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第6話 旅立ち

「――」


 俺は合掌を解き、片膝を着いた状態から起き上がった。


 目の前には少し盛られた土。そこには大き目な縦に長い平たい石が埋まっていて、日本語で『最愛の祖父』と書いてある。


 当然この空洞説世界に文字の読み書きの概念はない。でもじいちゃんから簡単な文字は教わったけど、要領の悪い俺はあんまり覚えてなく、前世の記憶を持つ俺が知っている日本語で書いた。いや、石の先で掘った。


 そもそも何故『最愛の祖父』なのか、答えは簡単。よくよく考えて見たら、俺はじいちゃんの名前を知らない。だってじいちゃんはじいちゃんだったからだ。


 俺はジンガと呼ばれてるのに、不思議とじいちゃんの名前は聞いていない。というか、じいちゃん自身も自分の名前を教えてくれなかった。


 俺が聞かなかったから、それとも別の理由があったからかは、もうわからない。


 だってじいちゃんは、この墓の下で安らかに眠っているからだ。永遠に……。


「じいちゃん……」


 もう何回墓の前で呟いただろう……。合掌して心の中で語っても語り尽くせない。瞼を閉じるとじいちゃんとの思い出が次々と溢れて来る。でも何故だろうか。


 ……涙が出ない。


 薄情者。自分自身を嫌悪してしまう。言葉では言い表せないほどに感謝してるし、俺をここまで育ててくれた愛を感じていた。でも、涙は出てこなかった。


 たった一人の肉親。悲しいのに、俺って奴は……。


「……さて」


 これからどうしよう。干し草藁の寝床に座り込み、考える。


 でも既に結論は出ている。


「何も……ない……」


 俺には何もない。昨日までの俺はじいちゃんと共にあり、衣食住や語り合い、じいちゃんが世界の中心だった。


 でもその世界は、壊れた。


 肉や魚を糧として生きる。今までの通りの生活をするならば何ら問題ない。ただ食って寝る。それだけ。


 生き物としての在り方はそれで十分。前世の記憶にあるいち個体で数を増やせる単為生殖ならばさらに十二分だろう。


 でも俺はこの世界に一人だけの怪獣族。無論近しい種族が居るはずもない。


「……俺は一人で大丈夫なのか」


 否。大丈夫じゃない。だって俺は寂しがり屋だからだ。数日や数週間ならば一人を耐えられるだろう。でも確実に精神が病み、心が壊れ、生きとし生ける者を倒し、その辺の生物を片っ端から生殖活動してとち狂う。そんな未来が見える。


 絶望。


 故に絶望。


「……無理だ」


 無理。膝を抱えてうずくまり言葉にした途端、一気に背中が冷えて孤独感を感じてしまう。今すぐにでもじいちゃんを掘り起こし、一緒に土の中で眠りたい衝動が湧いて出る。


 でもそんなこと許せない。俺自身が許さない。


「じいちゃん……」


 昨日までじいちゃんが寝ていた干し草藁。


「……?」


 不意に視界の端で何かを見つけた。身を乗り出して手に取ると、見覚えのあるもの。


「アイテム袋……」


 紐で口を閉じられた革製の袋――アイテム袋だった。


 紐を解いて何気なくアイテム袋をまさぐると、指に何か当たりそれを摘まんで出した。


「この指輪……」


 覚えている。確かこれを指にはめるとヒューマンに姿を偽装できるものだ。これで姿を変え、ヒューマンやエルフたちと同じく地上で生活していたってじいちゃんが言っていた。


「ぁ……」


 その瞬間、過る。


「神の使徒が原因でここに来たって事は、地上と空洞説世界を繋ぐ出入り口があるはず……!」


 それと同時に、思いだす。


「――怪獣族の希望がジンガなら、お前の希望は太陽にある!」


 昨日元気よく言っていたじいちゃんの言葉。


「俺の希望が太陽にある……。俺の希望……」


 俺は今、非常に寂しいをしている。ひとりぼっちで何もない虚無。それを危惧していたからこそ、じいちゃんは俺にその言葉を送ってくれたのかも知れない……。


 寂しかったら地上に行け。そう言っていると思う。


「でも地上に行けば神の使徒が待ち構えているかもしれない……」


 怪獣族を蹂躙できる力を持つ神の使徒。怪獣族がこの空洞説世界に来て年数は経っているらしいけど、そもそも地上との時間経過が同じとは限らない。俺の知ってることだと憶測にしかならない。


「でも――」


 行くしかない。それ以外の選択肢は俺にはない。


「っしゃ!」


 思い立ったが吉日。指輪を戻したアイテム袋をじいちゃんと同じように股座の生殖器内臓部分に収納。立ち上がりじいちゃんの墓前まで歩く。


「行ってくるよ」


 墓石に話しかけても当然返事は帰ってこない。だけど洞窟の空いた天井から風が吹き、俺の頭を優しく撫でた。


「――行ってきなさい」


 まるでじいちゃんがそう言った様に、俺は感じた。


「ッ」


 心に、心に来るものがあった。

 いつも背中に感じていた暖かさが、じいちゃんの優しい手が、俺を後押ししてくれている様な気がした。


 さっきまで涙を流すことすらしない薄情者たと自分を嫌った。


 でも。


 でも。


「――ッック!!」


 自然と流れ出た頬を伝う涙の証拠が、自分自身を好きでさせてくれた。


 「絶対また戻ってくるから……。だから……安らかに……ッ」


 そう言いながら涙を腕で拭って歩き出す。


 洞窟を出ると、真昼の太陽の眩しさで目を瞑ってしまう。


 鬱蒼としていた気分が晴れる様に大きく深呼吸。これから、今から、第二の人生の第二部が始まる。

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