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第2話 お爺ちゃんは反撃を開始する

 聖メルキアン学園物語とは、五年ほど前に流行った乙女ゲームじゃった。

 孫のつる子が、これを欲しがったのでクリスマスに一緒にヨドバシカメラに行って買ってやったものじゃ。

 小学生だったつる子には操作が難しかったようで、「じーじ、一緒にやろう」と言われて、わしはつる子をだっこして何回もやったものじゃ。


 ゲームのシステムはたしか、主人公アリシア嬢となって、メルキアン学園に入学してから、卒業までの時間をすごし、能力を上げ、四人のハンサムボーイと親密になり、誰かに告白されてめでたしめでたし、というたわいの無いゲームじゃった。

 つる子は王子さまのクリス君が大好きで、何度も何度も、クリス君のお話をクリアしては、うっとりしておったな。

 ゲームに出てくるお話しも、舞踏会あり、文化祭あり、デート有りで、女の子が夢見る物が、これでもかと、一杯つまっておった。


 そうそう、今の状況じゃが、主人公にさんざん意地悪を仕掛けていた、悪役令嬢のイライザが、ついに、悪事の証拠をハンサム君たちに掴まれ、公衆の面前、グラウンドに続く階段で、糾弾されて、王子からは婚約を破棄される所じゃな。

 後半も後半、この後は、意中のハンサムくんに魔法の樹の下に呼ばれて、告白されるイベントしか無い時点じゃぞ。


 ……。


 わし、大ピンチじゃな。

 ははは。


 たしか、この後は、侯爵家が不正を暴かれて没落、イライザ嬢は国外追放であったかな。


「聞いているのかっ! イライザッ!」


 クリス王子がイライラした様子で金髪をゆらしておる。


「ちょっと、静かになさってくださいませ、今、考え事をしてますの」


「この後に及んで、何を考えるというんだっ!」


 マッチョ騎士のアランは、腰の剣に手を置き、そっくり返って大声を出す。


「ふ、なんとか逃げようというのですか、逃がしはしませんよ」


 イヤミ眼鏡のニコルは、片眼鏡を、くいっとあげて宣言する。


「やっぱり、いじめは良く無いと思うんですよ、僕は」


 可愛い感じのヤマトくんは、わしに向かって、口をとがらした。


 ああもう、ハンサムボーイズよ、すこし静かにしてくれんか。

 今は、それどころではないわい。


 何が何だかわからんが、とりあえず軽率に罪を認めるのは止めようではないか。


 この後、ゲームのイライザ嬢は取り乱し、怒り、アリシア嬢に掴みかかって撃退されて、階段を無様に転げ落ちるんじゃ。

 その一枚絵を指さして、つる子は「ざまぁ」と毎回言ったものだが、当の本人になっては冗談ごとではないわ。

 イライザ嬢が、本当にやってしまった悪事はしかたがないのじゃが、幾つか腑に落ちない点があるのう。

 ゲームをやっている時にも、それは疑問に思っておったんじゃが、女児のやるものに、それほど綿密な考証を要求してもなるまいと、はしゃぐ孫を見ながら黙っておった所じゃ。


 よし、とりあえず、一つ一つ、問題を解決していくかのう。


「さて、クリス様、すこしお聞きしたいのですが」

「なんだ?」

「まず、あなたさまは、なんの権限があって、王家と、侯爵家との婚姻の約束を解消されるというのですか?」

「!」


 まず、これが、一つ目の疑問じゃ、このゲームの舞台には、魔法があるとはいえ、おおまかな世界観は第一次大戦の前じゃ。

 日本でいうと幕末、明治ごろの文明開化の時代じゃな。

 その時代の封建社会というものは現代とは違い、婚姻は家と家との約束のはず、王子といえども気軽に破棄できるものではあるまい。

 婚姻する子供たちに相手を選ぶ自由なぞ無いはずじゃ。

 もちろん、そんな中でも、特に相手が悪質と思えば婚約は解消されるのじゃが、それを決定するのは当然の事ながら家長じゃな。ここでは、王様がそれに当たると思われるのう。


 もちろん、クリス王子が事前に王様へと話が通してあるのなら、しかたが無いのじゃが。


「だ、だまれ、僕は王子だぞ、もちろん、婚約破棄できる位の権力はあるに決まっている」


 あ、これは話が通ってないわな。

 しめしめ。


「家と家との婚姻の破棄を、なにゆえ、このような衆目の面前で行うのですか? ご不満があれば使者を父に出し、交渉し、その後、権利者両者での面談により、婚約を破棄なされればよろしいのに」

「そ、それは、ニコルが、糾弾すると言うから」

「え? 王子、王子が糾弾すると言い出したはずですが」

「ニ、ニコルが、イライザの尻尾をつかんだというから!」

「え? いえ、僕がつかんだのは、イライザの実家の侯爵家の不正の証拠ですが」

「イ、イライザの物ではないのか?」

「え、ええ、でも、これは確実な物です、どちらにしろ侯爵家は破滅しますよ、それぐらいの証拠です」


 うむむ、いかんな実家の侯爵家が大ピンチじゃ。


 ニコルくん、という男は、ゲームの中でも成績優秀で出来る男の鏡のような男じゃ。

 それが、確実と言うのだから、いかなわしでも侯爵家を救う手は無いかもしれんな。


 ちなみに、ニコルくんは、孫のつる子には『イヤミ眼鏡』と言われて一番嫌われておった。

 わしの評価では、四人の内、一番いい男だと思ったのじゃが。

 仕事が出来る男の魅力は小学生には通じなかったようじゃな。

 まあ、わしの評価も、こういう出来る部下を持つと色々楽じゃから、という物じゃから、つる子を責められんがな。


「で、では良いではないか、早いか遅いかの違いだ」

「……、ニコル様、その証拠とやらは、どちらからご入手を?」

「え? いや、信頼出来る筋から、貰った……」

「自分でお調べになったわけでは?」

「いや、説得力のある証拠だったから……」

「裏取りはなされましたの?」

「……し、していない」


 うむ、やはり、おかしい。

 シナリオの不備かと思ったのじゃが、どうも不自然だのう。

 婚約破棄と実家の不正行為、同時に起こる物じゃろうか。

 いや、まあ、起こらないという保証は無いのじゃが。


 しかし、宰相の息子というのに、証拠の裏取りをしてないのは未熟じゃな。

 信頼した相手からの情報でも、念のため裏取りはするもんじゃ。

 それが誰かを破滅させるような大事ならば特にのう。

 情報には誰かの人生がかかっている時もあるのじゃぞ。


 イライザ嬢の実家の何と言ったかのう、そうじゃ、アシュビー家か。

 その領地はどこかのう。

 と、思っていたら、脳内に地図のイメージが出てきた、ふむ、首都から馬車で一時間という所か。

 南側でかなり広いのう。

 しかし、これはイザベラ嬢の記憶か?

 だとしたら、彼女の自我はどこに行ったのじゃ?

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