ライナスが魔法の創造に取り組み始めてから数週間が経った。
彼は毎日のようにアルベルトと会い、新しい魔法の理論について議論していた。しかし、今日のアルベルトは少し様子が違っていた。
「ライナス君、今日は少し真剣な話をしたいことがある」
「真剣な話……?」
いつもの優しい表情とは違い、アルベルトの顔には緊張感があった。
「実は……君について、確認したいことがあるんだ」
「僕について?」
ライナスは不安になった。何か悪いことをしてしまったのだろうか。
「君は……この世界で生まれたのかい?」
突然の質問に、ライナスは心臓が止まりそうになった。
(まさか……転生のことを知っているのか……?)
「ど、どういう意味ですか……?」
「君の知識や考え方が、この世界の6歳……いや、7歳の子供のものとは思えないんだ」
アルベルトの鋭い指摘に、ライナスは動揺した。
「特に、分子や物理法則についての理解が異常すぎる」
(バレてしまった……どうしよう……)
ライナスは必死に言い訳を考えたが、アルベルトが続けた。
「もしかして君は……別の世界から来たのではないかい?」
「……っ!」
ライナスは息を呑んだ。まさか転生について直接聞かれるとは思わなかった。
「どうして……そんなことを……」
「実は……私もそうだからだよ」
「えっ……?」
アルベルトの告白に、ライナスは愕然とした。
「私も別の世界から転生してきた人間なんだ」
「嘘……」
「本当だよ。元の世界では科学者をしていた。物理学と化学が専門だった」
ライナスは混乱していた。まさか自分以外にも転生者がいるとは……
「君の反応を見ると、やはりそうなんだね」
「……はい」
ライナスは観念して答えた。
「僕も……前の世界では別の人間でした」
「そうか……やはりそうだったんだね」
アルベルトが安堵の表情を浮かべる。
「実は、君に初めて会った時から薄々感じていたんだ。この世界の常識にとらわれない発想、科学的な思考……転生者でなければ説明がつかなかった」
(アルベルトさんも転生者……だとしたら……)
「あの……前の世界では何歳だったんですか?」
「65歳だったよ。大学で物理学を教えていた」
「そうなんですね……僕は30歳のサラリーマンでした」
「30歳か……君も大変だったんだね」
アルベルトが同情するような表情を見せる。
「この世界に来てからどれくらい経つんですか?」
「私は40年ほど前に転生してきた。君と同じように赤ん坊からスタートだった」
「40年……」
ライナスは驚いた。アルベルトはこの世界で既に40年も生きているのだ。
「最初は本当に困惑したよ。魔法なんてものが存在する世界だからね」
「分かります……僕も最初は信じられませんでした」
「でも、科学者としての知識が役に立った。魔法を科学的に分析することで、この世界なりの理論を構築できたんだ」
(それで魔法についてあんなに詳しかったのか……)
「君も前世の知識を活かして魔法を学んでいたんだね」
「はい……でも、アルベルトさんほど体系的にはできていませんでした」
「それは当然だよ。私は40年かけて研究してきたからね」
アルベルトが笑顔を見せる。
「でも、君の発想力と理解力は素晴らしい。短期間でよくここまで理解したものだ」
「ありがとうございます……」
ライナスは複雑な気持ちだった。転生者だということがバレてしまったが、同時に理解者を得られた安堵感もあった。
「ところで、君は元の世界のことをどれくらい覚えているんだい?」
「ほとんど全部覚えています。科学の知識も、社会常識も……」
「それは貴重だね。私も同じだが、転生者によっては記憶が曖昧になる人もいるらしい」
「他にも転生者がいるんですか?」
「ああ。私が知っているだけでも数人いる。ただし、みんな身を隠して生活している」
ライナスは興味を示した。
「どうして隠しているんですか?」
「転生者の存在は、この世界では禁忌とされているからだ」
「禁忌……?」
「神々の領域を侵す異端者として扱われる可能性がある。場合によっては宗教裁判にかけられることもある」
ライナスは背筋が寒くなった。
「そんなに危険なんですか……」
「残念ながらね。だから、転生者であることは絶対に秘密にしなければならない」
「分かりました……」
