「それで、レイラ。状況はどうなの?」
「最悪です。ファラオを侮辱する行為なので、国民が興奮して手がつけられません。ただ――」
「ただ?」
「幸いなことに墓場からナイル川の方角まで足跡がついています。これを追えば、犯人逮捕も時間の問題かと」
「なるほどね。さあ、行きましょうか」
部屋を出るとき、嫌な予感がした。
簡単に片づく事件なのだろうかと。
神官の部屋にいたのは、私たち二人だけだった。ダリアは、すでに犯人を追うべく出立していた。
状況整理せずに行動するなんて、まるで直進しかできないイノシシね。ルカイヤたちは無理やり同行させられたわけだけど。
「ねえ、足跡はどこまで続くのかしら……?」
額を流れ落ちる汗を拭う。
レイラも暑さにやられたのか、返事がない。
ナイル川の方角に向かって伸びる足跡は、途切れることがない。それ自体はありがたいけれど、この調子じゃ、ナイル川につきあたる。もしも、そうなれば――犯人を追う術はなくなる。
「アイシャ様、水分補給を忘れずに。このままでは、犯人に辿り着く前に倒れかねません」
「そうね……。ねえ、レイラ」
「はい、何でございましょうか?」
「この事件、何か裏がある気がしない? だって、墓を暴くなんて、そう簡単にできないでしょう?」
レイラは首を縦に振る。
「先代の墓は衛兵が護衛していました。彼らが、やすやすとやられるとは思えません」
彼女は、私たちについてきている衛兵二人に目をやる。
鍛え上げられた彼らがいれば、盗賊に出会うことがあっても安心だ。
「まあ、盗賊を捕まえれば済む話ね。さあ、前進しましょう」
足跡を追って数刻経つと、ついにナイル川に着いてしまった。もちろん、足跡は川の手前で途切れている。
「あら、やっと来たのね。遅すぎて、あくびがでるわ」
川の近くで涼むダリアの姿があった。
彼女についていた衛兵は、何やら作っている。
「さあ、小舟を早く作りなさい! 小娘より先に向こう岸に着くわよ」
衛兵たちは、ダリアを睨むが文句は言わない。いや、言えないらしい。
「アイシャ様。我々も舟を作りましょう。遅れを取りますが――」
私は、手を上げてレイラの言葉を遮る。
「ねえ、レイラ。今って雨季よね?」
「ええ、そうですが……」
それを聞いて満足した。
「ダリアたちとは、ここでお別れみたいね。レイラ、川上に向うわよ」
そのセリフを聞いて「川上に船着き場はないわよ」と、嘲るダリアの言葉が浴びせられる。
「大丈夫、私はあなたと違って真実が見えているから」
そう言うと、首をかしげるレイラを連れて川上に向かう。
さあ、盗賊逮捕のショータイムよ。