毎回毎回、同じ手を使うわけにもいかない。
そもそもフィオナが結婚したくないからお見合いを潰していると母に思われるのもまずいのだ。ボールドウィンとのお見合いのあと、母には「どうしても結婚するのであれば、ありのままの自分を受け止めてくれる人でなければ嫌だし、どうせなら自分が望む通りのスペックを兼ね備えている男を選び抜きたい」とがっつり言ったものの――それで母が、どれくらい納得してくれているかは怪しいものである。
次からはお淑やかにして、とか。質問攻めはやめて、みたいなことを言われてしまった。多少は反省するフリをしておかなければいけない。
ということで、それから暫く後に行われることになった二回目のお見合いでは、別のやり方で相手を失望させにかかった。
「季節も季節ですし、今日はホレイショーさんにうちの庭をご案内しますわ!」
「おお、そうか!それは嬉しいな」
今度のお見合い相手は、フィオナより少しばかり年上の二十三歳の男性だった。黒髪に黒目、落ち着いた雰囲気の長身の男性であるホレイショーである。彼がどんな女性を好んでいるのか、はさっきのお茶会でざっくりと聞いている。ならば、彼が望む理想の女性像と真逆の行為をしてやればいい。
「ちょ、ちょっと?」
庭を案内する。
ホレイショーはきっとそう言われて、バラ園か何かの説明をしてもらえると思ったのだろう。しかし、フィオナが向かったのは庭にある大きなユキザクラの元である。そろそろだいぶ枝に芽も出て、葉桜になってきた頃合いだ。一番きれいな時期は過ぎてしまっているが、葉桜の方が自然を感じられていいという人も稀にいる。
初夏に差し掛かってきたユキザクラには、面白いお土産がついているのだ。
「ちょっとそこで待っていてくださいまし、ホレイショーさん!」
「ふぃ、フィオナさん?何を……」
「こうするんです、の!」
「!?」
フィオナがいきなり、ひらひらのスカートをまくり上げたのでホレイショーは目を白黒させていた。お見合い用にと用意されたオシャレな黄色いドレス、だけれど自分には関係ない。皺になることも承知で裾をざっくりと結び、ミニスカートくらいの長さにしてしまった。
この時点で、一般的な『紳士』はぎょっとしていることだろう。なんせ、スカートの下の太ももまでがっつり太陽の下に晒されているのだから。
が、自分の本領はここからである。
「うおりゃあっ!」
フィオナはそのまま木に飛びつくと、猿のように幹を登り始めた。明らかにホレイショーがドン引いて固まっているが無視である。この木は、幼い頃から何度も木登りして怒られた場所だ。自分にとっては家族の一員のようなものである。僅かな凸凹に足をかけ、あっというまにてっぺんまで上りきる。
この時期ならば、目当てのものはそう時間をかけずとも見つかるはずだ。フィオナの予想通り、一番太い枝を少し観察すれば発見できた。
――よっし。
そいつをむんずと掴むと、フィオナは枝の上から思い切り飛び降りる。
「わ、わああっ!?」
舞い上がる落ち葉に花びら。アクロバティックすぎるフィオナに、ホレイショーは何か言いたげに口をぱくぱくさせていた。
ここで驚いてたら身がもたないぞ、と思いながら――フィオナは左手でがっつり掴んできたものをホレイショーに見せる。
「見て、見て!この庭は本当に自然が豊かで最高ですの!特にユキザクラは、昔から私の遊び場で……こんな可愛い子たちとも巡り合えますのよ」
私の掌の上にいたのは。
黒くて、真ん中に赤い筋が通った、“いかにも”なぶっとい毛虫三匹。
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
それを見て、ホレイショーはもはや悲鳴ともいえぬような奇声を上げてひっくり返ってしまった。白目をむいて顔面蒼白になっている。
「あら、そんなにダメだったの、毛虫?……ユキザクラにつくホノイロガの幼虫は毒も何もないし、触るとふわふわでとっても可愛らしいものですのに……。他にもクメチョウの青虫とか、オオルリアゲハの青虫とかも紹介したかったですわー」
やれやれ、とフィオナは肩をすくめる。最近の男は、この程度の虫もダメというのか。そういえば、幼い頃のエメリーもよく悲鳴を上げていたなと思い出す。何年か続けていたらちっとも驚かなくなってしまって、それはそれでつまらないなと思ったものだが。
このあと、意識を取り戻しかけた彼にさらに毛虫の可愛らしさをプレゼンしようとして、二度目の気絶を招いたのはここだけの話。
そして、当然このお見合いもご破算に。自分が母にこってり絞られたのは言うまでもない。
***
「レナード、レナード!一体どこに行ったというの!?」
大声で怒鳴りながら屋敷を練り歩くのは、もはや恒例だ。段々、この茶番じみた演技がちょっとだけ楽しくなってきたのは事実である。最初は気分が悪いと思っていたが、みんなで母や父、近所の人に向けた演劇をやっていると思えば気楽になってきたのも事実だ。
