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<15・Trick>

「どーしよ、これ……」

「ははは……まったく笑えないな」

「でしょーよ……」


 部屋の空気はどよよーん、と重たくなっている。此処は近くの公園。重たい空気でテーブルについているフィオナとエメリー、付き人という名目でくっついてきたキャンディとヒューイがいる。

 こうなった以上、なるべく互いの屋敷で作戦会議をすることは控えたほうがいいだろう。ということで、二人で約束して近所の公園で待ち合わせをしたというわけだった。

 ちなみに近所の公園といっても、貴族専用の有料施設である。入るのに入場料や身分証が必要で、国立ということもあってか入り口には憲兵も立っている。それなりにセキュリティが保たれている場所であるのは間違いなかった。

 また、国が直々に運営する小さな喫茶店も中には存在している。自分達が座っているのも、その喫茶店のテラス席というわけだ。


「まあ、最終手段としてこうなることは予想していた」


 はあ、とエメリーはため息をつく。フィオナは腐りたくなった。わかっていたならば事前に忠告してくれればいいものを。


「何よー……じゃあ、アンタは対策考えてるわけ?」 

「考えてはいたが、思いついてない」

「駄目じゃん!」

「だからフィオナも考えてくれ。正直、これを断るのは並大抵のものじゃないぞ」


 彼に言われるまでもなくわかっている。

 お互い、お見合いを蹴りまくってここにいる。特にフィオナの方は悪評の結果、もはや他にお見合い候補もいなくなっているという状況だ。ファイス家の両親は、これが最後のチャンスだと本気で信じているだろう。

 そして、それはセブン家の両親もよくわかっているらしい。自分達の自慢の息子にいつまでも婚約者ができないと嘆いていたところ、渡りに船であったはず。両家で話はどんどん進んでしまっているらしい。とすれば、本人達がどれほど「嫌だ」と言っても、聞き入れてもらえるかはかなり怪しいだろう。

 むしろ、下手な断り方をすると今度こそ『単にお見合いが嫌なわけではないのでは』という勘繰りをされかねない。実際、いつまでも独り身の男女はそれだけで同性愛者だと疑われてしまうことが少なくないのだ。


「確かに、あんたのスペックは保証できるわね。顔も頭もいいし、体力はないけど武術の最低限の心得はあるし」

「それはどうも」

「ちょっとは否定しなさいよ。……はー、あんたが男でさえなせればねー。女だったら結構好みだったのかもしれないのにさー。毎晩ベッドで鳴かせてあげるってのにぃ」

「お嬢様ぁ?」

「あひゃひゃひゃひゃしゃひゃ!いひゃいよひゃんでぃー!ほめん、ほめんってば、わたひがわりゅかっひゃからー!!」


 冗談交じりで言ったところで、隣のキャンディに思い切り頬を抓られた。悲鳴を上げつつ、ちょっぴり嬉しいフィオナである。こんなことで嫉妬してくれるなんて、うちの恋人はやっぱり最高にかわいい!


「そこ、イチャつくなコラ。私だって、女のお前に興味はない。大体、ヒューイがいるのに浮気なんて論外だ論外」


 しっしっしっ、と蝿でも払うような仕草をするエメリー。そこまで邪険にしなくても。


「一億歩譲って、偽装結婚まではありとしてもだ。両家の目的は結婚じゃなくて子作りだろう、ようは。無理無理の無理だろ。いくらお前でも、女とベッドに入るなんて有り得ない」

「私もよ。あんたのことは好きだけど、恋愛感情も性欲もからっきし沸かないわ」

「お前もう少し言葉を選べよ?時々お前が本当にファイス伯爵家の令嬢か疑ってしまうんだが」

「あーら、私がこういうキャラなのは昔っからでしょ、諦めて頂戴よ。……このキャラをふつーに表に出しただけで、お見合い相手が片っ端から逃げてくのはかなり複雑だったけどね。何よ、ちょっと木登りしたり、組み手に誘ったりしただけじゃないの」

「お前な」


 軽く笑い声が上がる。エメリー相手ならば、自分を取り繕う必要がまったくない。子供の頃からずっとそうだった。彼という友人であり、同志がいたことは紛れもなく幸運で幸福なことである。好意もそれなりにある。しかし、その好意はあくまで“親友として”に留まるのだ。それはエメリーの方も同じだろう。

 結婚をすることは、お互いのパートナーを裏切るだけではない。その先にある、嫌悪感しかない行為を許容することにもなる。

 お互いも、お互いのパートナーの心をも深く傷つける。絶対無理だ、というのはここにいる全員の本心だろう。


「どちらも結婚したくない、けれど、お二人のご両親は乗り気だから断るのが難しい……。そもそも断るための言い訳がまず見つからない、でしたよね」


 うーん、と顎に手を当てて唸るヒューイ。


「でしたら、両家が断るしかない状況を作るしかなさそうですけど。結婚を断らざるをえない状況って、なんでしょうか?」

「それが思いつかないから苦労してるんだ、ヒューイ」

「で、でよね。参ったな、どうすればいいんだろう」


 彼が悩むのも当然だ。というのも、ファイス家とセブン家は蜜月関係にある。父親の仕事でも繋がっているほどだ。下手な拗れ方をしたら、両家の関係そのものに罅を入れてしまうだろう。

