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<19・Love>

 恥ずかしい話だけれど、何度も何度も夢見て来たことである。女同士でも関係ない。愛を確かめる方法は存在している。そもそも、男女のセックスでさえやり方は一つではないのだ。異性だろうが同性だろうが、心と体が満たされればそれ以上のことはないのである。

 やり方なんてどうでもいい。可能な限り安全を確保して、お互いを傷つけず、心と心を繋げる方法であるならば。

 女性同士の場合、生々しいことを言うのであれば体の構造上やり方の見当がつかないなんて言うひともいることだろう。実際、キャンディも知らないようだし、予備知識がなければフィオナも想像することなんてできなかったはずだ。


「正直に言うけど」


 キャンディの真正面に立って、フィオナは言った。


「私、性欲は結構強い方なの。……一度走り出したら止まらないわよ。ええ、それこそどこまでも突き進む戦車のようにね」

「お、お嬢様……」

「フィオナって、ちゃんと呼んで。癖なのはわかるけど、今日は貴女だけの名前を呼ばれたいわ。……私ね、何度も何度も何度も……ええ、何度も想像したんだから。貴女を抱く日のこと。一つになって、愛を確かめ合う日のこと。……恥ずかしいと思う?」

「いえ、いえ……そんなことはないです」


 林檎のように染まった頬がなんと可愛らしいことか。恥ずかしそうに微笑むキャンディ。


「私も、想像しました。はしたないとお笑いください。お嬢様の……いえ、フィオナのことを考えて、何度一人で体を慰めたかしれません。女同士では、愛を確かめ合うことなどできないという人は多いと思います。そもそも、そのようなやり方があっても、クリシアナ教では禁忌である以上……広めようとする人はいないことでしょう。ましてや、同性愛者が悪魔祓いという名目で拷問されたり殺されたりしても、罪にも問わないような国なのですから」

「そうね」


 そう、それがこの国の矛盾。

 宗教の自由を保障すると言いながら、クリシアナ教以外を信じていてもいいと言いながら――実際は、教会の横暴を野放しにしているという状況。だから多くの同性愛者たちは息をひそめるようにして生きなければいけないし、本当の自分をさらけ出すことはもちろんのこと、同じ苦しみや愛を分かち合える同志を探すこともままならない。そのせいで仲間がどれくらいいるのかもわからないまま、自分達が本当に悪魔にそそのかされた存在ではないかと信じて、己の生を呪うようにして人生を終えてしまう人もいるのではなかろうか。

 だから、同性同士の愛の交わし方に興味があっても、実際どうやればいいのかを知らないという人は少なくないのだ。フィオナのように、偶然そういう書籍を見つけたり、エメリーのような同志を見つけることができた人間でなければ。

 ああ、何度でも思う。自分はなんて幸運だったのだろうかと。まあ、まだ己が十六歳でパートナーが十四歳であるうちに、早々にベッドインしてしまったエメリーは自制心が足らないような気がしなくはないが。


「全部私に任せて。リードするわ。」


 ぼふ、と音がした。目をまんまるにするキャンディ。それはそうだろう、いきなりベッドに押し倒されたのだから。


「ただし、覚悟してね。今夜は、貴女を滅茶苦茶にする気マンマンなの。気持ち良すぎて泣いても止まらないわよ、私は。ふふふ、明日、朝起きられなくなったらどうしようかしらね?」

「やっ」


 真っ赤になった彼女の耳に、軽いキスを落とす。そのままキスを、首筋にも。そういえばどこかの本で読んだことがあった気がする――首筋へのキスは、所有物の証だと。この人は自分のものだと示すためのものだと。

 無論、関係がバレてはいけない以上、キスマークなんて派手なものをつけられないけれど。その感触を、味を、互いに覚えていればなんら問題はない。


「ふっ……」


 期待しているからだろうか。既にキャンディの息は上がっている。心なしか、肌も熱いような気がする。

 首筋に顔を埋めれば、彼女の髪がふわりと薫った。今日はバラのシャンプーのいい匂い。でもそれだけじゃない。ほんのりと薫る汗、彼女の香り。どんな花より果物よりも甘くて美味しそうだ。

 ああ、食べてしまいたい。フィオナの中の獣がぺろりと舌なめずりをするのを感じていた。それはずっとフィオナの中にいて、死ぬ気で飼いならしてきたモンスターである。どこまでも肉食、愛らしく柔らかい肌を引き裂いてしまいたいと願おう狂暴な野獣。今までずっとお預けを食らってきただけに、もう涎が止まらなくなっている。


――ああ、駄目よ、私。抑えて。


 その獣の手綱は、握り続けなければいけない。どれほど下半身が疼き、鼓動が己を急かしたとしてもだ。


――本当の本当に美味しそうだけど、この子の肉は極上の味がするでしょうけど。愛より欲を優先してはいけないわ。少しずつ少しずつ、この子を高めて美味しく料理して頂かなくちゃ。食べられるこの子も、どこまでも気持ちよくなって天国に登ってしまえるように。


