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第9話 その言いがかりは誰のため?


「ちょっと待ちなさい、シーナ・サウス!」


 何ですか? 急に人を呼び止めて。

 振り返れば険しい表情で睨む侍女。


 淡い金髪を引っ詰めた真面目そうなツラ。腰に手を当て胸を張っても、無いものは無いから無駄ですよ。顔はまあちょっとばっかし可愛いけど。侍女服なんて私よりも着こなしてやがる。


 ちっ、生意気な。


 どうせ私は可愛くないですよぉだ。ふんっ。


 こいつは同僚のルーシー・スーです。生意気でこうるさい女なんですよね。私のライバルを自称している身の程知らずで、日ごろより何かと私に突っかかってくるのです。


 今日も数人の侍女を従えて威嚇しにきやがりましたよ。


 てめぇは群れをなす猿山のボスですか。


 せっかく学園から帰宅したお嬢様の着替えを手伝い、洗濯女中ランドリーメイドに渡すのを口実にお嬢様の制服をクンカクンカできる至福の時間を堪能していたというのに。


 あゝ、お嬢様の汗の匂い……控え目に言ってサイコーです!


「シーナさん、顔が変態になっていますよ」

「失敬な」


 お嬢様を前にすれば顔だけではなく私の全てが変態になるのです。


「それで何か御用ですかボス猿……じゃなかったルーシー・スー」

「ス以外あってないじゃない!」


 ボス猿と書いてルーシーと読むんだから同じ事です。


「聞いたわよ。私達の敬愛するマリーンお嬢様が学園で孤立されておいでだそうじゃない」

「何やってるのよ、この能無し」


 学園に干渉できない侍女に何せぇっちゅうねん。群れるしか能の無い猿どもが、お前らは山へ帰ってバナナでも食ってろ。


「それにヴァルト殿下ともこのごろ疎遠になっているらしいわね」

「きっとシーナさんの服選びのセンスが悪いせいよ」

「まったく、主人の身繕い一つ満足にできないの?」


 学園は制服オンリーじゃ。センスもへったくれもあるかいな。猿は猿らしくテメェらは互いの毛繕いでもやってろ。


「ちゃんとお嬢様のフォローをしていたのかしら」

「あなたそれでも専属侍女なの」

「私達がお嬢様のお側にいればこんな事にはならなかったのに」


 だーかーらー、学園に入れないんだって。どうやってお嬢様の側に控えろつーの。


「やっぱりあなたにマリーンお嬢様をお任せはできないわ!」

「そーよそーよ」

「潔く身を引いて専属侍女の座を私ルーシー・スーに明け渡しなさい」

「そーよそーよ」


 ルーシー・スーめ、相変わらず訳の分からん事をほざきやがって。その後ろの金魚のフンどものバックコーラスがまたウザい。


「これからは専属の仕事はマリーンお嬢様親衛隊の私達が引き受けます」


 ルーシー・スーがふんぞり返って宣言し、金魚のフンどもがパチパチと拍手喝采。


「言いたい世迷い事はそれだけですか?」

「世迷い事ですって!」


 キーキー喚くなダボハゼが。だいたい何がマリーンお嬢様親衛隊ですか。自称のくせに。


「私はマリーンお嬢様と奥様の信任を受けて専属侍女となったのです」


 私がずいっと接近するとルーシー・スーが後退あとじさる。この程度でけおされるとは所詮ボスと言っても猿は猿。


「それに意を唱えるのは不敬でしょう」

「脅したって無駄よ。あなたの体たらくを奥様に直談判して専属から引きずり下ろしてやるんだから」


 ルーシー・スーが何かほざいとりやがりますが完全無視。中指を丸め親指で押さえてタメを作ってルーシー・スーの顔前に突きつける。


 そして、問答無用でデコピン炸裂!


 ――バシッ!

「きゃぅ!?」


 ボス猿のくせに意外と可愛い悲鳴を上げますね。


「な、何をするのよ!」


 ルーシー・スーが額を抑えてうずくまり、怨みがましい涙目を向けてきました。まあ、恐くもなんともありませんけど。


「アトランテ伯爵家は実力主義。無き者に発言権はない」


 口で語る前に拳で語れ!


「次に死にたいやつ前に出ろ!!」


 えっ、それは実力じゃなくて暴力が支配するヒャッハーな世界ですって。いいんですよ、アトランテ伯爵家は武門の家柄なんですから。


「私はまだ死んでないわよ!」

「この野蛮人!」

「私達親衛隊を舐めないでよね!」


 かかって来いやと右手でクイクイッと手招きすれば、立ち上がったルーシー・スーを先頭にスカートの下から武器を抜いてひゃっはーと飛びかかってくる。


 ふっ、笑止!


 猿どもの攻撃を掻い潜り、私は再び中指を丸めて親指でタメを作る。


「ぬるいわ!」


 お前らなんか指一本で十分。全員デコピンの刑です。


 ――バチンッ! バチンッ! バチンッ!


「んきゃっ!」

「ひゃんっ!」

「いった〜い」


 全員私の指先一つでダウン。床にきゅうっと仰向けに倒れた。額からはデコピンの摩擦熱でプスプスと煙を上げている。


「未熟者め、その程度の実力でよくお嬢様の親衛隊を名乗れたものです」

「私達マリーンお嬢様親衛隊が手も足も出ないなんて」

「なんという馬鹿力!?」

「このゴリラ女!」


 ふんっ、何とでも言うがいい。所詮お前らは負け犬。お嬢様をお守りできる力を身につけて出直してらっしゃい。


「それでは私はお嬢様のお世話がありますので」


 優雅にカーテシーを披露すると、私は何事も無かったかのように踵を返してルーシー・スー達を置いて立ち去った。


「お、お嬢様のお世話を独り占めなんて」

「うらやま悔しい!」

「覚えてなさいシーナ・サウスゥゥゥ!」


 背後からルーシー・スー達の恨み言が聞こえてきます。ですが、弱者は不要。もっと鍛えてから出直してきなさい。


「やはり、マリーンお嬢様をお守りできるのは私だけね」


 さあ、明日もはりきって学園に潜入ですよ!


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