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<7・Inspiration>

「……おーい?」

「あ」

「ちょ」


 ちょっとお前ら、何してるんですかね。危機感なさすぎやしませんかね。

 セブン家、エメリーの部屋にて。フィオナは白目を剥きそうになった。というのも、自分が入室した途端、エメリーが執事服の少年とキスをしている現場を目撃してしまったからである。これ、自分以外が目撃したら大変なことになるのだが、わかっていないのだろうか。


「あ、わわわ、わ!す、すみません!」


 フィオナが入ってきたことに気付いて、茶髪の執事服の少年は慌ててエメリーから顔を話した。ふわふわの明るい茶髪が特徴の、なんとも可愛らしい少年である。目が大きくて、頬がふっくらしていて、まるで子犬のようである。なるほど、エメリーの好みはこういうタイプか、と理解した。――小柄だが、以外と胸板は厚いし肩や首がしっかりしている。鍛えられた体だ、とすぐにわかった。

 名家の執事は、いざという時主を守る護衛の任務につくこともある。この少年も例に洩れず、日々鍛錬に励んでいるということなのだろう。


「あんた達ね。私以外に見られたらまずいってこと、ちゃんと自覚しておきなさいよね。ほら、頼まれてた紅茶」

「おお、ありがとうフィオナ。恩に着る」


 アップルティーが飲みたいからプレゼントしてくれ、と言っていたのはエメリーである。彼はフィオナから紙袋を受け取りつつ、しれっと少年の背中に手を回すことは忘れない。手紙によると名前は『ヒューイ』であったはずだ。年のころは、ちょうどキャンディと同じくらいだろうか。


「愛を確かめたくなる気持ちはわかるけど、場所とタイミングは選びなさいよ?そりゃ、恋人は可愛いけど。超可愛いけど。超絶可愛いものですけど!」

「その様子だと、フィオナはまだキャンディに手は出してないのか?意外だ。君はもっと肉食系だとばかり」

「し、してないわよ!あの子が十六歳になるまで待ってるんだから!」


 なんだその信用のなさは。フィオナはジト目になり、まさか、と思い至る。


「あんた達、既にヤッてんじゃないでしょうね?その子、十四歳くらいでしょ?」


 明け透けな物言いだが、これくらいはっきり言わないとのらりくらい回避されそうだ。案の定、エメリーは平気な顔でニコニコしている。

 が、そこはヒューイの方の反応が雄弁だった。彼はフィオナがそう告げるや否や、茹蛸のように顔を真っ赤にしたのだから。


「しょしょしょ、しょんなおしょれ多いこと、えめひーさんとぼくが、あわわわわわわ」

「……ヒューイ、もう少し頑張って演技できるようになってくれ。それでは語るに落ちているぞ」

「fq0「m-4r「、「0-4wqgkpgk4kk、おp!?」

「なんか人間とは思えない声が出てるけど大丈夫?」


 ヒューイは今にも倒れそうだ。なんて純情なんだろう、と男に興味のないフィオナさえ萌えそうになる。これが女の子だったらかなり好みのタイプだったかもしれない。


「まあ、大丈夫だ、問題ない」


 そして、流れるように爆弾を投下するエメリー。


「私が抱かれる側だからな」

「上下の問題じゃないんですけど!?」


 聞きたくなかった、そんな話!フィオナは手近にあったティッシュ箱を、思わずエメリーのお綺麗な顔に投げつけていたのだった。




 ***




 ひとまずヒューイに下がってもらい、フィオナは今日エメリーの元を訪れた目的を果たすことにする。ようは、お見合いに関する相談だ。恐らく、エメリーの方も似たような問題に直面していると予想される。お互い、作戦会議は必要だろう。


「ああ、うん。うちの母も、お見合いをするようにとしつこく言うようになったな」


 エメリーはこめかみに手を当てて言った。


「セブン家の遠縁の家が……夏の水害で酷い目にあったんだ。洪水に伴う土砂崩れで、屋敷がまるまる潰れてな。母親と娘、娘一家がまるごと土砂の下敷きになった。その挙句、息子の方も半身不随で入院中。男としてものの役には立たない状態になったんだとかなんとか」

「その家も、クリシアナ教の信者だったとか?」

「ああ、だから揉めに揉めているらしい。息子は未婚、娘一家は孫まで全滅。老いた父親は、血眼になって後妻を探している。このままでは血が途絶えてしまうから、今から子供を作って後継者にしないと、と思っているらしい。そうしなければ、由緒ある家が途絶えてしまい、神への冒涜になってしまうと」

