働きやいもしたか……!」
野分龍は首を返して上昇し、長い尾を引きずって北東の空へ向けて泳いで行った。
野分は過ぎ去り、風が止んだ。