「なんだよ、王子もニコルも、そんな甘い証拠でイライザを糾弾してたのかよ、ふがいねーなー」
筋肉ハンサムのアランが自信満々に一歩前に出てきおった。
「そうすると、さぞやアラン様はとびきりの証拠をお持ちなのですね」
「ああ、そうともさ、観念しな、あんたのそのイヤミな顔も今日までだ、なにしろ俺とヤマトの二人で実際に見た証拠だ」
「そ、そうですよ、僕たちは、アリシアさんを誘拐して口では言えないような事をして、王子の目の前から遠ざけるという非道な行為の証拠を握ってます」
むむ、なんたること、イライザ嬢はそんな悪辣な事を。
はらはらしている
「これは、アリシアさんを誘拐しようとした悪漢が持っていたものです!」
「あとはアリシアも聞いたよな」
「え、あ、はい、その、悪漢が『これでイライザさまも大喜びだ』と、言ってました。この耳ではっきり聞きましたよ」
アリシア嬢がはっきりと宣言した。
この子はなんとのう、つる子に似ておるのう。
あまり頭はよろしくない感じじゃが、明るくて素直な感じじゃ。
「……」
「……」
「……」
「え? それだけですの?」
「え、あ、はい、そうですけど……」
なんじゃ、そのような事では証拠にもならないのう。
人に濡れ衣を着せる典型的な手法ではないか。
「侯爵令嬢たる、私がどうやって悪漢と知り合えるのかしらね?」
「そ、そんなこと知りませんけど」
「お前は馬鹿だから、夜の街とかでひっかけたんじゃねえのか」
アランくんはそう言うがイザベラ嬢の記憶をたぐっても、夜の街で遊んだ光景は出てこぬなあ。
勉強をしたり、ダンスのレッスンをしたり、なかなか真面目に忙しくしているわい。
影で頑張る子だったようじゃな。
「夜の街に出て、うっかり依頼主の名前を喋ってしまうような質の低い悪漢を雇うわけなのですね。ご丁寧に紋章が入ったハンカチを渡して」
アランとヤマトくんとアリシア嬢は、じっくりと、紋章入りハンカチを凝視した。
君たち、じっとにらんでも証拠の信頼度は上がらんぞ。
「もしも、私がそういう事をするなら、侯爵家の兵を使いますわよね」
「そ、そうかもしれない」
「しかも、ばれてしまったら身の破滅ですから、よほど能力が高い者をやといますわね」
「そりゃそうだな」
「アランさまは、私ども侯爵家の兵のとびきりの者と戦って、無傷でアリシア様を助け出せるのでしょうか?」
「そ、そいつはヤバイかもな、世の中には強い奴はいっぱいいるしよ」
「……そう言われると、奴らはずいぶんとあっさりと逃げて行きましたね」
三人の顔が疑問でいっぱいになった。
なんとも簡単に騙されたものよのう。
「ヤマト、よく考えたらそういう場合って、アリシアが一人の時を狙わないか? いくらでも隙があったよな」
「はい、さらわれそうなのを見て僕は動転しちゃって、必死に追いかけましたが。よく考えると、僕をやり過ごした後にさらうこともできたのに……」
「いくらイライザが馬鹿だからって、紋章入りハンカチを悪漢に渡したりしないかもなあ」
「馬鹿でも渡しませんわ。なんで悪漢に悪事の証拠となるものを渡すんですの?」
「おかしいですわね、皆さん」
「そ、それは確かに」
「ちょっと、仮に状況を進めてみましょうか?」
「状況を進めるとは? 王子のこの僕に謝罪して撤回しろと、そういうのかっ?」
クリス王子が怒りの表情でそう言った。
なんだなあ、ゲームの時の印象と大分違う感じじゃなあ。
なんとも残念な王子であるわい。
「いえ、このまま事態が進むと、どういう事になっていたか、想像してみませんこと、ニコルさま」
「……というと」
「なぜ、今日一日で三件の問題が同時に起こっているのかしら」
「……偶然ではないかな……」
「では、偶然に王子に婚約を破棄されて、そのあと、その証拠で侯爵家が没落したとします」
