エルミオンの中央市へ足を踏み入れたドルジークは、すぐに耳をふさぎたくなった。
屋台を組み立てる木槌の音、香草を売る客引きの声、あちこち走り回る荷車。
あらゆる騒音が彼の思考をかき乱す。
「ここを手伝え。屋台の搬入が終わらん」
ゲオルはそう言うと、腕を組んで広場の指揮に戻っていった。
ドルジークの背後には、腰ほどの高さしかない荷役用小型
丸い胴に大きな車輪、前面の赤い単眼が愛嬌をかもしだす。
見ようによっては、古びたおもちゃのようでもあった。
鋳鉄でできたそのボディには、『コロッタ マーク23』と銘が打たれている。
「コロッタ、タスクだ。荷物搬送」
「ピ」
コロッタは小さな両腕で苦労して木箱を抱え上げ、ガタついた屋台の裏からヨロヨロと進み出てきた。
どこか健気で、一生懸命な動作。
しかし、敷石のわずかな段差に前輪が引っかかり、一瞬浮いたかと思うと、盛大な音を立てて木箱ごと横転した。
箱の蓋が外れて破れ、中から色とりどりの野菜が道に散乱する。
トマトが跳ね、タマネギが転がり、レタスの葉がぺしゃりと潰れた。
「あーっ、野菜があ……!」
通りすがりの女の子が悲鳴を上げた。
その声に、周囲の視線が一斉にコロッタへ向けられる。
「おいおい! 邪魔するんならどっか行ってくれ!」
苛立った様子の商人が怒鳴りつける。
赤ら顔の男で、手に持った計算札が風でめくれた。
横目で様子を見ていた手伝いの冒険者までもが、露骨に眉をひそめて舌打ちする。
「ほんっとにテメエは無能だな! ちったぁゲオルを見習え! 幼馴染だってのに大違いだぜ……ったく」
言葉の槍が飛び交い、冷たい視線がコロッタに突き刺さる。
だがその中、ドルジークだけは騒ぎに一切反応せず、淡々と手元のノートを広げていた。
銀の縁取りが入った眼鏡の奥で、瞳だけがキラリと光る。
ペンを滑らせながら、落ち着いた筆致で書き込む。
『小さな段差で横転。重心再計算要』
「なるほど……台座設計から見直しだな」
彼の思考はコロッタの機体にとどまらず、その動き、その反応、その失敗に向けられていた。
周囲の喧騒とは裏腹に、まるで宝石でも見つけたかのように、彼の表情には微かな笑みすら浮かぶ。
「わたしも手伝う!」
「がんばれー!」
倒れたコロッタを面白がって、近くにいた子供たちが群がり始める。
まだ小さな手で、重たいコロッタを必死に起こした。
体勢を復帰させたコロッタは、手足をぎこちなく動かし、再び木箱を拾い上げようとする。
何度も、何度も。
だが、今度は勢い余って車輪が空回りし、すぐ隣の木箱に激突。
「うおわっ!」
再び野菜が舞い、群衆のあちこちから悲鳴と笑いの入り混じった声が上がる。
「おいコラ! 冗談でやってんじゃねぇんだぞ!」
詰め寄る商人の怒鳴り声にも、ドルジークは表情を変えない。
『感度不足。バンパー要改装』
『子どもの興味度…高。娯楽用途の需要?』
ページの至る所にびっしりメモを残し、彼はさらにもう一行書き加えた。
『ミスが多いが目の離せない挙動。人目を引きつける設計は案外正解』
「なにニヤニヤしてやがる! 野菜がダメになった分、どうしてくれるんだ!」
胸ぐらに手をかける勢いの商人。
しかしドルジークは手を走らせたまま、顔だけを上げた。
「貴重なデータ収集中だ。あと二十分で終わる」
言い放つその言葉は、冷静そのもの。
どれだけ罵声が飛ぼうとも、彼にとっては、この失敗の一つ一つが何より価値ある成果だった。