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第3話


ライナスが6歳になってから数ヶ月が経った頃、彼の魔法研究は着実に進歩していた。


毎日の基礎練習に加えて、独自の理論構築に時間を費やしていた。しかし、その成果はまだ形になっていなかった。


「うーん……」


ライナスは一人で森の中にいた。人目につかない場所で魔法の実験をするためだった。


(魔力を属性に変換する時、一体何が起きているんだろう……)


手のひらに小さな火を灯し、じっと観察する。火の魔法を使う時の魔力の流れを意識的に感じ取ろうとしていた。


(前世の物理学知識で考えると、エネルギーの変換が起きているはずだ。でも、この世界の魔法はそれだけでは説明できない……)


しばらく実験を続けていると、背後から声がかかった。


「坊や、こんなところで何をしているんだい?」


振り返ると、見知らぬ老人が立っていた。70代くらいに見える男性で、長い白髭を蓄えている。質素だが品のある服装をしていた。


「あ……えっと……」


ライナスは慌てた。魔法の実験を見られてしまったかもしれない。


「魔法の練習をしていたのかい?」


「はい……でも、人に迷惑をかけないように、こっそりと……」


「ほほう、感心だね。で、どんな練習をしていたんだい?」


老人は優しい笑顔を浮かべている。悪い人ではなさそうだったが、ライナスは警戒していた。


「基本的な火の魔法です」


「そうかい。見せてもらえるかな?」


ライナスは迷ったが、老人の雰囲気に押されて手のひらに小さな火を灯した。


「ほほう……6歳でこれだけの制御ができるとは……なかなかの才能だね」


「ありがとうございます……」


「ところで坊や、魔法の仕組みについてどんなことを考えているんだい?」


老人の質問に、ライナスは驚いた。


「仕組み……ですか?」


「そうだよ。魔法がどうして起きるのか、考えたことはないかい?」


(この人は……ただの老人じゃないかもしれない)


ライナスは慎重に答えた。


「魔力を使って、色々な現象を起こすんだと思います」


「ふむ……それは表面的な理解だね。もっと深く考えてみたことはないかい?」


「深く……」


ライナスは迷った。自分の理論について話すべきかどうか……


「君が一人でここで練習していたということは、何か独自に考えていることがあるんじゃないかい?」


老人の洞察力に、ライナスは驚いた。


「実は……魔力が属性に変わる時のことを調べているんです」


「おお、興味深い。どんなことが分かったんだい?」


ライナスは意を決して話し始めた。


「魔力は最初は無属性だと思うんです。それが意識によって属性に変換される……でも、どうして変換できるのかが分からなくて……」


「なるほど……君は本当に考えているんだね」


老人が感心している。


「ところで、君の名前は?」


「ライナスです」


「私はアルベルトという。よろしくね、ライナス君」


「よろしくお願いします、アルベルトさん」


アルベルトは少し考えてから口を開いた。


「ライナス君、君の考えは正しい方向にある。魔力の属性変換は確かに重要な問題だ」


「本当ですか?」


「ああ。実は、これは魔法学の基礎中の基礎でありながら、最も難しい問題の一つなんだよ」


ライナスの心が躍った。自分の研究が間違っていなかったのだ。


「もしよろしければ、君の研究を手伝ってもいいかな?」


「えっ? でも、僕はまだ子供ですし……」


「年齢は関係ないよ。大切なのは探究心だ」


アルベルトの提案に、ライナスは心を動かされた。


(この人から学べることがあるかもしれない……)


「お願いします!」


「よし、それじゃあ定期的にここで会おう。君の両親には内緒にしておいた方がいいかもしれないね」


「どうしてですか?」


「君の研究はかなり高度な内容だ。両親が心配するかもしれない」


ライナスは納得した。確かに、6歳の子供が高度な魔法研究をしていると知ったら、両親は驚くだろう。


それから、ライナスは週に2〜3回、アルベルトと森で会うようになった。


「今日は魔力の性質について詳しく調べてみよう」


「はい!」


アルベルトは博識だった。魔法に関する知識だけでなく、この世界の歴史や文化についても詳しかった。


「魔法は古代から存在していたが、体系的な研究が始まったのは比較的最近のことなんだ」


「最近というと……?」


「300年ほど前かな。それまでは経験と勘に頼った魔法使いがほとんどだった」


ライナスは興味深く聞いていた。


「理論的な研究が進んだおかげで、魔法の効率や安全性が大幅に向上したんだよ」


「そうなんですね……」


「君が今やっている研究も、そうした流れの延長線上にある」


アルベルトの指導は実践的だった。理論だけでなく、実際に魔法を使いながら説明してくれる。


「魔力を火属性に変換する時、君はどんなことを意識している?」


「えっと……熱いものをイメージして……」


「なるほど。イメージは確かに重要だが、それだけではない」


アルベルトが手のひらに火を灯してみせる。しかし、その火はライナスが作るものとは明らかに違っていた。


「この火は普通の火よりも安定している。なぜだと思う?」


「うーん……魔力の制御が上手だから?」


「それもあるが、もっと根本的な理由がある」


アルベルトが説明を続ける。


「私は魔力を変換する時、分子レベルでの変化をイメージしているんだ」


「分子レベル……?」


ライナスは驚いた。この世界にも分子の概念があるのか。


「君は分子について知っているかい?」


「少しだけ……」


ライナスは慎重に答えた。前世の知識をどこまで明かすべきか迷っていた。


「物質は小さな粒子でできている、という考え方だね」


「はい」


「魔法も同じなんだ。魔力で物質の分子構造を変化させることで、様々な現象を起こしている」


(この人は……一体何者なんだ……)


