何か、とりあえず言葉を発しなければとは
思いましたが次の瞬間、魔王と呼ばれた白銀の男性に
抱きかかえられていました。
所謂、お姫様抱っこと言うものです。
男性は、何故か鼻をくんくん、と動かし匂いを
嗅いだのか私が臭いのか、顔を顰めました。
「…安物のワイン、しかも猫臭い…
不愉快な…」
「ワインはともかくリリは臭くないです…ッ!」
思わずそう叫ぶと、その人はぽかんと、
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして
私を見ていました。
そして、ふわりと柔らかな笑みを私に向けました。
「…それは失礼」
「それより、私はこれからどうなるのでしょう」
「残念だが、それは俺が決めることだ」
「だから聞いて…っ!?」
ぶわっ、と身体が急激に浮き上がりました。
すごい、宙を浮いています。
そして下へ首を動かせば…あの会場らしき
大きな建物は、一瞬にして、砂のお城のように
崩壊してしまってました。
何だか凄い、人知を超えた何かを見た気がします。
「…あ、あの」
「高いところは嫌いか?」
「そうじゃなくて、リリに」
そう言うと、その人はまたも顔を顰めます。
怖いけれど不思議と怒っているようには
見えませんでした、本当に不思議。
「…どうせ助かる」
その、短い言葉なものの安心しました。
この人が誰かは分かりませんが、少なくとも
リリは何とかなるのでしょう。
いい子は、きちんと報われなければ。
「私の友達なんです。せめて、お別れくらいは
言いたいんです」
その人は、少しだけ悩み、苦渋の決断とも
言いたげな表情で声を絞りました。
「…お別れだけだ」
「分かりました、ありがとうございます」
歩いてみて分かっていたのですが、
牢屋は会場から離れた場所にあったらしく、
崩れた会場を呆然と見つめる人集りの中に
猫耳の少女を見つけました。
「リリ」
その場に、男性と一緒に降り立ち声を出す。
少し声が小さかったかと思い、
もう一回名を呼ぼうとしたところで
リリが私の前に飛び出してきました。
「っ、アンタ…!大丈夫なの!?怪我は!?
そいつ、は、誰…?」
まくし立てられましたが、徐々に勢いがそがれ
最終的に何故か青くなっていました。
…そう言えばこの人、リリの事を臭いだとか
言ってましたね。
「私は大丈夫です、リリ達はこれから
助かるらしいですよ」
「ほんとっ…!?」
感極まった様子で、私に抱きつこうとした
リリの手を、あの人は叩き落としました。
「おい、私のものに…」
「ものじゃないです」
「…私の最愛に…」
「少なくとも私の友達に手を上げるような方を
愛せる程、人間性ができてません」
「ッングヌ…!」
男性は、スーツにシワが寄るのも躊躇わずに
胸を鷲掴んで奇声を発しましたが…知りません。
「大丈夫ですか、リリ」
「いや、私は平気だけどさ…飼い主?なんでしょ、
あんまり…その…さっきみたいに、
暴力を振るわれるんじゃ…」
「どういう事だ?」
躊躇いがちに言われたリリの言葉に、
男性は何だか怖いオーラを出しながら、
反応しますが…別に大丈夫なのに。
「大したことありません、慣れてますから」
「よくない…そう言えば、貴女の名を
付けるのを忘れていたな」
「え、アンタ名無しだったの!?」
「まぁ…はい?」
そう言えば、前世ではあまり名前を呼ばれたり
してなかった様な気がします。
じゃあないも当然ですかね。
「とりあえず名付けする為に城に帰ろう。
もうお別れはすんだだろう?」
「じゃあ…名残惜しいですが、
ありがとうございました」
「…うん、私こそありがとうね」
リリは、少し寂しそうな笑顔をしていましたが
男性にすぐに何かの布で包まれ抱えられ、
強制的に空の旅に…。
「…リリに謝ってませんよね」
「またすぐに会える。それに王たるものが
そう簡単に頭を下げるものではない。
謝罪の価値が下がる」
「じゃあ最初からあんなことなさならいで
くださいよ、私には何をしてもいいですから」
その言葉に、男性は一瞬大袈裟に咳き込んだものの
気を取り直しました。
「…そう言うんじゃない、あまり俺の自制が
効かなくなってしまう」
「そうですね、うっかり殺されてしまいそう」
「すまない本当に止めてくれ…俺が悪かったから…」
え、何が一体ダメだったんでしょうか…と、
思わず首を傾げてしまいました。
異世界は、私の常識が一切通じませんね。
まぁ、何だか良さそう?な人には買われたので、
結果オーライ…とでも言うのでしょうか?
いや、自分自身の意思で来た訳じゃないんですが。
そうして、暫く空の旅を楽しんでいると
ゆっくり降下し、とある城の前で着陸。
「ここが今日から貴女の家だ」
「はあ…」
「…小さかったか?」
「いや、あまりにも大きすぎると掃除が…」
「貴女にさせる訳がないだろう、使用人が
100名程居るからな」
「…顔を覚えるの、苦手なんですが…」
「そこはまぁ、勉強次第だ」
何だか話が噛み合っていないような…と
思っていると重厚な鉄の扉を、いとも容易く
開ける男性に一先ずついていく事に。
すごい、前世のボロアパートや会社が
何軒も入りそうな…それでいて、堅実で、
頑丈そうな造りのお城です。
そう言えば、魔王と呼ばれていましたが…
その辺については追々話がされる、のでしょうか?