「あ、ああ」
「その後で、アリシアさんの誘拐事件に、何かおかしい事があったと気がついたら、ニコルさんは責任を持って再捜査してくださったかしら」
ニコルくんの目が泳いだ。
「……し、しない」
「え、そこは、しようぜ、ニコル、正義じゃないだろうが」
「アラン……。出来ないんだ。一度没落させ、婚約を破棄してしまったら、後ではもう、どうしようもない」
「そうですわね、そして、あなた方は、なんだか腑に落ちないのですけれども、没落した憐れな侯爵令嬢の事など心の隅にかたづけて暮らしていくのでしょうね」
「だ、だって、濡れ衣じゃんかよ」
「そうなったら、もう、引き返せないんだ、ヤマトの国に覆水盆に返らずという言葉があるという、元に戻せない事もある。何十年後かに、名誉だけは回復できるかもしれないが……」
「い、陰謀だったの? 本当に?」
「さあ、それはどうでしょうね。これからの調査次第ですわ」
「調査? 何をだ?」
「ニコルさんの持っている不正の証拠とはなんですの?」
「え、いやそれは。……ああ、言うべきか、領地での税の横領の二重帳簿だ、そしてそれに怒った住民が反乱を起こしているという」
あ、それはやばいのではないか。
いかんな、住民を巻き込んでの事か。
だが、もしかすると。
「まだ住民の反乱は起こってない可能性がありますわね」
「え、どうして? ……あっ、そうかっ! 婚約破棄を起爆剤にしてっ!」
「そう、もしや、これから起こすつもりではなくって?」
「そうか、略取誘拐容疑で、イライザさんを追い込んで、クリス王子に婚約破棄をさせ、その風聞を使って住民に反乱を起こさせる。そういう絵図かっ!」
さすがはニコルくんじゃわい、感が鋭いのう。
儂の仮説と寸分違わぬ事を思いつく。
「ニコルさん、我が領地は馬車で一時間ほどですわ、情報の裏を取りにいきませんこと? もちろん私も付き合ってあげても良くってよ」
「イライザ、いや、イライザさん、行きましょう、僕をはめようとした者が居るならば、然るべき報いを受けさせたい!」
「俺もいくぜ、嫌な奴であっても濡れ衣をかけるのは良くない事だからな」
「僕もいくよ、イライザさん、疑ってごめんよ」
「まだ良いですわ、ヤマトくん。そういう仮説も考えられるというだけで、真実アシュビー家が不正をし、住民が反乱を起こしている可能性もありますわ」
「ど、どうしたの、イライザさん、いつもと全然違うよ、なんか凄く頭が良くなってる感じだよ」
「まあ、その、私、生まれ変わったような気分ですのよ」
しかし、
なんとも不思議な事じゃて。
「わ、私どうすればいい?」
「あ、王子さま。そうですわね、アリシアさんを送っていってくださいませんか?」
「え? 私は一人で帰れるわ、イライザさん」
「悪漢がまた来るかもしれませんわよ」
「イライザさんは、事実を調べに領地の方に行くんでしょ、城下まで一緒に馬車に乗せて行ってください、おねがいっ」
アリシア嬢はにっこり笑って儂に頼み込んだ。
このアリシア嬢はクリス王子に惚れてはおらんのか?
今はゲームの最後の方なんじゃがなあ、このままだと誰にも告白されずに卒業エンドじゃぞ。
「しかたがありませんわね。ではみなさん行きましょう」
「わ、私はどうすれば……」
「クリス王子は王宮へお帰りなさいまし。あ、それから、婚約破棄については謹んでお受けいたしますので、王様にお話しを通してくださいましね」
「い、いやそれはっ!」
「ごきげんよう」
まあ、後でフォローしてやるからの。
今はしおれておれ。
とりあえず、今は、誰かの陰謀かどうかを確かめんと。
領民に被害が出たら、偉いことじゃわい。
もちろん、我がアシュビー侯爵家が本当に悪さをしておった、というならば、それは甘んじて責任を引き受けなければなるまいて。
それは調査次第じゃのう。