「宗教って怖いわね。世の中には、同性じゃなくたって子供ができないカップルもいるのに」

「まったくだ」


 クリシアナの教えに囚われている者が多いせいで、結婚後のトラブルも少なくないと聞く。

 それこそ、普通に妻を娶っても、その妻との間になかなか子供が生まれなかった時に離縁されることは少なくない。あるいは、妾を何人も囲うこともあるのだとか。それだけならまだしも、離縁された妻=石女と判断された女性の末路は実に悲惨なものである。なんせ、神様に背いたから、子供を産む意思を持たなかったから妊娠しなかったのだとみなされることも少なくないからだ。

 今の医療技術ならば、男性側に不妊の原因があるケースがあることもわかっている。たとえ夫婦の間に子供ができなかったからとて、女性側に問題があると言い切ることはできない。それなのに、一方的に女が悪いと決めつけて、さながら魔女のように裁くなんてイカレているとしか思えないのだが。


「私も、フィオナと同じ状況というわけだ。兄さんは既に婚約者がいるし、二十歳になると同時に籍を入れると言っている。それなのに安心ができないらしい。私にもお見合いをしろとしつこく言ってきている。どうやって回避するべきか、考えあぐねているところだ」


 とりあえず、とエメリーは告げる。


「誰も私とお見合いなんかしたくなくなる状況を作るしかないかなーと思っているわけだが」

「どういうこと?」

「お見合いで、とにかく相手の小さな欠点を上げ連ねて印象最悪で断るとか。あるいはどうにかして、相手から断りたくなるように仕向けるとか」

「相手から断りたくなる……」

「その方が、後腐れなくていいからな。私から断りを入れ続けると、あらぬ疑いをかけられることになりかねない。それは君も同じだろう、フィオナ。断っている本当の理由が、同性愛者だからなんてバレたら非常にまずいことになる」

「確かにね」


 しかし、言うほど簡単なことではない。相手から断るように仕向けるには、向こうが自分に対してがっかりするように印象操作をするとか、そういう工夫が必要だ。

 例えば、向こうがお淑やかで上品な女性が好きだというのならば、あえて乱暴に、粗雑なふるまいを見せつけるというのも効果的だろう。あとは、趣味が欠片も合わない、というのを見せつけるのも一つの手ではある。

 そのためには、お見合いする相手のことを事前によく調べておくことが求められるのだろうが。


「お見合い相手が、一体何を求めて結婚しようとしているのか?それによっても変わってきそうね」


 顎に手を当てて唸るフィオナ。


「単に子供さえ作れればいい、なんて相手だったら向こうから断らせるのは相当難しいわ。私とベッドに入ったら100パー萎えるからむり、ってレベルで嫌悪感を抱かせないと難しいでしょう。問題は、私がこの通り超美人ってことなんですけど」

「自分で言うか、自分で」

「事実なんだからしょうがないでしょー?いくら断るためだからといって、身だしなみを怠って毛深くしたりわざと化粧を失敗したりていうのは流石に嫌だし。何か手はないものかしら」


 ふと、視界に入ったのはこの部屋の本棚である。

 幼い頃から、エメリーは様々な本を読むことで有名な子供だった。初等部に上がる頃には、大人が読むような難解な本にも手を伸ばしていたことを知っている。同時に、大人になった今でも児童書やライトノベルの類も読むということは本人から聞いていた。いろいろなジャンル、趣向の本を読むことは自分の世界を広げること、それについてヒューイと語り合うのが非常に楽しいのだと。


「あれは……」

「ん?」


 目に留まったのは、カラフルな文字の背表紙である。最近、若者の間で人気のあるライトノベルだ。タイトルがクッソ長い。なんせ『何がなんでも婚約破棄をしてほしいので、ヒロインをいじめる悪役令嬢を演じてみます!~嫌われ聖女の冒険譚~』だ。みんなこの本のタイトルをどう略して呼ぶのだろう、なんてずっと思ってきたのだが。

 婚約破棄。

 これだ、とついにピンときた。


「……このラノベ、役に立つかもしれないわ!」


 フィオナはさささ、と本棚に駆け寄っていき、そのうちの一巻を取り出した。ヒロインがあんまり好みのタイプでなかったので手を出してこなかったが、目的に役立つともなれば話は別である。

 悪役令嬢。悪辣ないじめを行い、嫌われ、最後には断罪されるポジションの名家のお嬢様。そう、この振る舞いを参考にすればいいのではないか。


「私、悪役令嬢になるわ!頑張って、お見合い相手に嫌われまくる!」

「え、ええええ!?」


 フィオナがドヤ顔で言うと、エメリーは目を丸くして叫んだのだった。





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