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第4話  悪役令嬢の家族

「……これからどうしよう」



 ライルに抱っこされたまま部屋に運ばれた後。そのままお茶の準備をしてもらっている間、私はあることを考えながら深いため息をついた。


 前世の記憶を思い出してから約3年。さすがにこのままではいけないと頭ではわかっているのだが────。




 目を瞑ると、乙女ゲームの画面が脳裏に浮かんだ。


 セリィナ悪役令嬢には双子の姉が存在する。とても美しく有能な自慢の姉たちで、社交界でも有名人だった。そしてまだ幼いセリィナはこれまで外に出される事がなかった為に目立つことも無くオマケ的な存在でいた。



 だが、今のセリィナは“違う意味”で有名人になってしまったのだ。



 “7歳のときに暴漢に襲われキズモノになった憐れな公爵家の末娘”



 実際にはライルのおかげで体は無傷だが、噂は独り歩きした。私が酷い傷を追っているからあまり人前に出せないのではないかと言われていて、家族がやんわりと否定しても公爵家の体裁を守る為だとしか思われていない。一部の貴族からは公爵家の厄介者だと笑われているのも知っていた。


 だが心の傷というか、他人とまともに顔を合わせられずに人間不信で怯え出す令嬢なんて確かに厄介者でしかない。いくら三女で跡取りではないにしてもこれでは政略結婚の道具にすら難しいだろう。


 そして、セリィナと違い優秀な姉たちはゲームの序盤では悪役令嬢の姉として紹介されるだけの登場だった。しかし中盤で真実がわかった途端に“ヒロインの本当の家族”として出会いのスチルが描かれる。特に長女のローゼマインは“氷の女神”なんてあだ名が付いているとは思えない笑顔をヒロインに向けて泣いて喜んでいた。


 ヒロインが公爵家に迎え入れられ、義理の姉妹として過ごす事になった悪役令嬢とヒロインの間にもローゼマインはよく仲裁に入っていた。ヒロインを庇って悪役令嬢に注意をするのだが、ヒロイン視点から見ればこれまで生き別れだった姉が自分を庇ってくれているのだから嬉しいだろう。


 ヒロインが正当な娘で悪役令嬢は養女の立場になってからの関係性は学園にいた頃より最悪で、必ずケンカになるのだ。その度に姉たちは理由も聞かずに悪役令嬢を叱りヒロインを慰める。それがショックでさらにヒロインへの憎しみを増加させ、殺意へと変わっていくという悪循環だった。


 そういえば、悪役令嬢は学園でヒロインと出会った瞬間に敵意を向けて威嚇していた。それこそ最初は貴族令嬢としての立ち振る舞い方や男性との距離感を注意していたくらいだったが、なにかにつけて衝突が多かった。今から思えば自分の家族を奪われることを本能的に感じていたのだろう。


 つまり、私はお姉様たちとは血の繋がらない赤の他人だと言うことだ。ゲームでは公爵家を逆恨みした侍女が赤ん坊であるヒロインと同じ髪色と瞳をした産まれたばかりの私をこっそり入れ替えたと白状していた。


 だが悪役令嬢が本当は誰の子供なのかは明かされていない。プラチナブロンドの髪色もエメラルド色の瞳も多少の色の濃さの差はあれど、貴族ではよくある色だ。有力なのはヒロインが暮らしていたとある貴族だが、その貴族が悪役令嬢を実の娘だと受け入れた描写は無かった。


 ひとつだけわかっていることは、お姉様たちはこれから確実に私を憎むようになるということだけ。


 特に長女のローゼマインお姉様には今ですら私の事を鋭い目付きで一瞥しては何も言わずに去ってしまうほどに嫌われている。誰に対してもそっけなく冷たい人だったのにヒロインの事だけはめちゃくちゃ甘やかして溺愛するようになってしまうあたり血の繋がりを感じているのだろう。


