第一印象はとても大事だ。俺の前世がそう言っている。
百戦錬磨の"槍チン"先輩にそう教わった俺は、尻尾が残像を残すほど忠実に言いつけを守った。だがそれが実を結ぶことは無かった。
「なんかチャラいしペラいし香水臭いし、あと口も臭い。どっか行け童貞」
あまりの酷い仕打ちにと悪口に、心の蔵に言葉のナイフがグサリと突き刺さる始末。枕を涙で濡らしたのは鮮明に思い出せる。
つまり何が言いたいかと言うと、第一印象。清潔であり笑顔であり、敵意もなく心をオープン。しかし一定の距離を推し量るのがポイントだ。
まぁ失敗しかしてない前世が言うのもなんだけども。
そして失敗は今生も同じなようで。
「ブモオオオオオオオオ!!!!」
怒りの形相で突進してくるブタモンスター。ノシノシと遅くはないスピード。得物の大きな斧を構えて鼻息を荒くしている。
(やっぱモンスターだよなぁ。明らかに意思疎通できるドワーフとかじゃないし……)
そもそもの話、意思疎通できなければ恋も友情もへったくれもない。しかも意思疎通できなくて全力で殺しに来る相手なら特にそうだ。
「ブモ!!」
「ブモモオオオオオ!!!!」
突進してくるブタを見ていると、後ろに控えていたブタたちも同じく突進してきた。
迫るブタモンスター。話が通じないと思った俺はそっと握り拳を作り、はぁと溜息をついた。
そして。
――ッダ!
「ごめんなさい!!」
ブタモンスターに対し背中を見せ、回れ右をして駆け足で逃げた。
「ブモオオオオオオオ!!」
夜目を活かして獣道を駆ける俺。後ろからは唸りを上げ木々を薙ぎ倒しながら追いかけて来るブタモンスターの集団が。
夜で暗く土地勘の無さもあってかいつも以上に走るスピードが遅い。でも後ろのモンスターたちがギリギリ追いつけない速度が幸いか。
(まさか第一村人がモンスターなの最悪だ……)
なんとも幸先の悪い展開。いやむしろ幸運。じいちゃんが言ってた神の使徒じゃないだけまだマシなのかも知れない。
そう思っていながらしばらく走っていると。
「――明りだ!?」
木々の隙間にからオレンジ色の明りが見えた。ブタモンスターを巻いてからしばらく経った後に明らかに文明の穂先を感じる展開。
人に会える。じいちゃん以外の種族と話せる。そう思うと俺は自然と笑みがこぼれてしまった。
「あ!」
走りを急停止し木に体を預けて股座に手を向ける。スッと取り出したのはアイテム袋。中から指輪を取り出して指にはめ、ッボン! と煙が一瞬包む。
「……よし」
フードを羽織ったヒューマンの姿(前世の顔)に早変わり。ちゃんと先人たちの知恵を借り、姿を変える。何とか指輪の存在を思い出したのは意外と冷静な証拠だ。
――ガヤガヤ♪
明りの向こうから何やら楽しそうな声が聞こえてくる。嘘かホントか知らないが、モール系の複合施設だとこういったガヤガヤ音は、少し遠くの会話をワザと聞き取り辛くさせるために流されていると前世が言っている。
そんな眉唾知識を思い出しながら、俺は草むらから出て明るい場所に出た。
「ブヒ」
「モンモン!」
「ワン! クゥ~~ン」
「キャキャ!」
「ンゴ? ……ンゴ?」
俺の眼に飛び込んできたのは、幾つもの松明を明りにしなんか知らない肉とかを食べている武装したモンスター集団だった。
ガヤガヤが一斉に止まり俺を注目。
「……」ッス
――ッボン!
すぐさま指輪を外してアイテム袋へ。怪獣族に戻りそのまま股座に収納し、色んな種類のモンスター軍団に右手で会釈して回れ右をした。
当然奴らは。
「ンゴゴゴゴオオオオオ!!??」
武器を手に取り一挙に襲い掛かって来る始末。
「いや運なさ過ぎいいいいいい!!」
開始早々にブタモンスターに追いかけられ、次はモンスターの集団というか一個軍隊に追いかけられる不運。泣き面に蜂とはこのことである。
っせっせこっせっせこ来た道を戻って逃げると。
「ブモオオオオオオオ!!」
俺を追いかけていたブタモンスターに遭遇する訳で。
(左に曲がる!!)
背筋を伸ばして、いや、反り気味で逃げる。木々の間を縫う様に逃げる一方、後ろからは木々を薙ぎ倒しながら追いかけて来るモンスター集団が息を巻いて俺を睨んでいた。
しかし必死に走った功を成したのか、茂みの向こうには小さなオレンジ色の明りが見えた。
またもやモンスター集団が居るかもしれない。でも人の営みかも知れない。前者なら覚悟を決めて闘うが、後者ならば一緒に戦える可能性がワンチャンあるかもと思ってしまう。
「――」
茂みを抜けると同時に答え合わせ。
結論から言うと前者だった。モンスターたちが焚火を囲って団らんしている。しかしもう一つ悲報が。
「あっぶね!?」
断崖絶壁。夜の明りを物ともしない暗い渓谷が現れて危うく落ちそうになった。そしてモンスター集団は崖の向こうにあった。
後ろからは多種多様なモンスター集団。
「ンゴゴゴゴ!!」
そして崖向こうにはぞろぞろと武器を持ち出して待ち構えるモンスター集団。そして一歩先は崖と言った状況に、俺は自分の不幸を呪った。
「あ゛ーもう!!」
にっちもさっちもいかない状態。追いかけて来るモンスター集団の走りはより地鳴りの様に聞こえる始末。
「こうなったらやってやる!!」
拳を作り前に構えて臨戦態勢。そして気合いを入れるためにッドンと右足で地面を踏みしめた。
その瞬間――
――ッガラ!
足元の地面が崩れて俺は重力を感じた。
「なんて日だあああああああああ!!??」
俺はそのまま暗い暗い崖に落ちた。