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第4話 三つの賭け


 本当は、この場を作った事自体が一種の賭けだった。

 賭けは幾つか存在していて、一つ目は面会要請に兄が応じてくれるかどうか。

 それには勝つ事ができたけど、二つ目、三つ目は分からない。



 私がこれからしようとしている事は、これからこの人に話す事は、私にとっては『家族』を守るための自己防衛。

 しかしその他からみれば、ある種の反逆行為にあたる。

 故に、これから話す事に関しては機密性を要する。


 外に漏れたら失敗する。

 時戻り前の状況になるのならまだマシだ。

 下手をすれば、あの時以上の窮地に立たされる可能性もある。


 そうすれば、私は「『家族』を守りたい」という願いから一歩どころか何歩も遠退く。



 だから人払いは必要だった。

 それに兄が応じるかが、二つ目の賭け。



 兄は、徹底的なまでの合理主義だ。

 情というものに流されず、ただただ自分のやるべき事の最短時間、最短効率を求める。


 何が彼にこの場を設けさせたのかは分からないけど、少なくとも設けさせた時点でそれなりに、私の相手をする事は兄のやるべき事になった筈だ。


 今日この場で話が済まなければ、続きを後日話す事になるかもしれない。

 後の私からの伺いを断るにしても、何度かは断る手間が生まれるだろう。

 何度かは伺いを立てるだろうと思わせるような断固とした言い方で、私は要求したつもりだ。


 だから今の私の匂わせが上手くいっていれば、兄はおそらく思うだろう。


 ――二度目以降の伺いを断る手間も、今人払いをする手間も、同じくらい些細な面倒だ。

 同じくらいの面倒なら今片付けた方が楽である、と。



 とはいえ、この冷徹な兄に「家族? 俺とお前が?」と言われる覚悟はある程度してもいた。

 もしそうなれば少々面倒臭いけど別の方法も用意していたのだけど、意外にも彼はすんなりと文官たちに退室を命じた。



 困惑した様子の文官たちだったけど、結局兄には逆らえなかったらしい。

 私の護衛騎士が当たり前のように居座ろうとしたので、毅然とした態度で「貴方も部屋の外で護衛なさい」と命じる。


 しかし、から監視でも仰せつかっているのか。


「私の役目は、王妃様のすぐ傍で護衛の任に就く事ですので」


 頑なにここを離れる様子を見せない。



 ――護衛だなんて言いながら、リリアが階段から転げ落ちた時は助けようとする素振りも見せなかったくせに。


 心の奥底の冷たい部分で、冷え切った感情が彼を見下す。



 この男は、手を伸ばせばリリアを助ける事ができる位置にいながら、あの時一歩も動かなかった。


 リリアが踊り場の階段の上で階下の私に気が付いて、駆け寄ろうと階段を下りていた時、彼はリリアの傍にいた。

 なのにリリアの背中を突き飛ばすメイドに気付く事もなければ、落ちていくリリアに手を伸ばす事さえしなかった。


 慌てて走り寄った私が泣き叫んでも、医者を呼んでも尚、ゆっくり階段を下りてきた男。

 それがこいつの正体だ。


 後から調査して分かった事は、側妃と繋がっていた事。

 彼には陛下の命令で私の身辺を監視し、報告する任の他に、敵側としての顔も存在した。


 いつからそうなのかは、調べても分からなかった。

 しかしもしかしたら既になのかもしれない。

 であればこそ、何が何でもこの男だけは、遠ざけておかなければならない。


「常に私を視界に入れていなければ護衛もままならない程、貴方は騎士として力不足なのですか?」


 ジッと彼を見据えて真顔で尋ねる。


 こんな嫌味を言うなんて、我ながら嫌な人間だ。

 しかしどれだけ嫌な奴だと思われたとしても、こればかりは絶対に譲れない。


 それに、王族同士の密会の場などには、騎士は必ずしも同席しないのだ。

 ここに居座らずとも、護衛のし様はある。


 できないなどという言い訳ができるとすれば、自分の力不足か、もう一つ。


「それともスイズ公爵家の次期当主が、私に暴力を振るうとでも?」


 暗に「スイズ公爵家の次期当主であり、この国の次期宰相を貴方は信じないのか」と言えば、今までのすまし顔が少しだけ嫌そうに歪んだ。



 後者は未だしも前者――自分の力不足を認めるなら、無理やりにでもここに居座れた。

 しかしそれを行うのは、流石に王族の護衛としてのプライドが許さなかったのだろう。


「……外で護衛いたします」


 そう言うと、彼はやっと部屋から外に出ていった。


「よかったのか、陛下のにあのような物言いをして」


 二人きりになった室内で、兄の第一声がそれだ。


 思わず鼻で嗤いそうになった。

 私が『家族』を持ち出したから、『家族』としてのせめてもの建前でも繕ったつもりなのだろうか。


 必要のない事を嫌う彼にしては、珍しい話題の振り方だな……というのが率直な感想。

 二人きりなのに一体誰に『家族』を取り繕う必要があるのかという皮肉じみた感情。

 それらを抱いて「それを続けるのなら、私ももう少しその『家族ごっこ』に乗ってあげましょうか」と思いながら、目を伏せつつ小さく笑う。


「ただの陛下のに、何故家族の会話まで盗み聞きされなければなりませんの? それに、心配はご無用です。あの方はいつもなので」

「いつも……?」


 兄の眉間に僅かに皺が寄った。


 元々母親譲りの、綺麗な造形をした顔だ。

 たったの一本でも皺が寄れば、美しさの分不機嫌の迫力も上乗せされる。



 何か言いたげだったけど、家族ごっこに付き合うのはここまでだ。

 下手に時間を浪費して、万が一にも本題を離す時間がなくなってしまっては困る。


「お兄様。三週間後にエインフェリア公爵家のパーティーがある事は、ご存じですか?」

「さぁどうだったか」


 ピンと来ないという顔をされた。


 とぼけているという雰囲気ではない。

 単に興味がなく、実際に知らない事だったのだろう。


 そもそも王妃の私にも、招待状が来ているくらいなのだ。

 エインフィリア公爵家が、スイズ公爵家に招待状を出さない理由がない。


 あの家は、特定の家を蔑ろにするような事はしないし、あちらも外交の地盤を一層固めるためには、次期宰相の妻との繋がりはある方がいい。


 彼が招待状の存在を知らないのは、おそらく父の悪習を見習って、この人も滅多に妻がいる家に帰っていないからなのだろう。



 お母様が探した兄の伴侶だ。

 お母様好みの根回しや社交が上手く、帰ってこない旦那をそれほど気にせず文句も言わない、兄にとっては良妻とも言える、とてもよくできた人が嫁いできている。


 スイズ公爵家側も、この国の外交と商売を代表するエインフィリア公爵家との関係は、あるに越した事はない。

 かといって家同士の繋がりができればいいのだから、必ずしも兄が夜会に出席する必要はない。

 おそらく母がそうだったように、兄の妻も一人で夜会に行くのだろう。



 が、兄があの夜会に出席しようが、欠席しようがどちらでもいい。

 もっと言えば、彼が夜会の存在を知らなくても、関係ない。


 本題はこれ。


「その夜会に、身分も腕も立つスイズ公爵家の騎士を一人、お貸しいただきたいのです」


 三つ目の賭け――最後の賭けは、私のこの願いを聞いてくれるかどうかである。




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