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<16・Plan>

 ザ・婚約破棄計画!の概要はこうだ。

 お互いお見合いが不成立続きだった身、仕方なく幼馴染同士でお見合いをするものの、付き合ううちにお互いの嫌な点が徐々に露呈していくことになる。

 さらにフィオナの方に悪い噂があることを知っていたエメリーが調べていくうち、噂で聞いていた以上のことをフィオナがやらかしていると知る。自分達の生活を支え、助けてくれる召使たちに八つ当たりをし、毎日のように虐めや悪戯を行う日々!

 あまりの蛮行ぶりに、エメリーは激怒。親戚も交えた盛大なパーティの席で、ついにフィオナに婚約破棄をつきつける!フィオナもフィオナで、価値観の違いに苛立っていたのでこれを承諾!

 両者愛でたく縁談はなかったことになり、二人はこれからも独り身を許されるようになるのであった。めでたし、めでたし。


「……なるほど、君が自ら作った悪評を利用するわけか」


 フィオナの計画概要を聞いて、エメリーは頷いた。


「細かな設定のすり合わせが必要だな。それと……婚約破棄をぶっちゃける現場を、なるべく大きな会場、規模で設定する必要がある。両家顔合わせ、だと私とお前の両親兄弟くらいしか出席しない。そこで揉めたところで、他の親戚の目がないんじゃなかったことにされかねないからな」

「でしょう?何か、近いうちに大きなパーティか何かの計画がないかしら。私達の親戚がみんな出席しそうなもの。なんなら、親戚以外の外部の人間の目があってもいいわ。ちょっとばかり家名に傷がついてしまうかもしれないけれど、その方が見せつけるのにちょうどいいと言えばちょうどいいでしょうし」

「だな」


 ちらりと視線を投げれば、相変わらずキャンディが苦い顔でもの言いたげにしている。またお嬢様の悪評を利用するんですか、気が進みません、という顔だ。

 彼女の気持ちは非常に嬉しい。が、これも自分達が結婚せずに済むようにするための策。理解して協力してもらうしかないだろう。


「私の両親はかなり焦れているわ。お見合いがセッティングされたら、結婚を約束するまでの時間を先延ばしにするのか相当厳しいと思う。それはエメリーのご両親も同じでしょう?」


 フィオナは立ち上がると、店のカウンター席に近づいた。そこにはちょうどいい塩梅で、机の上に置いておくタイプのカレンダーがあったからである。オシャレな木枠のカレンダーで、後ろから猫のマスコットがひょっこりと顔を出しているデザインである。多分インテリアの類なのだろう。

 結婚のお約束である婚約と入籍は違う。

 結婚しましょうね、とお約束するのは子供でもできるが、入籍は互いが十八歳を超えていないと無理だ。そして、自分とエメリーの場合は今十七歳のエメリーの誕生日が来たら入籍可能ということになる。

 エメリーが十八歳になるまで。それが、自分達のタイムリミットと言っても過言ではない。


「とりあえずお見合いはする。結婚の約束もするだけする。その上で……エメリーの誕生日が来て正式に入籍させられる前に、どこぞのパーティで盛大にトラブルを起こして婚約破棄を成功させる。そうなるわよね?」

「ああ、そうだな」

「あのう」


 おずおずと、ここでキャンディが顔を上げる。


「一応ご提案しますが。……私はお嬢様に結婚してほしくはないですけれど……でも、エメリーさんとの契約結婚というのならば、我慢できなくはないつもりなんです。ご両親を納得させるために形だけ籍を入れておいて、夫婦生活は一切行わないという選択肢もなくはないのですが、よろしいのでしょうか?」


 本当は、そんなことキャンディも言いたくはないのだろう。形だけといっても結婚は結婚。夫婦として一般的に認められるのはエメリーとフィオナということになる。本心は辛いはずだ。それこそお互いのパートナーが死んでも、もろもろの権利を受け取ることもできず、全て契約結婚をした相手に渡ることになるのだから。事実婚とリアル婚の最大の違いはそこと言っても過言ではない。


