私はその夜会に出る。
その時の人員が手元に欲しい。
それが私の要求だ。
「騎士なら王城が手配したのがいるだろう」
憮然とした声で兄が言う。
たしかに彼の言う通りだ。
順当に行くなら、そうするべきだろう。
しかし。
「アレはダメです。先ほども見たでしょう。私の言葉を聞こうともしない。それに――私が欲しいのは、護衛のための騎士ではありません。同伴者としての騎士です」
「同伴者……?」
兄の綺麗な形をした目が、片方だけ僅かに訝しげに大きくなる。
「お前は王妃で、王妃のエスコートは陛下の役割だろう。それ以外の者を連れて行くくらいなら、一人で夜会に出向くべきだ」
既に成人済みの妹、しかも王妃教育を受けている筈の人間に、まさかそんな指摘をせねばならんとは。
そんな内心が聞こえた気がした。
しかし私は食い下がる。
「私は身重です。万が一の事があってお腹の子に何か起きてしまったら問題でしょう。介添えとして、同伴者は必須なのですよ」
「ならば大人しく後宮に閉じこもっておけ。歴代の王妃も身籠っている時は、皆そうしてきた筈だ。それが、公爵家が主催するとはいえ、公務でもない夜会に王妃が身重を押して参加したい? そのような我儘を、みっともない――」
「それは『陛下がこの夜会に、共連れとして側妃のマリエール様のみを同伴させるつもり』でも、でしょうか」
「……何?」
「『陛下が公務でもなければ同伴が必須な訳でもない夜会に、側妃を同伴させるという、私の王妃としての立場を軽んじる事を、秘密裏に計画していても』でしょうかと、お聞きしました」
兄の表情が嫌悪以外に歪んだ瞬間を、私は初めて見たかもしれない。
流石の兄も王族の暗黙の了解を犯すらしい陛下には、驚きが隠せなかったらしい。
「……何故そのような事になる。陛下のご機嫌を損ねでもしたか」
些かの沈黙の後に捻り出された言葉には、疑念が僅かに滲んでいた。
それが何に対する疑念かは、私にも一応理解できる。
「生憎と、原因になるような事に心当たりはありません。が、だからといって『気のせい』や『考えすぎ』などという事はあり得ません。側妃様が私に直接自慢しにいらしたので」
嘘だ。
側妃は何一つとして私に漏らしていない。
しかし、どうせ本当の事を言った事で「時戻り前にはそうだった? 一体何を言っているんだお前は」と言われるのがオチである。
そもそも時戻り云々に関しては、彼にも誰にも言うつもりはない。
誰が敵で誰が味方になり得るか、まだ何も分からない現状で、切り札とも言える「今後起きる事がある程度分かる」という情報を晒すのは、あまりにも慢心だ。
陛下が誰かと話しているところや、陛下や側妃周りの者が漏らしているのを聞いた……という事もできなくはなかったけど、それよりも側妃自身が口にした言葉の方が信憑性は強い。
加えて側妃が「秘密にすべき事をマウント取りのために漏らす、愚かな妃だ」という印象を、兄に植え付けたかったというのも理由にある。
これらはすべて、私が時戻り前に側妃からされた事の裏返し。
その時の私の記憶には、あの時はそんなふうに言われている・思われていると気が付いて慌てて弁解し、逆に周りに「あれだけ必死に否定するなんて、やはり本当だったのだ」と思われた、とても苦しい記憶が結びついている。
だから厳密に言えば、これは私の策ではない。
しかし胸を張って「自分の策略だ」と言えなくてもいい。
私の目的は、自分の実力を見せつける事でも、自分の策略で誰かを貶める事でもない。
あくまでも『子どもたちを守れる力を得る事』。
ただそれだけでいいのだから。
「陛下の寵愛を損なう事に、何か心当たりは」
「私に原因があるのか、側妃をより寵愛なさる理由ができたのかは、私には預かり知らぬ事ですが、この子を身籠って以降、陛下は一度も私の部屋を訪れなくなりました」
「様子を見にすら、か」
「はい」
実際に、側妃の言葉が現実味を帯びる予兆は存在する。
私はそう、兄に提示して見せた。
これはすべて事実。
後に裏取りで彼が調べても、粗が出る事は絶対にない。
だから。
「この話が本当かどうかは、側妃周りを調べてみれば分かる事でしょう。協力の有無は、その後にお返事いただいても構いません」
むしろ裏取りを勧めてみせる。
こう言う事でそれほどまでに自信があると兄に見せる事ができるし、きっと兄は言われずとも調べる。
そして確信するだろう。
陛下が側妃を優遇し、正妃の私を軽んじる――ひいては私の生家であるスイズ公爵家を軽んじるような事を成そうとしていると。