ライナスが4歳になってから数日後、ハルオは約束通り魔法の基礎を教えてくれることになった。
「さあ、ライナス。まずは魔法の基本から教えるよ」
「はい、お父さん」
ライナスは緊張していた。この世界に来てから魔法を何度も目にしてきたが、自分が実際に使えるかどうかは分からない。
(スキルなしの状態で魔法を覚えることができるのだろうか……)
「魔法っていうのはね、体の中にある魔力を使って起こす現象なんだ」
ハルオが説明を始める。
「魔力は誰でも持っているものなのかい?」
「そうだね。多い少ないはあるけれど、人間なら誰でも魔力は持っているよ。ただし、それを上手に使えるかどうかは別の話だ」
ライナスは安堵した。少なくとも魔力は持っているらしい。
「まずは魔力を感じることから始めよう。目を閉じて、体の中に流れるものを感じてみるんだ」
「体の中に流れるもの……」
ライナスは目を閉じて集中してみた。最初は何も感じられなかったが、しばらくすると微かに温かいものが体の中を巡っているような感覚があった。
(これが魔力……?)
「どうだい? 何か感じるかい?」
「うん……何か温かいものが体の中にある気がする」
「おお、それが魔力だ! 初日で感じ取れるなんて、なかなかの才能だね」
ハルオが喜んでいる。ライナスは内心で複雑な気持ちになった。
(才能があるのか……でもこれは前世の知識のおかげかもしれない。概念を理解していれば、感じ取るのも早いはずだ)
「次は、その魔力を手のひらに集めてみよう」
「手のひらに?」
「そう。魔力を手のひらに集めて、小さな光を作るんだ」
ライナスは言われた通りに挑戦してみた。体の中の温かい感覚を、意識的に手のひらに向けて流してみる。
しかし、何も起こらなかった。
「うーん……できない」
「最初は難しいからね。焦らなくていいよ」
ハルオが励ましてくれるが、ライナスは少し焦っていた。
(魔力は感じられるのに、使うことができない……やはりスキルがないと難しいのか?)
「今日はここまでにしよう。毎日少しずつ練習すれば、きっとできるようになるよ」
「分かった……」
ライナスは少し落ち込んでいたが、諦めるつもりはなかった。
(前世の知識を活かせば、必ず上達できるはずだ)
それから毎日、ライナスは魔法の練習を続けた。
最初の数日は何も起こらなかったが、一週間ほど経った頃、ついに手のひらに小さな光が灯った。
「できた……!」
「おお! ライナス、やったね!」
ハルオが大喜びしている。ミエも駆け寄ってきた。
「すごいじゃない! この子は本当に魔法の才能があるのね」
「うん! できたよ!」
ライナスも素直に喜んだ。しかし同時に、ステータス画面を確認してみた。
【名前:ライナス】
【レベル:1】
【スキル:なし】
相変わらず何も変わっていない。
(魔法を使えるようになったのに、スキルは身につかないのか……このシステムの仕組みがよく分からない)
しかし、魔法を使えるようになったという事実は変わらない。ライナスは練習を続けることにした。
その後数週間で、ライナスは基本的な光の魔法をマスターした。手のひらに光を灯すだけでなく、光を移動させたり、明るさを調整したりできるようになった。
「ライナスは本当に覚えが早いね」
「お父さんより上手になってるんじゃない?」
両親は褒めてくれたが、ライナスは慎重だった。
(あまり目立ちすぎるのも問題かもしれない。前世の知識があるとはいえ、4歳児としては上達が早すぎるかも……)
そんなある日、村に大きな騒ぎが起こった。
「大変だ! 森に魔物が現れた!」
村人の一人が血相を変えて駆け込んできた。
「魔物だって?」
「ゴブリンが数匹、村の近くまで来てるらしい」
「子供たちは家の中にいるように!」
村中が慌ただしくなった。ライナスも両親と一緒に家の中に避難した。
「魔物って怖いの?」
ライナスは子供らしく質問してみた。
「そうだね……ゴブリンはそれほど強くないけれど、油断はできない。鋭い爪と牙を持っているからね」
ハルオが説明してくれる。
「村の人たちは戦えるの?」
「農民だから、そんなに強くはないよ。でも、みんなで協力すれば何とかなるはずだ」
しばらくすると、外から男性たちの声が聞こえてきた。
「よし、ゴブリンは全部倒したぞ!」
「怪我人はいないか?」
「大丈夫だ、みんな無事だ」
騒ぎは無事に収まったようだった。ライナスは窓から外を見ると、村の男性たちが農具を手に集まっているのが見えた。
(この世界では、こうした危険が日常的にあるのか……)
ライナスは改めて、この世界の厳しさを実感した。
(俺も将来は魔物と戦うことになるかもしれない。もっと強くならなければ……)
その夜、ライナスは真剣に考えていた。
(魔法はある程度使えるようになった。でも、これだけで十分なのだろうか……)
翌日、ライナスはハルオに相談してみた。
「お父さん、僕ももっと強くなりたい」
「強く? どうしてだい?」
「昨日みたいに魔物が来た時、みんなを守れるようになりたいんだ」
ハルオは少し困ったような顔をした。
「ライナス、君はまだ4歳だよ。魔物と戦うなんて、まだ早すぎる」
「でも……」
「それに、村には大人がたくさんいるからね。君が無理をする必要はないんだ」
ライナスは納得できなかった。前世の記憶がある分、4歳児として扱われることに違和感があった。
(確かに体は4歳児だが、頭は30代の大人だ。もっとできることがあるはずだ)
しかし、それを表に出すわけにはいかない。ライナスは我慢することにした。
数日後、村に旅の商人がやってきた。
「お疲れさまです。この村で一晩泊めていただけませんか?」
