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戦う嫁

 刑天。

 神話時代に中国を順に治めた三皇五帝、の三皇が一柱たる炎帝神農えんていしんのうに仕えし巨人。

 主君である神農が黄帝に敗れ、五帝の時代に移ろうとするも、ただ一人敵を討つべく戦い続けた忠臣。

 やがて激闘の末に頭を切り落とされるが、両乳首を目に、臍を口に変えて顔を作り、なおも戦いの舞を踊ったという。


「おのれ屈辱」地の底から、そいつが吼えた。「なぜ我が憎き黄帝の名に縛られなければならぬのか!」


 砂山をかき分け、地中から首のない巨人が浮上して立ち上がる。

 上半身は裸、胴には怒りに燃える顔。片手に斧を、もう一方の手に盾を持つ。

 紛れもなく、刑天であった。


「いいから、女神となったうちに黙って従いな。それがこの地の契約だからネ」

 刑天が出てきた時に、その切れた首の上に乗った娘娘が冷酷に命を下す。

「さあ、我がチウ国の敵を滅ぼせ!」


「なれば、速攻で終わらせよう。いずれ反抗の隙は見つける、覚えておれ!」

 咆哮を上げた刑天は、やむなく自分と同等サイズの女神に躍り掛かる。


 メティスは背を城壁に預け、どうにか振り下ろされた斧持つ手を受け止めて耐えた。

「ま、丸腰の女神相手に酷くない?」


「不運を呪いナ」

 首の上から娘娘が煽った。

「うちの狙いはピュトン神殿だったけど、途中に他守護神がいたからには葬っておくヨ。後ろの連中も巻き込むが女神たちを恨むんだネ」


「え?」

 衝撃で揺すられる城壁上で、どうにかブリコは事態を悟る。

「もしか、あたしらいなきゃこの街スルーしてたわけ?」


「当然、脆弱な人間だけなら眼中になしヨ」


「ど、どうやら」メティスも把握した。「わたしたち女神がここに来たことで実現しちゃう予言だったみたいね」


 新人女神と隊長、兵士たちは衝撃の事実に声をそろえる。

『……えー』


「やっちまいナ、刑天」


 容赦ない娘娘の指示で、刑天は力を込める。すでに両手で彼の片手を押さえていた女神はひとたまりもない。


「くっ、背丈おんなじといえど。わたしは知恵の女神で戦神じゃないんだから。こりゃキツいわよ!」


「さ、さっきやる気になってたじゃん、頑張って!」


 無責任に応援するしかない新人。対する巨人女神は徐々に斧を近付けられながら唸る。


「よ、予言からして、せいぜい人間が困る程度でまさか同じ巨人でこんな強いやつが来るとは思ってなかったもの」


「メティス女神を守れ!」


 我に返ったように隊長が命令する。

 従って、部下たちは弓や大砲を刑天に向けて放ちだした。

 されど、いくつもの矢や砲弾が命中しても巨兵はたいして怯まず腕力すらほとんど衰えない。


「てか、あんたも手伝いなよ新人女神!」


「いやだって」請う先輩に、ブリコはあたふたする。「あたし基本あなた達に頼まなきゃ何もできないし、召喚できるのも一度に一体だけだし。この状況で他の出したら、あなたが消えて街が!」


「なんだ、ギリシャ守護神族の嫁は情けないネ」

 娘娘は嘲笑った。

「自分ができることも理解してないのかい」


「あんた神話に詳しいんだろ、全部覆せる代役くらい召喚できるはず! だって――」


 増しゆく刑天の腕力で、言葉を途切れさせるメティス。それでも必死な叱責に、ブリコは頭をフル回転させて叫んだ。


「――主神ゼウスの名において命ずる、ギリシャ神話召喚。いでよ、戦略女神パラス・アテナ!」


 途端、メティスは消えだす。

 最後に横目を後輩に向けて、彼女は言葉を残した。

「がんばりな、同じろくでなし男の相手として応援してるよ」


 かくして、知恵の女神の巨体は閃光に消えた。

 だのに、刑天の腕は動いていなかった。

 いや、さっきまではむしろ徐々に振り下ろされていたのが、今はぴたりと止まっている。


「よくおれを選んだな、新人女神ハイカブリコ」


 よく観察すれば、メティスと入れ替わって敵の腕を押さえていた神が言った。

 ただし、彼女は普通の人間サイズで宙に浮いている。

 迷彩服の上に甲冑を着込んだ、長身で凛々しい顔立ちの女神。アテナだった。


「状況はゼウスの全能性で共有されいくらか既知だ。願いは、こ奴を倒せといったところかな」

 力む刑天の巨大な腕を片手で軽々と止めながら、アテナは言う。


「お願い、できる?」


「容易い」ブリコに軽く答えるも、戦女神は付け加える。「ただし、貴様が新たな女神に相応しいかは疑問だ。中国神話の嫁となった元人間の女神は自力で倒せ。条件は同等、できるはずだからな」


「え、いやだってあたし神を呼ぶことしか!」


「貴様が手にしたのは〝神話召喚〟だ。あとは自分で解決しろ!」


 厳しく叱るや、アテナは一瞬手を放して刑天の胴に接近。顔面を殴る。

 それだけで、上に乗っていた娘娘を置き去りに首なし巨人はぶっ飛んだ。


「むう!?」刑天は唸る。「何という武勇。黄帝にも引け劣らんな」


 空中で回転し、遠く離れた砂漠に着地する。


「明確な主神のいない中国神話の神なぞと比較されるとはな」

 飛んでいって追い付き、アテナは槍と盾を虚空からそれぞれの腕に出現させるや見下す。

「おれは主神ゼウスの子なれど、本来父を超えうるとされた女神。主神相応の力量を持つと心得よ!」


 槍と斧の激突は、サイズは全く違うも互角の白兵戦を演じだした。



 他方。刑天から振り落とされた娘娘は城壁上に着地していた。

 即座に、周りにいた兵士たちが剣を構えるが


 ふぁさと、娘娘は団子にした髪を徐に解き、セミロングにして振り乱していた。いつの間にか、手に自分の背丈ほどの棒を握っている。


 両端に金色のたががはめられた鉄棒。そいつをひゅんひゅんとバトンのように回転させて操り、振るう。

 途端。一瞬だけ棒が十メートルくらい伸び、兵士たちを薙ぎ倒す。一部は城壁から下に落とされた。


「くっ、おなごとて加減はいらぬか。掛かれ!」

 何とかしゃがんで避けていた隊長が指図し、部下たちが斬りかかる。


 しかし、視認できないほどの早さで縮んだり伸びたりする棒を、しかも棒術としか形容できない華麗な身のこなしで操作する娘娘に次々のされていく。

 棒自体の破壊力も凄まじく、盾を構えた重装歩兵が正面から何人も串刺しにさえされている。


 押し倒される兵士に巻き込まれる形で、ブリコも壁から落とされた。

 が、ゼウスに連れられて以来宿ったままな飛行能力でどうにか空中に留まる。


 そして推測した。


「まさか、如意金箍棒にょいきんこぼう!?」

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