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第4話 お爺ちゃんは領地をめざす 

 バカランバカランと馬車を引く馬はリズミカルに王都の石畳を走っていく。

 この馬車はニコル君の家の物で五人乗り黒塗りの大型高級馬車じゃな。

 わしとニコル君、アラン君、ヤマト君、アリシア嬢がむっつりと黙って座っておるな。

 王都の町並みは記憶にはあるが、実際に目で見るのは初めてじゃから興味深い。


 この世界、時代的には西洋中世と近代の境目ぐらいの発達具合じゃわい。

 日本で言うと、江戸と明治の境目ぐらいかのう。

 ヤマト君などは、歴史の夜明けがまだの蓬莱国から頑張って船で、ここ、メルキアン公国へと留学してきたそうだ。

 なんとも偉い人間だのう、ヤマト君は。

 明治維新の立役者たちが西欧を留学して沢山の知識を持って帰った事を彷彿とさせるの。


「あ、あの、イザベラさま」

「何かしらアリシアさま?」

「その、ええと、もしも陰謀でしたら、その晴れると良いですね、その際は、私が疑いを掛けたことを改めて謝罪いたします」

「ふふ、それは調査しだいね、まだ早いわ」

「そ、そうですね、あ、あの、なんだか人が替わられたような感じで、その、今のイザベラさまは、とても安心感があるのです」


 まあ、中身は爺じゃからな。

 ほんにつる子とよく似た素直な良い子よの、アリシア嬢は。


「あら、ありがとう」

「そ、それでは失礼いたします。また明日、顛末を教えてくださいませ」

「分かった、安心したまえ、アリシアくん」

「俺達が全部秘密を暴いてやるからさ」

「また明日ね、アリシアさん」


 王都のパン屋、『黄金の小麦亭』の前に馬車は止まり、アリシア嬢は下りていった。

 ドアが閉まっても、何回もお辞儀をして、彼女は小動物のようじゃな。


「なんだか……、今日はアリシアに優しいな、お前」

「アランさま、身分差ってご存じですかしら?」

「ちっ、そこは変わって無いか」

「変わってないというよりも、騎士爵のお前が侯爵令嬢にため口するのがおかしいのだ」

「アランさんは腕っ節が強くて頼りになるんだから、もっと礼儀とか身に付けようよ」

「ちえー、やぶ蛇だ」

「まあでも、まだ学生ですから、多少は割引ますわ、ため口でもかまいませんことよ」

「……」

「……」

「やっぱり、お前、中身違うだろう」


 まあ、中身は爺じゃからな。

 若い者の多少のつっぱり気分は許してやろうとは思うのだ。

 アランくんも騎士団に入り仕事で偉い人の警護とかすれば自然に言葉遣いも変わって行くだろうしの。


「イザベラさん、やはり領地ではまだ反乱は起こっていないと考えるのか」

「我が家の領地、アッシュビー領は王都から近いですので、先週領城へ行きましたの。その時は不穏な気配はございませんでしたわ」

「ふうむ」

「だがよう、イザベラの目線では見えない下々の動きだったかもしれねえぜ」

「とりあえず、領城まで行き、領都や村を見て裏取りをいたしましょう。ニコルさまの情報では、もう反乱は始まっておられるのでしょう?」

「ああ、今朝始まったから急いでイザベラ嬢を糾弾すべきだと……」

「その助言はどなたですの?」

「私の学問の師だ、嘘を言うような人物ではないが……、証拠の侯爵家の二重帳簿を渡して来たのは今にして思うと都合が良すぎたかもしれない」


 宰相の家の学問の師匠といえば、相当な学者だろう。

 学者の先生がそんな捏造の証拠を出して、後で嘘であると判明したら、大変な問題になる。

 であるからして、この重大な証拠は真実で、イザベラ嬢を追い詰められる! とニコル君が信じてしまったのも無理はあるまい。


 馬車は郊外に出た。

 土を固めた街道になり、多少馬車が跳ねるようになった。

 あと、一時間もすればアッシュビー領に入る。


 わしは後をふり返り、馬車後部の小さい窓から、二騎の巡回役人が近づいてくるのを確認した。


 ふむ。


 わしらが馬車に乗りアッシュビー領に向かえば追っ手が掛かるかも、と予想したが、本当に来たわい。


 巡回役人というのは、街道の治安を守るパトロール警官のような役目の者じゃな。

 本来なら警戒するべき者ではないが……。


「アランさま、二騎の巡回役人が追って来ております」

「ん、おお、来てるな、どうした?」

「忌憚ない評価を下してくださませ、アランさまは、あの二騎の巡回役人を斬れますか」

「え、何言ってるんだ、イザベラ、巡回役人を斬る必要なんか……」

「斬れますか? 私の見立てでは、片方がアラン様と互角です、あとの一人をニコル様、ヤマト様で対応しなければなりません」

「え……、あ、確かに二人とも腕が立ちそうだが……」

「追っ手なのか、イザベラさん」

「はい、たぶん、この馬車を止めるように命令してきます」

「「「!!」」」

「この馬車は侯爵家の馬車だ、巡回役人に停止の権限は……」

「そこの馬車!! 止まりなさい!!」


 目の細い巡回役人が馬上で大声で停車を命令した。


「ぼっちゃん、どういたしやすか?」


 御者が不安げな表情でニコルに聞いてきた。

 ニコルは馬車の窓を開けた。


「この馬車はケールソン侯爵家の物だ、巡回役人に誰何されるいわれは無いぞ!!」

「お止まりください、その馬車には重要な犯罪に関わる女が乗っております」

「停止命令に応じない場合、侯爵家の馬車といえど実力行使いたしますぞっ!」


 巡回役人の一人が懐から小型クロスボウを出して御者を狙った。

 これは決まりじゃな。

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