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第47話 神忠の機甲志士


 大川北岸の天神橋筋に着地した〈依姫よりひめ〉目掛けて、差賀さが藩の大型トラック、張州ちゅうしゅう陸軍の軍用車両、そして〈秋水しゅうすい〉を乗せた中型トラックが続々と集結した。


 蓮太郎は鈴姫を両腕で抱きかかえ、太刀をベルトに差して〈依姫〉の操縦席からゆっくりと降りた。トレーススーツを着たままの華凛がコンテナから飛び出し、二人の元に駆け寄る。


「鈴姫様……! 穂積さん、無事……⁉」


 蓮太郎は穏やかに頷いた。


 張州藩士達が担架を運んで駆け寄ってくる。蓮太郎はその上に眠る鈴姫をそっと乗せた。


「ああ〈依姫〉……! おいたわしや……! こらぁ俺が腹切らねばならんばい……!」

 江藤が両手の無くなった〈依姫〉を見上げて騒いでいる。


 それを尻目に中型トラックが蓮太郎のもとに近づき、運転席から公文が、助手席からななが降りてきた。


「なな……」

 蓮太郎は懐から白鞘の短刀を取り出し、ななに差し出した。ななは目に涙を浮かべ、


「……あとで、捨てるから」

 と言って受け取った。


 次いで蓮太郎は中型トラックの荷台に寄り、〈秋水〉の固定ベルトを外していく。向かい側で公文がその作業を手伝った。


「……奴は」

 蓮太郎が低い声で問うと、公文は、


「天神橋の辺りに落下したようです……ちょうど、この先かと」

 と言って南に目線を向けた。


 風は止んだが雨は未だ激しく振っており、道路の先は霞んで見えない。


 蓮太郎は荷台に上り、〈秋水〉側面の扉を開けた。


「穂積さん……!」

 不意に声が掛かった。華凛が不安そうな顔で蓮太郎を見上げ、


「あいつを……大名持を、どうする気なの……?」


 蓮太郎は視線を他に転じた。軍用車両に載せられようとしている鈴姫を見つめながら、


「……御為になることをする」

 とだけ、言った。


 そして蓮太郎は太刀を手に操縦席へもぐり込んだ。ヘルメットを被り、起動鍵を計器盤の下に差し、回す。〈秋水〉が震え、あちこち軋ませながら大儀そうに起き上がる。太刀を隙間に押し込み、計器を見る。神験しんけん残量四割――なるべく早く片を付けなければならない。


 蓮太郎は右腕を吊るために使用していた布を首から外し、たたんで口にくわえた。折れている右腕でレバーを握り、痛みに耐えつつ前に倒す。〈秋水〉は荷台から降り、雨の中を不格好に走行した。


 南へ行くとすぐ、大川の激流をまたぐ天神橋が見えてきた。そしてその南端に微かに見える、大きな影。鴉羽からすばねの長衣は短く破れ、後光の頭飾りは折れてなくなり、それでも〈まが鳥船とりふね〉は立っていた。腰の直刀を、抜いた状態で。


『穂積、蓮太郎……』


 大名持ではない、別の男が声を発した。


『俺が……お前の志を継いでやったんだ……! 今人神いまひとがみを担ぎ上げ、その影に隠れて暗躍し、天と地をひっくり返す……! 俺が――俺達が、蔑まれることのない世を創る……‼ お前と同じやり方で‼ お前と同じ志で‼ 俺はここまでやって来たんだぞ‼』


 駆動輪が轟き、巨体が突進してきた――蓮太郎はペダルを踏み込みつつ正面のレバーを左に。〈秋水〉は左に傾きながら走る。別のレバーを操作。左腕が濡れた道路に触れ、滑りながら敵の足元へ。


 天神橋の中央で、大人と子供程に体格の違う二機が交差した。


 敵の直刀が鉄箱をなぞる。すれ違いざまに右腕を伸ばし、敵機の足元を斬る――


 手応えはあった。しかしこちらの得物は短すぎ、大した損傷を与えられない。だが手は休めない――振り返りざま、蓮太郎は座席横のレバーを引く。脚部が跳ね、その勢いのまま右腕を伸ばし、敵機の背面を貫く。


 かと思われたが、〈禍ツ鳥船〉は素早く回転した。太い左腕が唸りを上げ、〈秋水〉の側面を衝撃――操縦席の右側がへこみ、〈秋水〉は吹き飛ばされた。


「ぐっ……!」


 ヘルメットが外れ、頭から血が垂れる。目を見開き、隙間の向こうを見据える。敵は右手を伸ばして直刀を突いてきた。蓮太郎はほんの僅かの操作で右に避ける。そして前に出ながら右腕を下から上へ。〈禍ツ鳥船〉の右腕の付け根を半分ほど斬った。


 まだ終わらない――目にも止まらぬ操作で左腕を動かし、敵の右腕を抱え込む。そして上半身をのけ反らせ、脚部を相手に向ける――この瞬間を捉え、座席横のレバーを引き上げた――シリンダーが爆発音を発し、右脚が部品を撒き散らして伸びる――その蹴りが肩に命中し、敵の右腕を無理矢理引き千切った――