何より、メイドや執事たちが意外とノリノリで上手な演技をしてくれるから尚更である。フィオナはわざとらしく三階、二階、一階と執事の名前を呼びながら階段を下りていく。彼が屋敷の中にいないことなど百も承知で。
苛立ったフリをして外に出て、向かう先は現在手入れ中の花壇だ。この時間はここで作業していますよ、と当のレナードから聞かされていたのである。
「レナード!」
「お、お嬢様?どうなさいましたか」
長い黒髪に青眼の青年は、おっかなびっくりフィオナを振り返る。今年
で三十歳。十歳の時からこの家に仕えているので、この年とはいえかなり古株になる人物だ。昨夜のうちに、本人とはおおよその段取りを決めてある。次どうするんだっけな、と思いながらフィオナは彼に詰め寄った。
「どうなさいましたか、じゃないわ!……え、えっと」
「お嬢様、頑張って」
「わかってるわよ!……えっと、その!わ、私が言っておいた作業、全然終わっていないんだけどどういうこと?二時までに、トキヤのシュークリームとお茶を用意しておきなさいと言ったじゃないの!」
小声で激励されつつ、フィオナは長身の青年を見上げながら声を張り上げる。家の近くを通った人達が、一体なんの騒ぎかとフェンスの向こうから覗いてくるのが見えた。そう、この場所は路地から丸見えなのだ。演技をし、評判を広めるには実に丁度良い場所なのである。
「トキヤは、木曜日は定休日で無理です。何度も申し上げたではありませんか」
フィオナに無理難題を言い渡された、ということになっている青年は困ったように眉を寄せる。優しそうで端正な顔立ち。自分が普通の女性だったら、彼のような男性に惚れる未来もあったのかもしれなかった。
異性に興味はないフィオナだが、それでも女性にモテそうな男性というのはわかるし、友人として好意を抱くことは当然あるのである。
「それに、あの掃除を一時間で終わらせろなんて無理です。今日は奥様に言い渡された剪定作業がございます。私は一日その担当でして……」
「言い訳は、無用よ!」
「わっ!」
フィオナは盛大に足を払うフリをした。あくまでフリ、だ。本当にやってしまうと怪我をさせてしまう可能性がある。
幸い、執事たちも普段から体はがっつり鍛えている。上手に受け身を取るくらいならわけないことである。そして、彼が転ばされたように見せかけて、しりもちをついた先。何もない花壇の土――に見えるところには、ある仕掛けがしてあるのだ。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
ボコオ!と音を立てて地面がへっこんだ。大袈裟すぎるほどの悲鳴を上げて、レナードの体が視界から消失する。そこに仕掛けてあった落とし穴に、見事にお尻から落下したのだ。
昨日の夜、こっそりこそこそとフィオナが一人で頑張って掘った穴である。中には大量に藁をしきつめてあるので、怪我をする心配はない。穴の中の様子は、外の人々からは見えないだろうが。
「おーほっほっほっほ!ざまあないわね、その程度のトラップに引っ掛かるだなんて!」
ちょっとやり方が子供じみているが、良しということにしよう。フィオナはラノベで見たのとそっくりな、甲高い笑い声を上げて胸を逸らせた。右手はこう、手刀にして口元に斜めに掲げる。左手はしっかり腰に手をあてて、いかにも偉そうな佇まいで。
「昨日、メイドたちに徹夜で掘らせた落とし穴の味はどう?私の要望を聞かないからこういうことになるのよ!ふふふふふふふ、あんたが妹のようにかわいがっているメイドたちに、睡眠時間返上で、掘ってもらった落とし穴にハマるのはどんな気分?ねえどんな気分ー?」
「う、ううう、お嬢様、酷いです……い、痛い……」
穴の中で、ウソ泣きをするレナード。ちらっとフィオナはフェンスの方からこちらを覗いている人々に視線をやる。
自分はブラック企業さながらに、召使たちを夜寝る時間も与えずにこきつかっている悪役令嬢。と、いうイメージをみんなに持ってもらわなければならない。無理難題を言いつけて、長年仕えてくれている執事をしょうもない落とし穴に落として怪我をさせることも厭わない。できれば、そのような噂を広く流してくれると嬉しい。変装した召使たちにもかなり協力してもらうつもりではあるのだが。
――結構演技上手くなったんじゃないの、私ぃ!?
「おーほっほっほっほ!いーっひっひっひ!さあ、さっさとそこから這い上がりなさいな、このドジ!まぬけ!タコ、あほー!」
「わあっ」
「まあ、そうやって這い上がりかけたところで、私が蹴落として差し上げるんですけどね!おーっほっほっほっほっほ!うーふっふっふっふっふうっ!!」
どうよキャンディ見てたか!と思ったが今日の彼女は買い物に出ている。思い出し、ちょこっとだけしょんぼりしたフィオナであった。