ライナスは驚愕していた。この世界の魔法理論が、予想以上に科学的だったのだ。


「君の表情を見ると、驚いているようだね」


「はい……魔法がそんなに科学的だとは思いませんでした」


「科学と魔法は対立するものではない。むしろ、互いに補完し合うものなんだよ」


アルベルトの言葉に、ライナスは深く感銘を受けた。


(この人から学べることは、想像以上に多そうだ……)


数週間の指導を受けた後、ライナスの魔法技術は飛躍的に向上していた。


「今度は複合魔法に挑戦してみよう」


「複合魔法?」


「二つ以上の属性を組み合わせる魔法だよ」


アルベルトが実演してみせる。彼の手のひらに氷が現れた。


「これは水属性と冷却効果を組み合わせた氷魔法だ」


「すごい……」


「君もやってみるかい?」


ライナスは挑戦してみた。水の魔法は使えるので、それに冷却効果を加えてみる。


最初は失敗続きだった。水が氷になる前に消えてしまったり、制御を失って暴走したりした。


「難しい……」


「複合魔法は高度な技術だからね。焦らず、じっくり取り組もう」


アルベルトの指導を受けながら、ライナスは練習を続けた。


一ヶ月ほど経った頃、ついに小さな氷を作ることに成功した。


「できた……!」


「素晴らしい! 6歳で複合魔法を使えるなんて、驚異的だよ」


ライナスは嬉しかった。しかし、同時に不安もあった。


(あまりにも上達が早すぎるかもしれない……)


「アルベルトさん、僕の成長は普通なんでしょうか?」


「普通ではないね。君は間違いなく天才だ」


「でも、それって……問題になりませんか?」


アルベルトは真剣な表情になった。


「確かに、君の才能は注目を集める可能性がある。しかし、それを恐れる必要はない」


「でも、お父さんが言ってました。才能がありすぎると狙われることがあるって……」


「君のお父さんは賢明だね。確かにそうした危険もある」


アルベルトが考え込む。


「だからこそ、君には正しい知識と力を身につけてもらいたいんだ」


「正しい知識と力……」


「そうだ。才能だけでは身を守れない。しっかりとした理論と実力があれば、どんな困難も乗り越えられる」


ライナスは理解した。


(確かに、中途半端な力では危険かもしれない。しっかりと学んで、本物の実力を身につけよう)


それから、ライナスはより一層真剣に魔法の研究に取り組むようになった。


アルベルトから学ぶ理論は高度で、時には理解するのに時間がかかった。しかし、前世の知識があることで、他の子供よりも理解が早かった。


「魔法の本質は、世界の法則を理解し、それを操ることなんだ」


「世界の法則……」


「物理法則、化学法則、そして魔法特有の法則……これらすべてを理解することで、真の魔法使いになれる」


ライナスは感銘を受けた。この世界の魔法は、予想以上に奥深いものだった。


7歳になった頃、ライナスは基本的な四属性(火・水・風・土)の魔法をすべて使えるようになっていた。さらに、いくつかの複合魔法も習得していた。


「君の成長速度は本当に驚異的だね」


「ありがとうございます、アルベルトさん」


「そろそろ、次の段階に進んでもいいかもしれない」


「次の段階?」


「魔法の創造だよ」


ライナスは興味を示した。


「自分で新しい魔法を作るんです?」


「そうだ。既存の魔法を組み合わせたり、新しい理論を適用したりして、オリジナルの魔法を開発するんだ」


(魔法の創造……これは面白そうだ)


「でも、僕にできるでしょうか……」


「君なら大丈夫だよ。これまでの研究で、十分な基礎は身についている」


アルベルトの信頼に、ライナスは勇気づけられた。


「やってみます!」


こうして、ライナスの新たな挑戦が始まった。魔法の創造という、より高度な研究に踏み出したのだ。


しかし、彼はまだ知らなかった。この研究が将来的に、彼にとって重要な意味を持つことになるということを。


(前世の知識と、この世界の魔法理論を組み合わせれば、きっと何か新しいことができるはずだ)


ライナスは希望に満ちた気持ちで、新しい研究に取り組み始めた。


彼の才能と努力、そしてアルベルトの指導が組み合わさることで、どのような成果が生まれるのか……それは、まだ誰にも分からなかった。

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