「一応、それも考えたわよ」


 自分のために、そういう提案をしてくれるのは嬉しい。しかし我慢なんかしなくていいのよ、と伝えるため、フィオナは彼女に微笑みかける。


「でも、その場合は恐らく……夫婦生活を行っているとウソをつく必要が出るのでしょうけど。子供ができなかった時点で、どっちも病院に連れていかれることになるわね。ようは、体の問題で子供ができないんじゃないのかと心配されるんでしょう」

「ああ、そこでバレてしまう、と」

「ええ。何も問題がないのに子供ができない、イコール実際はセックスレスだってバレてしまいそうですもの。流石に夫婦生活を監視されるところまではいかないと信じたいけれど……クリシアナ教の信者は、とにかく子供を作ることに血眼になっているから、多少なりに両親が強引な方法を取ってくる可能性もあるわね。四六時中監視されたら誤魔化せないわ」

「さ、さすがにそこまではされないと思いたいですが」

「私もそう思うけど、宗教ってなかなか怖いもんでしょ?」


 カレンダーを拝借して、自分達の席に戻りつつ告げるフィオナ。神様、というもには魔力がある。神様を信じていれば、教えを信じていれば、自分はきっと救われる幸せになれるという魔力。無論こんな言い方をしたら敬虔な信者たちには叱られるのだろうし、彼らはむしろ自分達が「悪い夢から覚めた」くらいに思っていそうではあるが。

 だからこそ、人に布教しようとするのだ。無論、ただお勧めするだけならばいい。問題は、その中に「相手を救うためには、なんとしてでも信者に引き入れてあげなきゃ!」という善意から、しつこく押し付けてくるタイプの人がいるということ。

 子供を作る作らないも、結局そこに繋がっている。両親はきっと、教えそのものを押し付けているつもりはないから、実際に子供を持つことは幸福なことなのだからと本気で信じていそうなのが質の悪いところなのだが。


「よくて離婚、互いに別の異性と再婚させられるってところじゃなくて?養子をとるなんて、家の血にこだわっている両家の親たちが納得するとも思えないしね。……もっとサイアクなのは、二人の偽装結婚がバレるということね。結婚していつまでも子供ができないっていうのもそれはそれで、神様への冒涜を行っているとみなされることがあるのよ。ようは、悪魔に誑かされたから子供ができないんでしょ理論。ふざけてるわよね」


 医療技術が発展する前と同じ理屈を信じ続けている宗教。正直、ぞっとしてしまう。


「酷いと、子供ができないってだけで両者ともに同性愛者と疑われることになる。実際あるそうよ、同性愛者であることがバレないようにするために偽装結婚するケース。で、見つかって悪魔祓いされる、と」

「前例があるんですか。じゃあ、教会もそういうのを疑っているかもしれません、ね」

「そういうこと。……それに、偽装結婚であったとしても、私はキャンディ以外とは結婚なんかしたくないわ。それは、エメリーも同じでしょう?」

「ああ。私が心から愛しているのはヒューイのみだ」

「決まりね。やっぱり、婚約破棄計画で行くべきよ。既に私は悪評まみれなんですもの。これ以上評判が下がったってどうってことないわ」

「お嬢様……」


 キャンディが一番言いたかったのはそこなのだろう。しかし、彼女は悲しそうに眼を伏せるばかりで、それ以上のことは言わなかった。他に方法が思いつかない以上、仕方ないと割り切ったのだろうか。


「とりあえず、設定をもう少し詰めましょうか」


 フィオナは椅子に座り直す。鼻先を、ひらり、とクメツバキの花びらが霞めていった。春を感じさせる、白く可憐な花。しばしお淑やかな女性の象徴とされる花。――自分がけして、なれない花。