「はふっ!」

「んんっ!」


 キャンディの唇に嚙みつくようにキスをした。キャンディは肌も綺麗だし、唇の手入れもちゃんとしていると知っている。正確には、この家に雇われるようになってから手入れができるようになったのだろう。艶やかな唇をそっと舐め上げ、さらにその隙間へ舌を差し込む。

 そこまでしたところで、自分の方のリップはちゃんと手入れしていたかな、なんてことを思った。カサカサに乾いてやしなかっただろうか。みっともないなんて思われないだろうか。なんせ、処女なのはフィオナも同じなのだから。でも。


――ああ、きっと、貴女ならそんなことも気にしないわよね。


「んうっ……ふっ……んんっ!ちゅるっ……!!」


 歯列をなぞるように舐め上げ、唾液と唾液を交わし合う。キャンディのものだと思うだけでどうしてこんなに甘いのだろう。いつの間にか、高まってきたキャンディの腰が揺れている。まるで、早く欲しいと誘っているかのよう。しかも、それとなくフィオナの方に股間を擦り付けるようにしていたことに、果たして本人は気づいているだろうか?

 いじらしくて、彼女の頭を掴んでさらに強く唇を吸った。ぎしぎしぎし、とベッドが激しく泣き喚く。


「はっ……はあっ……!」


 大人のキスをしていた時間は、けして長い時間ではなかったはずだ。それでも唇と唇が離れた時には互いの息が上がっていた。

 つう、と淫猥に唾液が糸を引く。フィオナ、と。キャンディが甘い声で告げた。


「わ、私……だ、誰かと付き合ったことなんか、なくて」

「ええ、私もよ」

「だから、キス、初めてなんです。初めてで、こんな、情熱的なキス……」


 知らなかった、と。彼女の潤んだ瞳からぽろりと涙が一滴落ちた。まるで宝石が零れるように。


「大好きな人とするキスって、こんなに幸せで……気持ちの良いもの、なんですか?」


 なんて嬉しいことを言ってくれるのだろう。フィオナは再び彼女の額に唇を落としてから言った。


「ええ、私もよ。私もとっても幸せ。幸せで、初めてのキス貴女と一緒にいると、新しく発見することばかりね」

「フィオナも、気持ちいい、ですか?」

「ええとっても。ほら、触ってみて?こんなにドキドキしているの」

「!」


 キャンディの左手を取り、自らの胸へと導く。ドキドキと胸を高鳴らせているのは、キャンディだけではない。むしろフィオナの方が興奮して、ずっと獣を飼いならそうと必死になっているところなのだから。


「あ、あ、本当に……」

「やだ、照れないでよ」


 キャンディがさっき以上に顔を真っ赤に染めたのは、その手がすっぽりとフィオナの乳房を覆う形になったからだろう。まだ服ごしとはいえ、女性の象徴たる場所。こんなところで恥ずかしがっていたら身が持たないわよ、とフィオナはやや意地悪く思う。

 なんせ自分達はこれから、もっとすごいことをしようとしているのだから。


「服は、自分で脱ぐ?それとも、私に脱がせてほしい?好きな方を選んで頂戴」


 フィオナはネグリジェ姿であるし、キャンディも着脱しやすいメイド服姿だ。貴族のドレスには一人で脱ぐのが難しいものもあるが、そもそもフィオナの場合はそういう服は好んで着ない。いくらコルセットがある方がオシャレだなんて言われても御免だといつも言っている。

 キャンディは暫く視線を泳がせたあと、恥ずかしそうに小さな声で告げた。


「あ、あの、あのその、えっと」

「うん?」

「ぬ、脱がせて、欲しいです……」


 どうやら、今日は徹底的にフィオナのリードを受けるつもりらしい。さてさて、自分もうまくできるかどうか。ここまでしておいてあれだが、結局のところフィオナも今夜が初体験であることに間違いないのだから。

 でも、きっと。多少失敗したところで、この可愛らしい少女は気にも留めないだろうなということはわかっている。キャンディが一番大事にしてくれるのはきっと、体の快楽よりも心の快楽であろうから。


「おおせのままに。私の可愛い可愛い、お姫様」


 であるからこそ。自分も拙い知識を総動員して、彼女を愉しませたいと思うのである。軽くつん、と指で服越しに胸の頂に触れる。それだけで、大袈裟なほどキャンディの体は跳ねた。

 これ以上焦らすのもしのびない、とフィオナは彼女の胸元のボタンへと手をかける。夜はまだまだ、これからだ。


――愛している。愛しているわ、キャンディ。ああ、キャンディ、キャンディ、キャンディ……!


 目の前の恋人に集中していたフィオナは、あとになって知ることになるのである。激しく鳴いたのがベッドだけではなかったこと。玄関のドアも僅かに軋んだこと。

 つまりはこの時、ドアに鍵をかけ忘れていたという事実を。


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