「ただし、君には幸運なことに私がいる。同じ転生者として、君をサポートできる」
アルベルトの言葉に、ライナスは救われた思いがした。
「本当にありがとうございます……一人でいろいろ考えるのは辛かったんです」
「その気持ちはよく分かるよ。私も最初は孤独で仕方なかった」
「アルベルトさんは、どうやってこの世界に適応されたんですか?」
「時間をかけて、少しずつだよ。最初は魔法が信じられなかったが、科学的に分析することで受け入れられるようになった」
アルベルトが昔を懐かしむような表情を浮かべる。
「そして、この世界なりの目標を見つけることが重要だった」
「目標……?」
「私の場合は、魔法と科学を融合させた新しい学問を作ることだった」
「魔法と科学の融合……」
ライナスは興味深く聞いていた。
「この世界の魔法は、まだまだ発展途上だ。科学的な知識を応用すれば、大幅に進歩させることができる」
「それは素晴らしい目標ですね」
「君にも、何か目標を見つけてほしい。それがあれば、この世界で生きていく意味を見出せるはずだ」
ライナスは考え込んだ。
(僕の目標……何だろう……)
前世では特に大きな夢や目標もなく、ただ日々を過ごしていた。しかし、この世界では違うかもしれない。
「今すぐ決める必要はないよ。時間をかけて考えればいい」
「はい……」
「それより、今日からは君ともっと深い話ができそうだね」
アルベルトが嬉しそうに言う。
「転生者同士でしかできない話もたくさんある」
「例えば……?」
「元の世界の科学技術を、この世界の魔法で再現できるかもしれない」
ライナスの目が輝いた。
「それは面白そうです!」
「だろう? 私も君のような若い転生者と出会えて嬉しいよ」
それから二人は、前世の世界について語り合った。
アルベルトの世界は、ライナスの世界より少し進んだ科学技術を持っていたらしい。量子物理学や遺伝子工学なども発達していたという。
「君の世界はどうだった?」
「インターネットやスマートフォンが普及していました。でも、科学技術はそれほど進んでいませんでした」
「インターネット……情報ネットワークだね。それは興味深い」
「はい。世界中の人と瞬時に情報をやり取りできるシステムでした」
「魔法でそれに似たようなことができるかもしれないね」
アルベルトが思考を巡らせている。
「通信魔法の発展形として、情報ネットワークを構築する……面白いアイデアだ」
「本当にできるんですか?」
「理論的には可能だと思う。ただし、技術的な問題は山積みだろうけど」
二人の会話は尽きることがなかった。前世の知識を共有し、この世界での応用可能性について議論する時間は、ライナスにとって非常に刺激的だった。
「今度から、もっと高度な魔法理論を教えることができそうだね」
「お願いします!」
「ただし、君の成長速度には注意が必要だ」
「注意……?」
「あまりにも急激に強くなりすぎると、周囲に怪しまれる可能性がある」
アルベルトが真剣な表情になる。
「転生者だということがバレれば、命に関わる危険もある」
「分かりました……気をつけます」
「君の両親には、魔法の才能があるということ以外は話さない方がいい」
「はい」
「そして、私との関係についても秘密にしておこう」
ライナスは頷いた。確かに、あまりにも高度な指導を受けていることを知られれば、疑問を持たれるかもしれない。
「でも、これで君も一人じゃなくなった。何か困ったことがあったら、遠慮なく相談してほしい」
「ありがとうございます、アルベルトさん」
ライナスは心から感謝していた。転生者としての孤独感が、大きく軽減されたのだ。
「それじゃあ、今日からは本格的な魔法研究を始めよう」
「はい!」
「まずは、君の前世の知識を整理して、この世界の魔法と照らし合わせてみよう」
こうして、ライナスとアルベルトの本格的な共同研究が始まった。
二人の転生者が持つ知識と経験を組み合わせることで、この世界の魔法学に新たな風が吹き込まれることになる。
しかし、彼らはまだ知らなかった。転生者としての正体を隠しながら生きることの困難さを、そして彼らの研究が将来的にどれほど大きな影響を与えることになるのかを……
(これからが本当のスタートだ)
ライナスは決意を新たにした。同じ境遇の理解者を得た今、この世界で自分なりの道を歩んでいこうと思ったのだ。