「エメリーは私の悪評を知っていたけれど、実際に私の婚約者になるまでは真実を知らなかった……そういうことにしてもいいかしら?」

「それは妥当、かもしれません」


 口を挟んだのはヒューイだ。


「エメリー様とフィオナ様は幼馴染で、昔からお互いの性格などもよく知っています。そんなエメリー様から見ると、召使たちを急に虐めるようになったフィオナ様というのは……まるで豹変したかのように見えているのではないでしょうか。フィオナ様が、召使いの方々と家族のように接していらっしゃったこと、エメリー様ならばご存知であるはずなので」

「確かに、そうだな。なるほど、そんな昔のフィオナを知っていたら、最近の悪評が聞こえてきていても信じていなくて然りか」

「僕はそう思います。だから、婚約者となったあとで、悪評が本当かどうかをこっそり調査するというのはどうでしょうか。僕達を使って調べた結果、自分が思っていた以上にひどい状況だったことを知り……その結果エメリー様が激怒して、フィオナ様に婚約破棄を言い渡す、と」

「それが自然ね。悪くないわ」


 ついでに、この時調査した者達に決定的証拠を掴ませておくといいかもしれないな、とフィオナは思う。例えば、フィオナがキャンディの服をインクまみれにして笑っている写真とか、執事たちを落とし穴に落としている写真。そういうものがあれば、さらに説得力が増すはずだ。


「なんなら、婚約破棄の現場で、エメリーが証拠写真をばーっとぶちまけちゃうのはどうかしら?他の親戚の方々にも見えるようにね」


 うんうん、悪役令嬢の婚約破棄イベントっぽくなってきたじゃない!とフィオナは満足する。そこまで盛大にやれば、親戚の者達も両親も、二人の婚約破棄を認めざるをえなくなるのではないか。

 ならばあと、決めるべきことは一つ。

 お見合いから婚約破棄までの細かな流れだ。そして、婚約破棄イベントをいつ行うのか、ということ。


「うちの両親は、お見合いを来月の頭にでもセッティングしたいと言っているわ。その日にお見合いをして、二、三回会って……そうしたら多分、もう婚約しましょうってことで押し切られてしまうと思うの」


 エメリーの誕生日は一月。

 その一月までに、婚約破棄イベントをぶちこまなければなるまい。


「一月までに、何かファイス家とセブン家、分家も含めた親戚一同で集まるようなイベントあるかしら?」


 つつつつ、とフィオナはカレンダーを指でなぞった。社交パーティの類が、フィオナは大の苦手である。ましてや最近は、悪評もあってさらにわざと欠席を選んでいるから余計にだ。両親もわかっているから、フィオナをそういうものに誘うことそのものが減ってきている。体面が悪いからだろう。そう思うと、多少なりに申し訳ない気持ちにもなるが。


「それならば、九月に私の大叔父様の誕生日パーティが計画されているはずだ。毎年九月には、親戚一同とゲストを招いて盛大に行われている。ファイス家も毎年招かれていたはずだ」


 カレンダーの向きを変えて、エミリーが言う。あー、とフィオナは明後日の方を見て頷いた。


「今年行かなかったから忘れてたけど、あったわね。エミリーのお祖父様の弟さん、だったっけ?」

「ああ、病院の院長をやっている。病院の設立に関わった関係者も大勢招くから、かなり規模が大きいぞ。……だからこそ、ここで婚約破棄イベントをやると、相当な騒ぎになってしまいそうだが」


 本当に大丈夫か?と彼の目が言っている。心配になるのはわからないではない。しかし、騒ぎになるなら上等というもの。

 そもそも、こっちは己の愛を貫く時点で――最悪の場合、家から離縁されることも覚悟の上である。己の命も、愛する人との愛も守れるならそんなの安いものだ。


「万が一の時の、逃走ルートくらい考えておきましょうか」


 フィオナは冗談めかして笑う。


「大騒ぎ、上等だわ。……それくらいでもしなきゃ、運命なんてきっと変えられないもの」


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