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第4話「学園パニック」

 サリア魔法学園はカールの父であるクラウスが治めるサリア領の中心地近くに聳える大きな魔法学校だ。

 小中高一貫のエリート教育を施すその学校は名門として名高く、ヴィンセントのように第二子以降をわざわざ遠くの領地から学びに行かせる事もあるほどだ。

 この学校にいるのは身元の確かな名門の人間か実力者かのどちらかなので、跡継ぎ選びのためも兼ねて嫡男がここで学んでいることさえもある。

 そんな中でもやはり一際、人々の注目を集めるのは、このサリア領を治めるクラウスの一人息子であるカールだろう。百年続く譜代騎士の嫡男というのはそれだけの魅力があった。

 そんなカールが女性を伴って学校の校門をくぐったという噂は瞬く間に学内に広まった。

 恋多きカールはこれまでも何度となく女性と付き合っていたが、一緒に登校してくる様子というのははじめてみられた。

 新たなお相手がクール美少女と名高いラウラだというのももちろん、その驚きを大きくしている。

 更に驚きを大きくしている要因が魔法の存在で、この世界には占星術と呼ばれるタイプの魔法が存在していた。

 カールがラウラを伴って登校してくるのを目の当たりにしたゴシップ好き生徒の中でも優れた生徒は、すぐさま占星術を使って、過去視を試みた。

 するとすぐに、カールとラウラがサリア邸から出てきたことが分かる。サリア邸の中はサリア家お付きの魔法使いにより占星術防止の魔法で見通せないが、そこから出てきたことは正門を見るだけで分かった。

 更に優秀な一部の生徒はより過去を確認し、ラウラが昨日の放課後にサリア邸に入って以来一度も外に出ていないことを突き止めた。

 つまり、カールとラウラがサリア邸で一晩をともにした上で一緒に登校してきたことは間違いない。


「だいぶ困ったことになってしまった……」

 朝礼で教師による伝達事項を聞きながら、呆然とカールが呟いた。

 多くの生徒が自身に視線を向けているのに気付かないカールではない。明らかに今日はいつも以上に自分に興味関心が向いていた。

 朝礼が終わる。

「ようー、カール。恋愛辞めるってのはなんだったん……」

 とヴィンセントが声をかけようとするより早く、多くの生徒がカールに殺到する。

 わっと、たくさんの質問がカールに浴びせられる。

「まて、待ってくれ。僕はそんな一度に問いかけには答えられないし、何より、一限目が始まるまで五分もないんだぞ?」

 慌てたようにカールが言うが、誰も聞く耳を持たない。

「そもそも誤解だ。僕はラウラと付き合ってるわけじゃない」

「じゃあ、もう結婚するってこと!?」

 一人のよく通る声が聞こえてくる。

「なんでそうなるんだ、アネット!」

 声の主、ポニーテールに大きなリボンが目立つ小柄な少女であるアネット・フォン・フォーグラーにカールが断固抗議する。

 珍しい女友達であるアネットはカールの幼馴染だが、それ故に特有なおふざけが多い。普段は構わないが、こういうときにされると困る。

「……そうよ、私とサリア君はそういうのじゃないわ。ただ一緒の屋敷に住むことになっただけよ」

 教室の後ろの方で同じく質問攻めを受けていたラウラが淡々とそう答えた。

「ウォルフさん!?」

 瞬間、教室が黄色い悲鳴で満たされた。

「やっぱり結婚するんだね!」

「なんだとー、羨ましいぞ」

「アネット、ヴィンセント、話をややこしくしないでくれ! ウォルフさんも何考えてるんだ」

「……別に。さっさと誤解を解いたほうが良いかなと思って」

 これは早く屋敷の空き部屋を貸し出した話をしないとまずい、とカールが考えたが、それより早く無慈悲な始業の鐘の音が鳴り響いた。

「あぁ……」

 事情説明の機会を逸した、とカールは思った。きっと昼休みまでの間に、カールとラウラが同居している。きっと結婚だ、というような噂が広まってしまうのだろう。

「なんか知らないけど、どんまい」

 その様子にアネットが肩をぽんと叩いて去っていく。

「誰のせいで……」

 がくっと、カールが項垂れる。


(いい気味よ)

 その様子を見て、内心アネットは笑っていた。

(せっかく、マリアンと同居してたのに、そこに女を招くなんて)

