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第3話「メイド・マリアン」

 カールの朝は意外と早い。

 騎士としての鍛錬を欠かさないカールは朝から早速、素振りから始まる剣を使った鍛錬を始めている。

「……おはよう、サリア君。早いのね」

 木剣を構えた魔法で動く甲冑相手に、同じく木剣で戦うカール。

 そこに、起き出してきたらしいラウラが中庭に入ってくる。

「あ、すまない。もしかして、物音で起こしてしまったか?」

 眠そうに目をこするラウラに対し、申し訳無さそうにカールが応じる。

 が、魔法で動く甲冑はそれを理解しないため、そんなカールに容赦なく襲いかかる。

「と、しまった」

 咄嗟に襲いかかってくる木剣を左腕のガントレットで受け止めたカールは、そのまま右手に構えた木剣を振り、甲冑を停止させるだけの一撃を入れようと試みる。

「浅いか!」

 だが、その一撃は甲冑には刺さりきらず、甲冑は木剣を下げて、続けて突きを披露する。

 飛んでくる突きの一撃をカールは自身の木剣で防ぐ。

「これで……!」

 同時、木剣が橙色に輝き、雷がぶつかりあった剣を伝って甲冑に届く。

「喰らえ!」

 動きが鈍ったその隙を逃さず、カールの追撃が飛ぶ。今度こそ、それは甲冑の動きを停止させるのに十分な一撃となるのだった。

「ふぅ。謝罪中にすまない。起こしてしまったか?」

「……まぁ起きたのは事実だけど構わないわ。元々あなたの家なのだし」

 ふわ、とあくびしながらラウラが言う。

「……ところで、お金持ちはやることが違うわね。練習用の木剣を魔法の発動体にしているの?」

 魔法の発動体はそれなりの値段がする。シンプルに木の枝を杖とするなら安く済むのだが、魔法の発動体の性質を持ったまま、他の用途にも使えるように加工しようとするとかなりの値段になる。

 それは同じ木である木剣であっても同じことだった。

「あぁ、うちでやってるのはウィロー流剣術だからな……」

 サリア家は百年続く正騎士の家系である。それ自体はこの平和な時代においては珍しくないが、中でもサリア家の祖先は代々のこの国家の長、大騎士たるファスタ家に仕えてきたという譜代騎士の家系である。

 その関係で、カールが学んできた剣術もファスタ家が代々使うウィロー流剣術である。

「……歴史の授業で習ったわね。多くの騎士達が魔法使いと剣士で分けて運用したのに対し、ファスタ家は少数精鋭の魔法剣士を育て上げて実戦で戦果を上げた、と。

 ……ってことは、サリア家もその一家だったんだ」

「そういうことだ。と言っても、譜代騎士の中でもウィロー流を今でも使っているところは少ないらしけどな」

 魔武両道とでも言うべきウィロー流は百年前の戦いで多くの敵の不意を討ち、活躍したが、平時に維持するにはコストが高すぎた。

 先に説明したとおり、練習のためには練習用の武器さえも魔法の発動体にしなければならないからだ。

「……道理で見たこと無いわけだわ」

 感心したようにラウラが頷く。

「道理で、って。そんなに騎士の家を覗いたことがあるのか?」

「……さぁね」

「すまない。踏み込み過ぎだったね」

 カールの問いにラウラは答えない。

「カール様、ラウラ様、朝食の準備が整いました」

 そこに執事長がやってきて、カールの訓練は終わりになった。


 食事を終えると、二人は再び各々の部屋に分かれて、登校の準備を始める。

「失礼します」

 そこへ、一人のメイドが入ってきた。

「……あら、マリアンさん、どうしたの? 特に呼んではいないのだけど」

 その来訪に不思議そうにラウラが首を傾げる。そのメイドは実質的にラウラの担当を任せられているこの屋敷唯一のメイド、マリアン・カウフマンであった。

「私が、ラウラ様にお話があるんです」

「……私に?」

「はい。ラウラ様はカール様を狙っていらっしゃるのですか?」

 真剣な目線でマリアンがラウラに問いかける。

「……へぇ」

 面白そうにラウラが口角を上げる。

「……狙う? それってどっちの意味で言っているの? 命? それとも色恋の話?」

「い、命!? 命を狙っているんですか?」

「……まさか。確かに、彼の魂は美味しそうだけど、そのために殺人を犯すほど私も世間知らずじゃないわ」

「お、美味しそう……って……」

 ぺろりと唇を舐めるラウラの動きに、マリアンが後退る。

「……そんなに怯えないで。あなたの魂も美味しそうよ。恋する魂は甘い味がすると言うから」

「ひっ!」

 面白そうな笑顔で一歩踏み出し、囁くように告げるラウラに、マリアンが怯えた様子を見せる。

「こ、恋だなんて、私は……別に」

「……惚けないで。あぁやって尋ねるってことは、あなた、好きなんでしょ? サリア君の事が」

 更に一歩踏み出す。

「し、失礼しました!」

 マリアンは分が悪いと踏んで、速やかに後退。扉から飛び出して部屋を後にした。

「……ふぅん、サリア君、本当にモテるのね」

 その様子を見て、ラウラは興味深そうに頷いた。

「僕がどうしたって?」

 と、部屋の外からカールの声がする。

「……あら、サリア君、どうしたの?」

 ちょうど準備を終えたラウラが部屋を出てカールに応じる。

「いや、ちょうど出かけようとしたら君の部屋からマリアンが慌てて飛び出してきたからどうしたのかな、と思ってね」

「……サリア君、マリアンさんを呼び捨てにする仲なの?」

「まぁ、幼少期からの付き合いだからね。で、何かあったのかい?」

「……」

 ラウラは一瞬どう答えるか逡巡してから。

「……いいえ、別に。ただ、私があなたの命を狙ってないか心配してたみたい」

「マリアンが? ……確かに彼女は少し迷信深いからな。そういう疑いを持つこともあるかもしれない。すまないね、気を悪くしたなら僕が代わって謝るよ」

「……気にしてないから平気よ。それより、行きましょ」

「あぁ。そうだね」

 二人は元々互いを気にせず別々に登校するつもりだったが、こうしてタイミングが合致したからには、そこでわざわざ別々になることを選ぶ理由もない。

 だから、二人は特に気にすることなく、二人でサリア魔法学校へ向かうことを選ぶ。

 それが、学内で大きな騒ぎを起こすとは、まだカールは気付いていない。


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