あれから数日、私は目の前に出された招待状を見てまたもや眉をハの字にしていた。
まず、この世界には貴族の子供が10歳になった年の建国記念の祝日にデビュタントパーティーをする厄介な決まりがある。ちょうど秋の実りの頃だ。
そしてそれは所謂我が子の御披露目会であり、これから貴族の一員として誇りを持って生きていくことを国王陛下に誓い、婚約者や親族とファーストダンスを踊るというものだった。
しかも10歳未満で婚約者がいる子供は極少数で、ほとんどがこのデビュタントパーティーで相手を見つけて縁組みすると言う集団お見合いの場でもあるのだ。だから貴族の子供は全員に参加義務があり、親の期待を背負ってより良い縁を結ぶ為に自分をアピールしなければいけない地獄のパーティーであった。
「デビュタントパーティー……行きたくない」
私はライルから差し出されたデビュタントパーティーの招待状を見て首を左右に振った。
ああもう、すっかり忘れていた。だってゲームのスタートは15歳の学園入学からなのでそれ以前の情報はほとんど無いに等しいのだ。しかしよく考えればデビュタントは一人前の貴族になるためには避けて通れない茨の道であり、ゲームの悪役令嬢もデビュタントパーティーには必ず参加しているはずである。
しかし私はたくさんの貴族の子供が集まるパーティー会場を想像するだけで気分が悪くなってくる。だって同い年ということは学園でも同学年ではないか。パーティーの参加者はヒロインの周りにいて
最初は悪役令嬢がヒロインに突っかかると一緒に文句を言っていた同級生達だが、実はヒロインの方が公爵家の本物の娘だとわかった途端に華麗なる手のひら返しを披露してくるのだ。断罪シーンでは「偽物のくせに騙していたんだな」と悪役令嬢に石を投げてくる奴もいた。今は子供だとしても、とても仲良く出来るとは思えなかった。
私が眉を歯のにしたまま俯いていると、ライルの手が私の肩にそっと置かれる。
「セリィナ様、気持ちはわかるけどデビュタントパーティーに参加しないのは貴族としてルール違反なのよ?」
困らせてしまったのかライルが珍しく私を諭してきた。執事としては容認出来ないのだろう。確かにここでワガママを言ってデビュタントパーティーに不参加なんてことになれば、それこそ公爵家の看板に泥を塗る行為だ。きっと私の立場はさらに悪いものになってしまう。
しかし、今の私には婚約者なんて希少なモノは存在しない。と言うことは親族の異性……お父様にエスコートされて入場し、ファーストダンスを踊らねばならないのだ。
顔と性格の残忍さで言えば、たぶんこの父親はどの攻略対象者よりもレベルは上だろう。想像しただけで体が震えるのに、お父様とダンスなんてしたら私は絶対に失神する自信がある。
それならいっそ、こんな状態でも誰か婚約者でもいた方がマシだったろうか。と考えてふと思った。
……あれ?悪役令嬢に婚約者って、いたよね?と。
よくある話なら悪役令嬢は大概が王子の婚約者だったりするのだが〈えたぷり〉ではそれがない。だが悪役令嬢には確かに婚約者がいたはずだ。影が薄いし特に権力もないお飾りの婚約者だが、ゲームでの悪役令嬢の身にも例の事件はもちろん起きている。今の私ほど酷くは無いが中傷の噂もあり悪役令嬢の両親はそんな噂を立てられる末娘を恥ずかしいと心の中で思っていた。そんな
表面上は悪役令嬢に一目惚れしたという伯爵家から打診があり、三女で公爵家を継げない悪役令嬢には政略結婚などではなく愛されて結婚して欲しい親心だという建前で婚約してるはずだ。今考えればその頃からすでに悪役令嬢を目の上のたん瘤扱いしてたのがよくわかるが、ゲームの悪役令嬢はそれが親の愛だと信じて疑わずにいた。
まぁ、その伯爵令息も最後はヒロインの取巻きのひとりになっていて悪役令嬢が殺される間際に『公爵家の娘でないお前になど、なんの価値もない』って言い捨ててくるのだが。
はっきりとはわからないけど、ゲームでの情報から逆算すればそろそろ伯爵家から打診があってもいい頃だ。役立たずの三女を早く厄介払いしたいはずのお父様ならすぐに婚約の手続きを済ませているだろう。
人間不信の症状はまだまだ酷いけれど、絶対に参加しなければならないのならばお父様よりは影の薄かった伯爵令息の方は少しはマシかもしれない。
「……ねぇ、ライル。私って、婚約者とか……いるのかな?」
私に関する事は私よりライルの方がよく知っているのでそれとなく聞いて見ると、ライルは一瞬間を置いてからにーっこりと微笑んで首を傾げた。
「あらやだ、セリィナ様に婚約者はいないわよ?どうして?」
なんだ、いないのか。と、それならそれでホッとしてしまう。
てっきり裏で伯爵令息との
「あの、えっと……エスコートの相手、お父様は……」
しかし、やっぱりお父様にエスコートされるのも嫌だ。だが、下手にそんな事を言えばお父様を不快にさせてダーツの的になる日が早まるかもしれない。今はまだ実の娘だと思っているはずだが、ゲームで暴かれた本性はもはやホラーだ。ホラーに常識なんて通用しないのである。
するとライルは、私の心を読み取ったかのようにクスリと笑った。
「あぁ、旦那様にエスコートされてファーストダンスを踊れるか不安なのね?それなら問題ないわよ」
ライルはそう言って私の前に片膝をつき手を差し出したのである。
「セリィナ様、どうかアタシにそのエスコート役を勤めさせていただけないかしら?」
「え、ライルがエスコートしてくれるの?」
「旦那様から許可はもらってるわ。セリィナ様が承諾してくれれば、だけどね」
私はいたずらっ子のようにウインクするライルの手を掴み、嬉しくてぴょんと跳び跳ねた。
「嬉しい!ライルがエスコートしてくれるなら私がんばる!」
「うふふ、良かったわぁ」
抱きつく私の頭を優しい手つきで撫でながら、そのままひょいっと同じ目線まで抱き上げてくれる。いつも思うがライルは細身なのにかなり力持ちだ。この3年間いつもライルに抱っこされてるが、だいぶ重くなってるはずなのに微塵も重そうな気配を見せたことがない。
「そうだわ、どうせならパーティー用に新しいドレスを作りましょうよ。アタシのお気に入りの店があるからきっとセリィナ様も気に入るわ。旦那様にはアタシから言っておくわね」
「うん!」
こうして私はライルとお出かけの約束をし、さっきまでの憂鬱な気持ちを一掃できたのだった。