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第9話 ヒューマン

「……朝だ」


 第二の人生、怪獣族に転生してから、正真正銘青空に昇る太陽を見たのは初めてだ。


 空洞説世界の太陽はもちろん太陽だけど別腹。前世ではごく当たり前の朝だった空に昇る太陽がこんなにも新鮮に感じられたのは、きっと前世の記憶がそうさせてるんだと思う。


 こうして俺が太陽の光を浴びれているのは、崖の下に川が流れていたからに他ならない。まぁ例え地面に落下し追突しても大丈夫な自信はあるが、川に流される成り行きとはいえ、乾いた喉を潤せたのは不幸中の幸いか。


 どんぶらこどんぶらこと、桃の様に流された結果広めの岩場が見えたので上陸。辺りに草木や流木があり、それを搔き集めて焚火を作り暖をとって時間を過ごした。ちなみに火は熱線で点けた。


 空洞説世界からの太陽飛び込み、地上に出れたと思った束の間モンスター集団に遭遇。逃げた先にもモンスター集団、またも逃げた先に集団が。そして崖から落ち無事生還。


 こんな極限状態&興奮状態で眠れるはずもなく、ただ燃ゆる火を眺めて朝を迎えた。


 幸いモンスターの気配を感じない場所だったため、張り詰めた緊張感を持たなくて済んだのはラッキーだった。


 それよりも……。


「腹へったなぁ……」


 お腹が空いた。この川に魚が泳いではいるが、脂が乗り身がパンパンに詰まっている魚はいないのが現状。妥協で小さい魚にしようかと思ったけど、これから育つ様な魚ばかりだったから諦めた。


「はぁ……じいちゃんの言いつけ通り、アイテム袋に干し肉入れてくれば良かったなぁ……」


 思い立ったが吉日とはよく言ったものだが、周到な用意を怠った結果がこれである。ひもじい……。非常にひもじい。

 まぁ一日二日食わなくても大丈夫だから問題ないけど、前世の俺だったら一日断食しただけで発狂。それこそポークピッツな男性器を振り回して遊んでいるところだ。


 当然ただボーっとしていた訳じゃない。己の不幸を呪いながらも、今後どのようにして行動すれば良いか、指輪をしてヒューマンに擬態した方がいいのか否か、火にくべる枯れ木の数だけ悩んだ。


 右も左もわからないなか案の定正解を導き出せるはずもなく、朝を迎えた次第だ。


 だけも道筋は決まっている。


「川を下る」


 川は山から流れやがては海へと還る。その大きな物語の半ばには文明の跡があるのは想像に難くない。しからば川を下るの選択は限りなく正解に近いものだと思っている。


 一応崖を昇るという選択肢もあるが、待っているのは十中八九モンスターなので、岩から凄まじい生命力で生る花に尿をやる思いで選択肢から外した。


「……お腹空いたけど行くかぁ」


 まだ日も昇り切っていない頃会いに、俺は焚火の火を消してこの場を後にした。


 川のせせらぎを聞きながら、少し大きな岩をジャンプで伝って移動。歩くよりもジャンプした方が早いのは、何だか忍者にでもなった気になる。


 モンスターと遭遇しないし、道すがらに見つけた木に生っている実を発見しつまみ食い。味は少し酸っぱい系の実だった。熟してないから酸っぱいのかも判断できない状況だったが、地上に来て初めて食べた物に少なからず感動を覚えた。


 ちなみに水はノーカンだ。


 太陽の日差しが気持ちよく気温も良い。体感的には太陽が昇るにつれ気温も上がっていくから、今の時間帯が最高かも知れない。


 そんな体験や思考をし、太陽が少し昇った時。を感じた。


(……あれ、なんかいい香りがする)スンスン


 微かに漂って来た花の香。鼻腔をくすぐるそれは汗臭くクソ臭いモンスターのニオイとは違い、地上に来て初めて嗅いだいい香り。


 フワッと香るそれはくの字に曲がる川を沿う様に、崖角を曲がった先からだとわかる。


 角を曲がった先には花が咲き誇っているのか。それを確めるべく、ゆっくり歩いて角を曲がった。


「――――」


 そして俺の心臓は握り潰された。


 いや、その様な感覚に陥った。


 ――ちゃぷ。


 花の香りの正体。それは――


(――ヒューマン……?)


 燃えるような長い赤髪。水に濡れた髪は太陽の光を吸収し光沢を見せている。


 水が滴る血の通った色の柔肌は美しい絹の様。自己主張の激しい胸部を他所に、そのくびれは美的観点から見ても美麗。臀部や太ももも肉付きが良く、脚がスラっとしている。


 そう、所に言ういいオンナが裸で水を浴びていた。


「……」ゴクリ


 前世の俺ならば、唾を飲み込んだ拍子に小さな暴れん坊将軍を曝け出して振り回しているところだが、今の俺は――


(――ひゅ、人間ヒューマンだあああああああああ!?)


 正真正銘ヒューマン族の第一村人を発見し、顎が外れそうになるまで開いた口が塞がらなかった。


 モンスターに襲われ崖に落ち、孤独に生きたここまでの数時間。あわや地上はモンスターに占領されたと考えた時もあったが、ここに来てのヒューマン。


 ――ちゃぷ。


 川の水を浴びる姿は美しい。というか、ヒューマンである彼女の一挙動が非常に美しい……。


 モンスターとの遭遇と不幸を味わい、ヒューマンとの遭遇。そしてじいちゃんが言っていた"ヒューマン"の実存在が証明された挙句。


「うぅ……」


 俺は感極まり声を殺して泣いた。


 そんな時だった。


 顔面間隣りの岩肌が薄く発光する短剣に穿かれて爆ぜた。


「!?」


 正面を見る俺。


「はずれたか。そこを動くなモンスター。せいぜい私の裸を見たと冥府で自慢するんだな」


 明確な殺意が俺に刺さる。


 なんでこうなるの……。

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