「っさ! できたよじいちゃん」
「おぉ肉が焼けたか……」
竹串に刺した肉。それを焚火で焼き、じいちゃん好みの焼き加減で串を渡した。俺は食べ応えのある焼きの入った肉がすきだが、歳のせいかじいちゃんは柔らかな肉が食べやすいらしい。
「命に感謝を」
「命に感謝」
串を片手に持ち軽く頭を下げて会釈。
「はぐ! ……はむ」
切り分けた肉を頬張るじいちゃん。イイ感じの焼き加減で嬉しそうに食べている。
(今日のじいちゃんは調子良さそうだな)
この頃というか、体感数年前からじいちゃんの力が目に見えて衰えてきている。それこそ"歳をとっている"が当てはまる。というか、じいちゃん自身がそう言っていた。
「あむ」
じいちゃんに負けじと俺も肉を頬張る。
普段食べているイノシシ型モンスターの肉とは違い、肉の繊維が細かく感じられるほど質がいいと感じる。噛んだ拍子に脂がジュワりと口いっぱいに広がり、歯ごたえと脂の旨味が舌を喜ばせている。
「んん~今日の肉は脂が乗っていて旨いなぁ……。今日は朝から遠くに行くと言っていたな。これは何の肉だ?」
「ん? 結晶竜の肉だよ」
「……は?」
「ほらここからずっと西にある結晶洞窟。そこに棲んでた暴れ竜さ」
「……は?」
キョトンとした顔のじいちゃん。まるで何言ってんだこいつと言わんばかりだ。やっぱり歳をとるとボケてくるって言うし、もっとわかりやすく言わないと……。
「ずっと前にじいちゃん言ってたじゃん。結晶竜は暴れ出すと手の付けられない暴竜だから、いつかは倒さなきゃって……。だから倒してきた。まぁじいちゃんに美味しいお肉食べさせたくて倒したってのがあるけどね」
「」
「じ、じいちゃん……?」
「ぉぉおおう! おう! そうかそうか!!」
ボケェとするじいちゃん。心配を口にすると、パッと笑顔を俺に見せてくれた。
「いやはや、ジンガには驚かされてばかりだ。かの結晶竜を倒すとはワシも鼻が高い」
「そう?」
「おう。結晶竜は他の竜の縄張りを犯す悪い竜……。泰平のためワシも昔に挑んだことあったがなぁ……虫の居どころが悪かったのかそれはもう暴れ回って大変だった。それをジンガが倒したとなるとぉ、じいちゃんを超えたと言っていい」
「いやいや、それは褒めすぎだよじいちゃん」
ケラケラと笑うじいちゃん。二本目の串を手に取ってパクリと肉を頬張った。汲んできた水を粘土のコップで掬い飲むじいちゃん。
「ンク……ふぅ。してジンガよ。結晶竜にはどのようにとどめを刺した」
「あむ……。あー熱線で倒した」
「ふむ熱線か……。しかし奴の体表は並大抵の攻撃、それこそ熱線にも耐える防御力を誇っている……」
疑わしい視線が俺を射貫く。
「パンチやキックじゃ全然歯が立たないから、戦ってる成り行きであいつの口の中に熱線ぶち込んだんだ」
「……く、口の中ぁ?」
「うん。俺を食おうとしたから無理やり口開かせて、ビビーってやったら死んだ」
「」
じいちゃんが白い目で俺を見ているけど、それはいつもの事なので肉を頬張ることにする。最近歳のせいか、時々俺の行動に白い目をして反応している。ほんと、歳って怖いなぁって思う。
「ワシのために肉を取って来るのは嬉しいが、あんまりじいちゃんを心配させんでくれよ」
「わかった」
いつもの様に優しい口調で諭してくれるじいちゃん。俺たちは結晶竜の片脚部分の切り分けた肉を食い続けた。
そして夜も更け、近くの川で水浴びを終えて住処に戻ると、焚火の隣で夜空を眺めるじいちゃんがいた。
「……」
どうしたんだ。その言葉が出掛かった。でも口にはしなかった。俺に背を向ける姿が、いつも以上に小さかったらだ。
俺は静かにじいちゃんの隣に座り、同じように夜空を見た。
「もう床につく時間なのに珍しい……」
「うん。たまにはね」
そう。水浴びをしたら俺は寝る。それがルーティン。でも今日は、なんだか、こう、じいちゃんの側に居たいと思った。
俺の想いが通じたのか、特に何を話す事もなく数分夜空を見ていた。
そんな時だった。
「ジンガ……」
「?」
「聡いお前のことだ。これまで色んな場所に旅をし、ワシが言いづらい、答えずらい質問をあえてしなかったろう」
風の音にかき消されそうな声に、俺は静かにうなずいた。
「……なぜこの世界にヒューマンやエルフたちが居ないのか。それどころかワシたち怪獣族は何故二人だけなのか……。答えは簡単だ」
「……」
「ワシたち怪獣族は神の使徒に世界を追われたのだ」
「――」
俺が心の中でくすぶっていた疑問の一つ。それがか細いじいちゃんの声で明らかにされる。
「その昔、ヒューマンやエルフ、ドワーフやホビット、妖精たちと共に、ワシたち怪獣族も地上で暮していた」
――地上。ここ空洞説世界とは違う世界。
「しかしある日突然、神の使徒と名乗る軍団がワシたち怪獣族を襲った」
謎の存在である神の使徒。それは何だと聞くまでも無い。それを知っていたらじいちゃんは語っているからだ。
「地を裂き、海を割り、空を震わせる戦いだった。激戦に続く激戦。他種族を巻き込まないためと必死に戦った。何故使徒たちがワシたち怪獣族を襲ったかと考える暇もなく、ワシたちは戦った」
脚で地面を砕き、腕で海を割り、空を熱線で焦がす。それが想像できる。
「だがな、ワシたちがどれだけ避けようとしても、荒ぶる使徒たちの攻撃という戦火の炎は他種族に飛び火してしまう……。だから一族は決断した。災いの元凶が怪獣族ならば、地上を去るしかないと……」
「……」
元凶。災いの元凶は怪獣族……。じいちゃんの話ならば元凶は神の使徒のハズ。でも怪獣族自身が元凶は自分たちだと思った
それでも、俺は神の使徒が元凶だと思わずにはいられない……。
「各種族の王たちは怪獣族を憐れみ多少の餞別、そしてワシたち怪獣族が存在していたという伝承を残してくれると約束してくれた……。そしてワシたちは、この世界にやって来たのだ」
憐れみ。その一つがアイテム袋なんだと思う。
それはそれとして、俺はどうしても聞きたいことがあった。
「他の、俺たち以外の怪獣族はどうなったの」
そう。この世界に来たのは俺とじいちゃんだけじゃない。怪獣族という種族総出で来たハズ。
だからこそ、俺の悪い予感は――
「――みな死んだよ」
「――――」
当たる。
虚しいのか、それとも思い出を思い出しているのか、じいちゃんの表情は曖昧なものだった。
「ジンガ。お前はみなの希望だ」
「俺が……希望……?」
「ああ」
そう言って頭を撫でてくる。
「怪獣族の希望がジンガなら、お前の希望は太陽にある!」
「ちょ、くすぐったいてじいちゃん!」
「ッガッハッハ!!」
執拗に撫でられた頭。くすぐったくて、そしてもどかしくて、じいちゃんに体を預けたり離れたり。祖父と孫の小さな幸せを掴んでいた。
心が満たされるほどに感じていた。
だから。
「――じい……ちゃん……」
翌朝冷たくなったじいちゃんが、信じられなかった。