『馬鹿がっ‼』


 直後、極太の左腕が猛追し、〈秋水〉の胴体部を鷲掴みにした。そのまま地面に叩き付け、重量を込めて上から押し付ける。


『少し遊んでやったらつけ上がりやがって……‼ 腕一本、脚一本斬ってそれがどうなる低能め‼ こんな鉄屑、お前と一緒にいつでも潰せるんだよ無能が‼』


 レンズの付いた手が締め付け、巨体がのしかかり、鉄箱が缶のように潰れていく――



 金属の悲鳴を上げながら徐々に狭まってゆく操縦室。蛍光灯も消え、真っ暗になった鉄箱の中で、蓮太郎は太刀を両手に持ちながら、厳かに呟いていた。


「掛けまくも畏き瀬織津姫せおりつひめ……社機やしろき〈秋水〉れ壊されるに先立ちて……もと御座みくらに還りせと、畏み畏みももうす…………」


 暗闇の中、一閃の刃が、光を放ちながら現れた――



『ぶっ潰れろ……‼ あの小娘は俺が使ってやる……‼ 上に乗ってる馬鹿と一緒にな……‼ お前を解放してやるよ……‼ ゴミのような身分に生まれ、仕えた今人神に足蹴にされ、挙句その娘にまで従わされる……そんな惨めな人生からなあああああ‼』


 キイイィィィン――…………


 清浄な金属音が空気を切り裂いた。〈禍ツ鳥船〉の右手の甲から、細い刃が突き出ていた。それは下から、つまり潰れかけの操縦席の中から突き立てられていたのである。


『な……⁉』


〈禍ツ鳥船〉は右手を引っ込めた。同時に細い刃も引き抜かれ、潰れた〈秋水〉が死んだように横たわる姿が見える。次の瞬間――鉄箱の前面が中から蹴破られ、煌めく太刀を持った血塗れの鬼のような男が飛び出して来た――


『何だと……!』


 驚きと恐怖が混じった声を上げる巨体。同時に左腕が再び繰り出される。


 顔を血に染めた蓮太郎は、迫る巨木のような左腕を睨み据えた。太刀を大上段に構え、呼吸を整え、降りしきる雨粒の一つ一つがが見えるほどに神経を研ぎ澄まし、そして――


「ちぇえええええええええあああああああああああああああああああああああ――――っ‼」


 裂帛どころではない気合を発し、得物の刀剣を振り抜く。鏡のようなレンズが割れ、手の平が二つに裂かれ、さらに手首の辺りまでをも斬り裂いていた。


『ば……馬鹿な……!』


〈禍ツ鳥船〉が後ずさる。蓮太郎は突進した――脚部に取り付き、遮二無二よじ登って胴体下部へ。そこにある開口部の隙間へ太刀を突き立て、鋸のように上下に、左右にも出鱈目に動かし、留め具やモーターを斬りまくった。頭から血を流し、血走った目を見開いた悪鬼のような形相で。


 巨体が踊るようによろめく。しかし蓮太郎はてこでも離れず、開口部に意地でも武者ぶりついた。無理矢理開口部の隙間を広げると、蓮太郎は手を入れ、人の声とは思えない呻き声を発しながら大力を込めた。金属がひん曲がる音を立てながら、扉が開いた。


 開口部に足をかけ、太刀の切っ先を向ける。青い顔で冷汗を流している、安禄やすとみ肖高すえたかに。


「……なぜ……なぜ、ここまでできる……!」


 安禄は声を震わせて言った。


「あの馬鹿娘の宣った、反吐が出るような綺麗事を信じているのか……⁉ 目を覚ませ低能‼ 無能な主上は、有能な臣下が操るものだ‼ それしか使い道はないのだ‼ 高貴な身に生まれたというだけで一生安穏と生き、俺達の苦悩を一切知らずに穢れを押し付ける今人神など‼ 担ぎ上げて意のままに操ってやるのが、せめてもの――‼」


 安禄は言葉を途切れさせた。蓮太郎が右手を伸ばし、安禄の頭に触れたからだ。


 柔らかく触れた感触に戸惑い、安禄は思わず蓮太郎の顔を見た。だが暗雲のような瞳から、安禄が読み取れるものは何もなかった。


 蓮太郎の手が柔らかかったのは一瞬だけだった。直後、その手は悪鬼の手に変貌した。安禄の頭を鷲掴み、人間離れした怪力で引っ張られ、操作盤の真ん中に叩き付けられた。


 何かを思い浮かべる間もなく、安禄は即死した。額が割れ、頭蓋が砕け、その内容物が血と共に飛び散った。ひしゃげた角縁眼鏡が、その上にポトリと落ちた。


 安禄を殺した男はそのまま、しばらく動かなかった。やがて機械の駆動音が聞こえ、蓮太郎は上を見上げた。


〈禍ツ鳥船〉の胴体上部が開き、大名持おおなもち貴彦たかひこが姿を現した。


 大名持は蓮太郎を見下ろし、

「……死にたく、ない…………」

 両眼から涙を流した。


 ―――― ◇ ――――


 雨が、止んだ。


双燕そうえん〉二機、〈墜星ついせい〉と〈桜島さくらじま〉、彼らが天神橋にたどり着いた時、そこで観たのは次のような光景だった。


 うずくまる〈禍ツ鳥船〉の胴体部が開き、そこから何者かの血が流れ出ている。少し離れた場所で、血塗れの蓮太郎がただ一人、潰れた〈秋水〉に向かって倒れこんでいた。


 佑月ゆづきが〈双燕〉から飛び出し、急いで駆け寄ると、蓮太郎はただ倒れていたのではなかったことに気が付いた。


 蓮太郎は潰れた操縦席の奥に向かって傅いたまま意識を失っていた。息をしているのかどうかも定かではないが、それでも膝を揃え、潰れた鉄箱に身を預けて祈るように目を閉じていた。


『瀬織津姫大神』と書かれた神札の収められた、粉々に割れた神棚に向かって――


 一欠片の悔いもない、穏やかな表情だった。


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