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第3話  姉心、妹知らず(双子の姉妹視点)

 セリィナには7歳年上の姉がふたりいる。


 輝くプラチナブロンドの髪とエメラルドのような瞳をした美人揃いだと有名な公爵家三姉妹……その長女と次女は双子であった。現在17歳となったら彼女たちの美しさはさらに増し、デビュタント以降“公爵家の華”として社交界でも話題の的になっていた。


 そんな長女のローゼマインと次女のマリーローズは見た目はそっくり瓜二つだが性格は全く違う……と思われているが、それは大きな間違いなのであった────。







「今日もセリィナはあの執事にべったりね」


 その美少女……ローゼマインはエメラルド色の瞳を翳らせて深いため息をつく。普段ならこんな表情など絶対に見せはしないのだがに関しては仕方が無かった。


 いつもなら、ローゼマインは相手が誰であろうとまさに完璧な塩対応を貫いている。いつも無表情でそっけない美の女神……それがデフォルトであった。それ故にたまに見せるわずかな笑みもまさに冷酷な女帝のようだと、その姿はまさに“氷の女神”だと揶揄されていた。公爵家の跡継ぎである彼女は、将来は婿養子をとって公爵家を繁栄させなければならないはずなのだが……あまりに塩過ぎてまだ婚約者になれる猛者は現れていない。だが、言い寄っては塩漬けにされた勇気ある令息たちの数だけは途絶えることはなかった。


「いつもの事ですわ」


 姉の呟きに同意したマリーローズだが、同じく深いため息をついている。姉と違い次女のマリーローズは夜会に出ては男性の視線を釘付けにしていた。全く同じ顔なのにまるで正反対の微笑みを浮かべるその姿は“微笑の女神”だと頬を染めた紳士たちから囁かれている。ローゼマインの塩対応に耐えきれなかった敗北者たちがマリーローズの微笑みに心臓を鷲掴みにされるところから、まさにアメとムチな姉妹であった。


 しかしそんな彼女が相手にする男性陣と語る会話の内容は主に公爵領の流通や発展についてのみ。マリーローズは公爵家の発展の為に姉の補佐に徹しているに過ぎない。なのでもちろんお触りは厳禁、ラブい仄めかしや下心を持って口説くなど言語道断だ。それでも未だ婚約者の決まっていない彼女たちの隣の席を虎視眈々と狙っている身の程知らずは有り余るほどいる。この双子の美しさもそうだが、アバーライン公爵家の婿の座はそれほどに魅力的なのだ。


 だが、公爵家の婿養子となるのであればそれなりの人選でなくてはならない。決してローゼマインやマリーローズの理想が高過ぎるのではなく、婿の壁が高いのである。


 嫡女であるローゼマインが女公爵となる事はすでに決定事項であり、次女のマリーローズは補佐役として公爵家を支えなくてはいけない。それはふたりが決めた事だった。


 もちろんローゼマインと違い、マリーローズはどこかに嫁に行く可能性もあるが本人はそれを断固拒否している。公爵家を出ていく気は無く、他家へ嫁に行く時は公爵家が没落した時だと豪語しているほどだ。もちろん、「そんな事はあり得ないけれど」と付け加えているが。ただ、マリーローズのお眼鏡に適う人材がいないだけかもしれない。


 ふたりとも色恋沙汰には興味が無く、唯一関心があるのは目に入れても痛くないほど可愛い妹セリィナの幸せのみ。公爵家の安泰はセリィナが安全に過ごす為のオマケに過ぎないのだ。社交や領地経営の手伝いも全てはセリィナの平和を守る為であった。


 以前「結婚相手の条件は?」と聞かれたことがあった。とても厳しいのだろうと、酒のツマミにされた事もあるが……このふたりにとっては至極簡単な事でしかない。今一度同じ質問をされたらその時と同じ答えを出すだろう。


「「自分の身は自分で守れて、尚且つ妹のセリィナをわたくしよりも大切にしてくれる方ですわ」」と。


 まぁ、さらにそこに“公爵家として”の条件が加わるのだが……この双子は本気だった。


 アバーライン公爵家の人間になればどんな時でも命を狙われる危険がある。もちろん使用人たちが厳重に守ってくれてはいるが油断は命取りだ。そして、危機に陥った時は妻となる自分たちよりもセリィナを優先して守って欲しいと願っていた。



 ちなみにだが、もしもセリィナが政略結婚させられそうになったらこのふたりはきっとその相手を家ごと潰すだろう。物理的に。そう物理的に。(大事なことなので2回言いました)







「セリィナが今日も可愛かったわ!」


「毎日可愛さが増していますわ。あの執事のおかげなのが悔しいですけれど」


 姉の主張に同じ顔で激しく同意するマリーローズ。


 社交界では“氷の女神”などと揶揄されているローゼマインだがその本性は妹に嫌われるのを心底恐れる泣き虫であった。


  セリィナが産まれた時に絶対にこの子を守ろうと誓ったのに、ほんの一瞬気が緩んだ隙にセリィナは暴漢に拐われてしまったのだ。手を繋いでいたのは自分だったのにと、ずっと責任を感じていた。


 そのせいか、うまくセリィナと関われない。下手に声をかけると驚いて泣いてしまうし、以前寝てる時に寝顔だけでもと様子を見に行ったら「助けて、殺さないで」と魘されていた。あの執事によればよくある事なのだとか。


 あの時のショックは今もセリィナの心を深く傷つけているのだと思ったら余計に心に大きな重石が乗った気がした。


  でもどんなにセリィナが泣いていても自分たちには何もできない。セリィナが側にいることを許しているのはあの執事だけなのだから。


「あの執事、今日もセリィナを抱っこしていましたわ」


「くっ、羨ましいわ。あの執事め、セリィナに変なことしたら許さないんだから」


 本当はセリィナに男の執事なんかつける気はなかったのだがセリィナを助けてくれた恩人であり、そしてセリィナが望んだ事を叶えない訳にもいかない。ライルが“おねぇ”なる人種だと言われた時は驚いたが逆に言えばセリィナに下心を持つ可能性がないと言うことだろうと自分を納得させた。なによりもあの男を執事にする事を家族総出で許可した時だけセリィナが泣き止んで笑ってくれたのだ。今さら追い出す訳にもいかない。


「いつもセリィナを怯えさせているのはお姉様ですわ」


「あああぁぁぁぁ~っ!セリィナを怖がらせるこの顔が憎い!」


  なぜここまで怖がられているのかはわからないが、 ローゼマインは何をしても怯えさせてしまうのでだんだん何も出来なくなってしまっていた。挨拶どころか目も合わせられない。それがさらに冷たい印象を持たせているとも知らずに。


  マリーローズも似たようなもので、避けられてる感をヒシヒシと感じている。


「そういえば、先日セリィナに婚約の申し込みがあったそうですわよ。相手はどこぞの伯爵家の次男で、どうやらあの事件を知ってお荷物を処理してやるんだから感謝されるに違いないと言っているそうですわ。セリィナと婚約すれば公爵家の懐に入り込めると企んでいるとも……もちろんお父様は秒で断りましたけれど」


 マリーローズからの情報にローゼマインの瞳が鋭くなる。パチンと指を弾けば、ふたりの専属メイドがどこからともなく現れて望んだ資料を手渡してきた。


「伯爵家ごときが……セリィナを利用しようとするなんて、そいつら潰してしまいましょうか。────物理的に」


「それがいいですわ。もちろん、物理的に」


 にっこりと同じ笑顔が二つ並んだのを見て、メイドは「やっぱり顔も性格もそっくりだ」と思っていた。




 大事なことは2回言う。それがこの双子である。



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