 アネットはマリアンの恋を応援していた。

 カールとアネットは幼馴染で、マリアンはカールが小さい頃からのメイドだったので、アネットとマリアンも必然的に知り合いなのだ。

 領地が隣接するサリア家とフォーグラー家は仲がよく、幼い頃からよくサリア邸で遊んだものだったし、その時には年の近いマリアンもよく一緒に遊んだ。

 身分違いなのもあり、マリアンがそう形容されることは少ないが、アネットに言わせればマリアンも立派な幼馴染だった。

 アネットが思うに、カールの心にぽっかり空いた穴を埋められるのは、カールの事情を小さい頃からよく知っているマリアンだけのはずだった。

 過去の経験から、カールは女性不信の傾向がある。恋多きカールはたくさん恋愛をして、そのたびに女性の汚い面に触れ、どんどん恋愛を避けるようになっていった。

 そして、ついに「恋愛を辞めた」宣言だ。

 この宣言はアネットにしてみれば望むところだった。

 恋を諦めたカールが学校で悪い虫に絡まれることはないだろう。ならば、後は屋敷での唯一の異性であるマリアンとの仲が進展するはず、それがアネットの考えだったのだ。

 にも拘らず、その舌の根も乾かぬその日の内に女を屋敷に連れ込んで、同伴登校である。アネットとしては面白くないにもほどがあったし、マリアンの気持ちも察して余りあった。

(カールははやくマリアンと付き合うべきなのよ。それで、また三人でどこかに遊びに行くのよ)

 だけれど、アネットの思い描くカールとマリアンの関係には必ず自分の姿があった。

 それが恋人同士の関係としてはどこかおかしいことに、アネットは気付いていない。


 昼休み。

「よし、ウォルフさん、みんなの誤解を解こう……。って、いない!?」

 カールは立ち上がり、斜め後ろの方にいるはずのラウラの方へ振り返ったが、そこには誰もいなかった。

「愛しのお嫁さんなら、昼休みが始まると同時にすごい速さで出ていったぜ」

 その様子にヴィンセントが笑う。

「ヴィンセント、君だって分かってるだろう。全ては誤解だ」

「誤解? 一緒に住むところまでいったら、流石に誤解じゃねーだろ。俺だって望むだけで同居できるならウォルフさんと同居したいぜ」

 それとも正騎士の次男坊には興味ないんかね、とヴィンセント。

「真面目に聞いてくれ、ヴィンセント。僕とウォルフさんはそんなんじゃない。ただ……」

「ただ、なによ?」

 アネットがジト目でそのやり取りに加わってくる。

「アネットまでなんでそんな目でこっちを見るんだ」

 そんなアネットの視線を浴びたのははじめてで、カールは困惑する。

「いいか、聞いてくれ。この件は、僕じゃない。お父上の意向なんだよ」

「お父上? クラウス様の? ……何をしたの?」

 その言葉に先に反応したのはアネットだ。幼馴染であるアネットは当然クラウスのこともよく知っている。

「父上の意向! つまり許嫁ってことか!」

 とヴィンセントは面白そうに手を叩く。

「ちょっとヴィンセントは黙って。カール、クラウス様は何をしたの」

「うっ、すみません」

 だが、鋭いアネットの一睨みを受け、ヴィンセントは思わず黙る。

「実は……」

 こうして、漸くカールは事情を説明することに成功する。

「そうだったの……。その、カールはいいの? そうやって女の子を家に引き入れることになって」

 事情を聞いたアネットはカールに尋ねる。カールの意志を捻じ曲げた選択だと感じたのだ。それは同時に自分が先程まで感じていた気持ちへの罪悪感によるものでもあった。

「良くはないが……。とはいえ、お父上がお決めになったことを僕の一存で却下することは出来ない」

「じゃあこれからも入居希望者が現れたらそれを受け入れるっていうの?」

「その人がよほど問題児でなく、かつ空き部屋が余っている限りは、そうなる」

 アネットの問いかけにカールが頷く。

「そりゃいい。やがてはハーレムの結成だな、カール」

 面白そうにヴィンセントが笑う。

「だったら!」

 それを遮るようにアネットが机を叩く。

「私も住む! サリア邸に!」

「え?」

「駄目なの?」

「い、いや、な、なんでかな、と」

「来るもの拒まないなら、理由はどうでもいいでしょ。カール一人のところに女の子がたくさん住むなんて、そんな状況、幼馴染として放っておけないよ」

「いや、たくさん住むわけでは……」

「おおっと、アネット選手、嫉妬ですかぁ?」

「ヴィンセントっ?」

「すみません」

「じゃ、今晩中に荷物まとめて、そっち行くから、受け入れの準備しといてよ」

 そう言うと、アネットは教室を後にしようとカールたちに背中を向ける。

「お、おい、アネット? どこへ行く」

「学食よ。カール達も早く食事しないと、昼休み終わっちゃうわよ」

 そう言って、アネットは教室を去っていく。

「俺達もお昼にするか」

 ヴィンセントが苦笑しながら弁当を取り出す。カールもそれに続く。

「そういや、ウォルフさんも弁当なのか?」

「そのはずだ。うちの料理長がいつもより多めに昼ご飯を作ってたからな」

「ふぅん、どこで食べてるんだろな」

(まぁ、それは予想つかなくはないが……)

 言わない方がいいだろうな、と、カールは沈黙を選んだ。


 それらのやり取りを橙の魔力をまとわせて密かに聞きながら、ラウラは屋根の上で弁当を食べていた。

「……もう早速入居者が増えるのか。本当にモテモテね、サリア君」

 どうでもよさそうに、ラウラが呟いた。


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