商人は40代くらいの男性で、大きな荷車を引いていた。
「もちろんです。どうぞゆっくりしていってください」
村長が快く迎えた。
ライナスは商人に興味を持った。外の世界の情報を持っているかもしれない。
「おじさん、どこから来たの?」
「君は? ああ、可愛い坊やだね。僕は王都から来たんだよ」
「王都? すごく大きな街?」
「そうだよ。この村の何十倍も大きくて、たくさんの人が住んでいるんだ」
商人は親切に答えてくれた。
「王都には魔法使いもたくさんいるの?」
「もちろんだよ。魔法学院もあるし、宮廷魔法使いもいる」
「魔法学院……」
ライナスは興味を示した。
(魔法を本格的に学べる場所があるのか……)
「坊やも魔法に興味があるのかい?」
「うん! 僕、光の魔法ができるよ!」
ライナスは手のひらに小さな光を灯してみせた。
「おお! 4歳でもう魔法が使えるのか! これはすごい才能だ」
商人が驚いている。
「本当ですか?」
「本当だよ。普通は6歳か7歳になってから魔法を覚えるものだ。君はかなりの天才かもしれないね」
ライナスは嬉しかった。しかし同時に、少し心配にもなった。
(やはり目立ちすぎているのかもしれない……注意が必要だ)
商人は一晩村に泊まり、翌朝出発していった。しかし、彼がライナスのことを覚えていることは間違いなかった。
「あの商人さん、ライナスのことをすごく褒めてたね」
ミエが嬉しそうに話している。
「うん。でも、あまり自慢しちゃいけないよ」
ハルオが注意した。
「どうして?」
「魔法の才能があまりにも優れていると、色々な人に狙われることがあるんだ」
「狙われる?」
「悪い人たちが、君を利用しようとするかもしれない。だから、外の人には魔法のことはあまり話さない方がいいよ」
ライナスは理解した。
(確かに、あまり目立ちすぎるのは危険かもしれない。この世界にも人攫いのような犯罪者がいるのだろう)
それから、ライナスは魔法の練習を続けたが、外の人には見せないように注意するようになった。
5歳になった頃、ライナスは光の魔法に加えて、簡単な水の魔法も覚えていた。
「ライナス、今度は火の魔法を教えてもらおうか」
ハルオが提案した。
「火の魔法? 危なくない?」
「小さな火なら大丈夫だよ。でも、とても注意深く練習しないといけないね」
ライナスは火の魔法に挑戦した。これまでの光や水とは違い、火は扱いが難しかった。
最初の数日は全く火が出なかった。魔力を火の属性に変換することが、思った以上に困難だった。
(属性の変換……これは前世の知識だけでは対応できない部分だ)
ライナスは試行錯誤を続けた。魔力の流れ方や、意識の向け方を細かく調整していく。
一週間ほど経った頃、ついに指先に小さな火が灯った。
「できた……!」
しかし、火はすぐに大きくなってしまった。
「わあ!」
ライナスは慌てて火を消そうとしたが、方法が分からない。
「ライナス!」
ハルオが駆け寄って、水の魔法で火を消してくれた。
「大丈夫かい?」
「うん……でも、火が大きくなっちゃった」
「火の魔法は制御が難しいんだ。もっと慎重に練習しないといけないね」
ライナスは反省した。
(魔法には危険も伴う。もっと慎重にならなければ……)
それから、ライナスは火の魔法の練習をより慎重に行うようになった。小さな火を灯し、それを維持することから始めた。
制御の練習を続けているうち、ライナスは魔法の理論について深く考えるようになった。
(魔力を属性に変換する過程で、何が起きているのだろう……)
前世の科学知識と、この世界の魔法理論を組み合わせて考えてみる。
(もしかすると、魔力は一種のエネルギーで、それを様々な形に変換しているのかもしれない……)
ライナスは独自の理論を構築しながら、魔法の練習を続けた。
そして6歳になった頃、ライナスは火・水・光の三つの基本魔法をある程度使いこなせるようになっていた。
「ライナスの上達は本当に早いね」
「この調子なら、将来は立派な魔法使いになれそうだ」
両親は喜んでいたが、ライナスは新たな目標を持っていた。
(基本魔法はマスターした。次は、もっと高度な魔法に挑戦してみたい)
しかし、ハルオが教えられるのは基本魔法だけだった。より高度な魔法を学ぶには、別の師匠が必要だった。
「お父さん、僕、もっと色々な魔法を覚えたい」
「そうだね……でも、お父さんが教えられるのはここまでなんだ」
「じゃあ、どうしたらもっと学べるの?」
「そうだなあ……街に行けば、ちゃんとした魔法使いがいるかもしれない。でも、ライナスはまだ小さいからね」
ライナスは考え込んだ。
(街に行けば、もっと高度な魔法を学べるかもしれない。でも、まだ6歳の子供が一人で街に行くのは無理だ)
しかし、ライナスには別の考えがあった。
(独学で魔法を研究してみるのはどうだろう……前世の科学知識を活かせば、新しいアプローチが見つかるかもしれない)
ライナスは魔法の独自研究を始めることにした。
まず、魔力の性質について詳しく調べてみることにした。魔力がどのような仕組みで属性に変換されるのか、より効率的な使い方はないのか……
(この世界の常識にとらわれず、前世の知識を活かして新しい魔法理論を構築してみよう)
ライナスの新たな挑戦が始まった。彼はまだ知らなかったが、この独自研究が将来的に大きな成果をもたらすことになる。
しかし、今はまだ6歳の少年だった。できることには限界があったが、それでも彼は諦めずに前進し続けた。
(この世界で生きていくために、俺なりのやり方を見つけよう)
ライナスは決意を新たにして、魔法の研究に取り組み続けた。