 が、お見合いの席でまたフィオナが『自由な』振る舞いをして、エメリーをドン引かせて断ってもらうというのも今回はかなり厳しい。散々フィオナのそういった行動を見ているはずのエメリーが、今更それを拒絶すればそれもそれで両親に勘繰られてしまいかねないからだ。

 彼等はどちらもクリシアナ教の敬虔な信者。だからこそ、心の底ではいつも恐れているはず。自分達の愛する息子と娘が、同性愛者――悪魔に取り憑かれた存在であったらどうしてくれよう、と。


「そもそも、ちょっとしたトラブルくらいで、お二人のご結婚を諦めてくれるものでしょうか」


 キャンディが尤もすぎる意見を述べた。


「ご両親はどちらも、これが最後の結婚のチャンスだと心から信じてらっしゃるわけですよね。多少のことでは諦めず、ごり押ししてこられるような気しかしないのですけど」

「それな」

「それなのよ」

「うう、どうすれば……」


 ヒューイが泣きそうな顔で告げる。


「わかっています、貴族のご子息ならそれが自然なことだって。でも、でもエメリー様もフィオナ様も望んでらっしゃらない結婚を何故、ご両親だけで決められなければいけないのでしょうか?ご当人たちの心こそ、一番大切にされて然るべきものであるはずなのに……」


 まったくその通りだとしか言えない。彼等は、自分達が当たり前だと思っている価値観を、当然のように子供達に押し付けているだけなのだ。自分達がそうしてきたから。そして、自分達はそれなりに成功して幸せを享受してきたから、きっと子供達も幸せになれると思い込んでいるのである。

 己と子供達は、まったく別の存在。そんな当たり前のことさえ気が付かずに。


――家の名前に傷をつけず、当人だけの問題として……結婚をお流れにする方法はないものかしら。


 あまり時間は残されていない。今はまだエメリーの方に誕生日が来ていないので早急に籍を入れられる心配はないが、彼の誕生日が来る一月が来てしまったら両親は速攻で入籍しろと迫ってくるだろう。

 それまでお見合いそのものを躱し続けるのも難しい。ならば。


「……悪役令嬢だわ」

「え?」

「そうよ、悪役令嬢って……婚約破棄されて追放される、っていうのがラノベの王道展開だった、わよね!?」


 唐突に降って湧いたアイディア。

 そうよ、それだわ、とフィオナは一人納得して拳を突き上げる。


「いいことエメリー?一度、お見合いに成功したフリをして婚約者になってしまうの。それで、二人で公の場で、揉めに揉めて破談に持ち込んでしまうというのはどう?人様の前で貴方が私に堂々と婚約破棄を突きつけてしまうわけ!で、私もブチ切れてそれを受け入れちゃう!」


 そうだ、これが一番現実的ではないか。なんて、自分は現時点で順調に悪評を積み重ねてきているのだ。エメリーがフィオナを見限るだけの要因は充分にある。


「た、確かに人前でそれをやったら、ご両家も引っ込みがつかなくなりそうですが……」


 だ、だけど、とヒューイが慌てたように口を挟む。


「それはつまり。表向きは……お二人の友人関係をも壊すということ、ですよね?今までのように会ってお話をするのが難しくなってしまうのでは」

「!」


 それは、とフィオナは口籠った。そこまでは正直、考えが足りていなかったことだ。

 確かに、人前で揉めに揉めて婚約破棄なんてやらかした暁には、互いの関係そのものが完全に終わってしまうことだろう。むしろ、その後不自然に会っている現場なんて見つかろうものなら、その時点で茶番劇を疑われかねないのではないか。

 エメリーと結婚する気はない。まったくない。しかし、それは彼が嫌いだからではなくて、恋愛対象ではないから、他に恋人がいるからというだけのこと。友人としての関係まで終わらせたいなんて断じて思ってはいないのだが。


――影でたまに、こそこそ会うとか。手紙をこっそりやり取りするくらいはできるでしょうけれど。


 今までのように、気楽に会える関係ではなくなる。

 仮に茶番劇を疑われなかったとしても、仲直りの見込みがあると周りに思われた時点で――婚約の件を蒸し返してこられる可能性がないとも言い切れないのだから。

 婚約破棄。悪役令嬢モノでは王道の展開。でもそれを簡単に選択できるのは、関係が完全に断ち切れてもいいと思うほど相手に情がないからで。


「……でも」


 フィオナは、拳を握りしめる。

 これをやれば確実に、自分は得難い友人を一人失うだろう。本当に関係が終わるわけでなかったとしても、今まで通りでいられなくなるのは事実で。それでと。


「他に、方法はないわ」

「フィオナ……」

「もう少しだけ、考えてはみるけれど。私達は、自分のパートナーを守るために……他のすべてを捨てる覚悟をしなければならないのよ、きっと」


 だから、とフィオナは顔を上げる。


「私が今までやらかしてきた悪行を知って失望した、そういう形にすればいいわ。……お願い、エメリー。私と婚約したあと『婚約破棄』をして。誰もが納得してしまえるほど、派手に、感情的に」


 自分達の細い腕で、囲える範囲なんてたかが知れているからこそ。

 その距離を見誤ってはいけないのだ。例えそれが、苦痛を伴う選択であったとしても。

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