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終戦の嫁

 如意金箍棒。

 通称、如意棒にょいぼう。中国四大奇書が一つ、『西遊記』において猿の妖怪孫悟空そんごくうが使う武器としての知名度がある。

 特殊金属、神珍鉄しんちんてつ製で使用者の意思に応じて伸縮自在。けれども重さは常に数トンという代物だ。


「そのくらいは知ってるようだけど、そこまでみたいネ」

 如意棒を扱っているとしか思えない娘娘は、兵を薙ぎ倒しながら嘲笑う。

「同じ神の嫁でも、ギリシャ神話の嫁は無知ネ。守護すべき民が死にゆくのを、指をくわえて傍観してるといいヨ!」


「やめなさい!」

 飛行術しか使えない新人女神は全力で体当たりして阻もうとするが、


「邪魔だネ」

 兵たちと戦うついでに一瞬伸ばされただけの如意棒に突かれ、真上に吹き飛ばされた。


(本人も認めたし、如意棒なのは間違いないはず!)

 女神として得た身体が頑丈だからか、たいして痛みはなかった。ただ全く歯が立たない、空の彼方へ飛ばされいくつも雲を突き抜けながらブリコは対策を練ろうとする。

(だとしたら予備動作もなくあんなの取り寄せられて重さは何トンもあるのに使えるなんて。でなくても兵士たちを無双できるあんな格闘術、スペック違いすぎじゃないの!? だいたい、『西遊記』って神話でもないじゃない!)


 眼下の隅に、膨大な砂煙がちらついた。

 刑天とアテナが戦っているのだろう。彼女からの、これ以上の助力は期待できそうにない。


 そういえば、戦略の女神は言っていた。


「中国神話の嫁となった元人間の女神は自力で倒せ。条件は同等、できるはずだからな」と。


 メティスもブリコの知らないことを知っていたし、戦略戦術にも通じ知恵の女神を継いでもいるアテナがそう踏むからには打開策があるということなのだろうか。こんなに実力差があるようでも、条件は同じというのか。

 ブリコは必死に考え、端緒をつかむ。


(そうか。そもそも今の自分は元世界の容姿じゃない、日本人なのにギリシャの女神になってる。娘娘も本来は全く違う肉体なのかもしれない。あの武術に優れた身体も黄帝の嫁になるとき得たとか? じゃあ美貌だけ望んだ時点でやっぱあたしの負けじゃないの)


 嫌なイメージを頭を振って消す。


(いいえ、全知全能のゼウスを通じてある程度事態を把握してるって前置きしながらアテナが何とかなるって見越してるのよ! しっかりしなさいあたし!)


 そこで閃く。


(そう、自分の知識使いなさいよ。伝説まで含むっていう広義の意味で『西遊記』も神話に内包されてるのかも。そも如意金箍棒は伸縮自在、孫悟空はあれを小さくして耳に入れて携帯してた。棒を出す前、娘娘は髪を解いた。同じように持ってて、あのとき取り出したとすれば!)


 ゼウスの言葉も思い出す。


 神話召喚で「一度に呼べる神話〝的〟存在は同種のものは一つだけ」。


 呼べるのは神話〝的〟存在。同種のもの。

 初めから、神話の神々しか呼べないなんて言われてない。予備動作もなく如意棒を出したんじゃなく、予めそれを出して耳に隠してたとしたら。


「神と同種でない、広義の神話的なものも同時に呼べるのかも!」


 成層圏の辺りでようやく勢いが止まり、ブリコは下に向き直って唱える。


「主神ゼウスの名において命ずる、ギリシャ神話召喚――!」


 宇宙から、星まで貫く雷が落ちる。


雷霆ケラウノス!」


 それは出会ったとき、ゼウスが持っていた雷のような槍の名称だ。手中に握られて出現したそいつを、落雷と一緒に地上へ投じる。


「――あ、やべ」


 瞬間に思った。


 余裕なく、とっさに脳裏をよぎった最強の武器だった。

 最強すぎた。


 神話通りなら、あれは宇宙を破壊することすらできてしまうのだ。

 慌てて雷霆らいてい自体を消そうとするも、放出されたエネルギーは無慈悲に降り注いだあとでもう遅い。


『なっ!?』

 遥か眼下で、アテナと刑天と娘娘は声をそろえてゾッとした。

 とんでもないものが降ってくると、神の域にある彼らには感じ取れたのである。


「あのバカ娘め、やり過ぎだ!」

 アテナが真っ先に戦いを離れ、上空に飛んで盾を構える。


「一時休戦だな、相殺に成功しこの世が持てばだが!」

 続いて、刑天も隣に跳躍して同様に巨大な盾を構える。


「五帝黄帝の名において命ずる」

 最後に血相変えた娘娘も城壁を飛び立ち、如意棒を消して唱えた。

「中国神話召喚。いでよ、宝貝パオペイ対極図たいきょくず!」


 宝貝。

 それは中国の古典神怪小説『封神演義ほうしんえんぎ』において、仙人たちが作った各々固有の特殊能力を秘めた道具だ。

 中でも太上老君たいじょうろうくんが所有する最強の宝貝が、対極図である。

 乾坤けんこんを打開し陰陽を分かち四象ししょうを治める、というその効能は、早い話が〝なんでもできる〟。


 長大な巻物として出現したそいつが開かれ、二神の盾と一緒に雷霆を受ける。


 終わりを知らない極太の雷が、三神によって阻まれるも、消えることもなく狭間で荒れ狂った。


「抑えてて!」


 お蔭で空から勢いをつけて落下したブリコは追いつけた。


らい」自ら放った一撃の脇を掠める際、もう一度ケラウノス自体で相殺を試みる。「てい!」


 稲妻の大爆発。

 雷霆は大部分が消滅したが、余ったエネルギーは斜め上に反らされ気圏を突破。彼方の星々を貫きながら、宇宙の果てへ消えていった。


 ずどどどん!


 膨大な煙を巻き起こし、四つのクレーターを築いて四柱の神が衝撃によって砂漠に墜落。

 戦いは終わった。

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