『だって可愛い妹だもの』


 ヒロインに対して笑顔でそう言ったローゼマインのそのひと言が悪役令嬢の心を抉った事など誰も知らない。


 そして次女のマリーローズと一緒になって

『『お前のような人間を妹だと信じていたなんて穢らわしいわ』』と同じ顔をして冷たい目で悪役令嬢に吐き捨てるように言う場面も印象的だった。そのせいでマリーローズお姉様もつい避けてしまうのだ。


 両親に至ってはさらに質が悪い。お父様は目付きが悪く寡黙な人間なので元より悪役令嬢にあまり構っていなかったのだが、ヒロインが実の娘だとわかった途端に豹変するのだ。ヒロイン実の娘の為ならばなんでもする父親はヒロインが悪役令嬢とケンカする度に『お前のような卑しい者にこの家の娘を名乗らせるなんておぞましい。身の程をわきまえろ』と悪役令嬢に悪態をついた。


 ルートにもよるが、ヒロインを泣かせた罰だと言って悪役令嬢をダーツの的にしようとするシーンがある。『この矢の先に毒を塗ってお前の顔面に命中させることが出来たならば、あの子の憂いも晴れるであろうに』と、悪役令嬢と義姉妹となったヒロインが可哀想だと嘆きながら父親と母親が悪役令嬢にダーツの矢を向けるのだ。あれはプレイしながらもかなりの衝撃を受けていたので、思い出した途端に血の気が引いた。おかげで今もお父様の気配を感じるとあのシーンが脳裏に蘇り体が硬直してしまう。


 そして幼い頃の事件のせいでキズモノ扱いされコンプレックスを隠す為に虚勢を張り続けた結果、突然「偽物だ」と罵られて全てを奪われた悪役令嬢の気持ちはゲームのどこにも描かれていなかった。それは家族が悪役令嬢の……そして私の事など何とも思っていない事を証明している。



 もちろん私は悪役令嬢と同じ道を歩む気は無いし、家族に無償の愛を求めたりもしないつもりだ。本当は今すぐこの家を出ていければいいのだろうが、まだ10歳の子供ではすぐに行き倒れてしまうのでそれも難しいと思っていた。


 それに……。





「セリィナ様、なにか悩み事かしら?」


 ふわっと紅茶の香りがして目を開けると、目の前にはライルの顔が迫っていた。ライルの瞳があまりに綺麗で吸い込まれそうになる。


「……ねぇ、ライル。執事を雇うのってどのくらいお金がいるの?」


 なによりも、私はライルと離れたくない。もしも公爵家を出ていくならばライルも一緒に来て欲しいのだが、さすがにお給料を払わなければそのまま執事をしてもらうのは難しいだろう。人間不信の私がお金を稼ぐのは難しいかもしれないが、そのうち転生者チートにでも目覚めて一攫千金のチャンスに巡り会える可能性だってある。そうしたらライルを個人的に雇うことが出来るはずだ。


 そう思ったら、暗く沈んでいた思考が少しだけ浮上した気がした。


 ライルの淹れてくれたお茶を飲みながらそう聞くと、一瞬だけ紫色の瞳が細められた気がして思わず首を傾げるがライルはいつも通りにっこりと笑っていた。


「ライル?」


「────あら、セリィナ様ったら……もしかして新しい執事でも雇う気なのかしら?」


 いつものようにクスクスと笑って私のおでこをツンとつつくライルの姿に、雰囲気が違った気がしたのは気の所為だったのだとホッとして慌てて訂正する。


「私はライル以外の執事なんていらないわ!ただ、いくらあったらライルにずっと私の執事をしてもらえるのかなって気になったの」


「セリィナ様ったらそんな事を気にしていたの?」


「だってほら、私はここにいられなくなるかも……「セリィナ様、あーん」ふぇっ?」


 私がそう呟くと、ライルが用意されていたクッキーをひとつ私に差し出した。条件反射的に口を開けた私がクッキーを頬張っていると、指先が伸びてきて頬を拭われてしまう。


「ふふっ、ついてるわよ」


 そう言ってクッキーの欠片を自分の口に含んだライルがにっこりと笑った。その眼差しがなんだか恥ずかしくなってそのまま何も言えなくなってしまう。でも、やっぱり……ライルが側にいてくれればそれでいいとも思うのだった。


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