どこにでもいる平凡な女子高生で、勉強が苦手でスイーツが好きなのに「ダイエットしなきゃ」が口癖だった。友達との話題は流行りの乙女ゲームの事が中心……そんないつもの日常を過ごしていたのだ。
「どうやってもシークレットキャラが出てこないよ~っ」
「噂通りの鬼畜システムだよねぇ。普通はいくらシークレットだからってもう少し攻略のヒントとか出るもんなんだけど」
「このゲームの制作会社、シークレットキャラを世に出す気ないんじゃない?」
「なんかSNSでは誰が先にシークレットキャラのルートを出せるか競争してるらしいよ!」
いつものクラスの女子たちがそんな事を話していたのをなんとなく覚えている。
みんなの話題になってるゲームとは〈エターナルプリンセス~乙女の愛は永遠に輝く~〉と言うタイトルの人気の乙女ゲームのことだ。
女子中高生の間では“〈えたぷり〉信者”と呼ばれるマニアな人までいるくらいの爆発的な人気ゲームで、各攻略キャラに恋する人も少なくなかった。課金アイテムを使えばシークレットキャラが出る確率が上がるなんてデマ情報がSNSで出回っていたが、AIアシスタントの戦略ではないかとまで言われている。
かくゆう私もそんな〈えたぷり〉信者……とまでは言わないけれど、それなりにハマって現在のんびりと攻略中である。
「そういえば、私もシークレットキャラ出てこないなぁ……」
鞄から取り出したゲームのパッケージを見ると、真ん中にヒロインがいて、攻略対象者たちがそれを取り囲むように描かれていた。さすがは人気絵師が描き下ろしたイラストでそれは絵画のように美しいと感じるが、そこに噂のシークレットキャラの姿はいない。取り扱い説明書のキャラクター紹介ページにも黒く塗り潰されたシルエットが描かれているだけだった。
このゲームはやり込み要素も豊富だし声優のボイスと共に動く登場人物は魅力的だ。だからこそ謎のシークレットキャラの存在は瞬く間に話題になり、ゲーム中毒者たちが我こそはとシークレットキャラを出現させるべく奮闘するが何をどうやっても出てこない。そのせいで想像ばかりが先行してとんでもないキャラクターなのではないかと、みんなが騒いでいた。
確かにストーリーは面白いし、やり込みがいもある。でも悪役令嬢の断罪シーンは多少やり過ぎじゃないだろうかと思わなくもなかった。もちろん世の中にはもっと残酷なゲームなんて山程あるし、所詮ゲームだと言われればそれまでなのだが……悪役令嬢が少し可哀想だなとも思うのだ。
……シークレットキャラのルートが本当にあるのなら、少しでも違うエンドになればいいのに。そんな風に考えてから私は余計にシークレットキャラを見てみたくなった。
そんなある日、私はあのシークレットキャラについての情報が袋綴じで先行公開されている雑誌が発売されたと聞いて本屋をハシゴしていた。近くの本屋はすべて売り切れで隣町まで行ってやっと手に入れたが、気が付けば空は夕暮れなんてとっくに過ぎていてすっかり暗くなっていた。
早く雑誌を読みたい気持ちと、門限に遅れそうだったので焦ってしまった私は普段なら絶対に通らない裏道へと進んだ。確かにその道は駅への近道のはずなのだが、ほとんど人通りが無かった。
そこで、通り魔に襲われてしまったのだ。
見たこともない男だったが、その男が私を見下しニヤニヤしながら包丁を振り下ろしてくるのを私は恐怖のあまり身動き出来ずにただ見ていた。その光景はいまだに忘れられない。
その記憶を思い出してから見下されたり悪意に満ちた視線を敏感に感じ取る度に異様に反応し恐怖してしまうのだ。
“私の記憶と、幼いセリィナの記憶”が入り混じった悪夢を────。
あれ?ここはどこだろう?そう気づいたときには“私”は
『もう逃げられないぞ、セリィナ』
背後から冷ややかな声が聞こえた途端に心臓が締め付けられたように苦しくなり、足がもつれてその場に倒れてしまう。
迫り来る足音に恐怖し、ゆっくりと視線を背後に動かすとそこには
そこにいたのは金髪碧眼のよく知った少年で、鋭い剣の先をこちらに向けて構えている。
彼の名は、ミシェル・ベルザーレ。
蔑んだ目で“私”を見下ろす彼はこの国の王子であり、攻略対象者のひとりだ。
その後ろにはひとりの少女の姿がいて、悲しそうに眉をひそめてエメラルド色の大きな瞳には涙が滲んでいる。
『お前はこの子を殺そうとしたな。公爵家への恩も忘れ嫉妬に狂うなどなんと醜い女だ。お前のような者は生きる価値もない!』
次の瞬間、胸に痛みが走る。指先が冷たくなっていき“私”の視界は真っ赤に染まった。
「────っ!!」
声にならない声をあげて目を開けると、そこはいつもの
ヒロインが王子であるミシェルルートを選択すると最後はミシェルに心臓を一突きされて殺されてしまうのだが、他の攻略対象者の場合も首を切られたり毒を飲まされたりと酷い殺され方をするのだ。
こんなふうに毎回攻略対象者が違うだけで断罪されては殺されるシーンばかりを繰り返し夢に見続けるのだ。それでも体調の良い日などはこの夢を見ることも少なくなっていたのに、今日のはいつもに増してリアルだった気がする。
ゲームの悪役令嬢と同じようにはしないって決めているのに、それでもまだこの夢を見続けるのはまるでこの世界の神様が私の「未来は変えられない」と、そう念押ししているようにも思えた。やっぱりデビュタントパーティーに出ることを決めたからだろうか……。
ミシェル王子の、迷いも情けも何もないあの鋭い瞳を思い出して背筋に冷たい汗が伝う。
「やっぱり……怖い────」
実際に体験したかのように胸の辺りがズキズキと痛んでくる。まるで氷かと思うほどに冷たくなった震える指先を見ながら私は呟くのだった。