目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

カチコミ開始よ!

「アイシャ様、本当によろしいのでしょうか?」


 レイラは腑に落ちないらしい。


 それは当たり前かもしれない。


「レイラ、今は雨季よ。ナイル川は徐々に増水して、毎日川幅が広くなる。つまり、盗賊がナイル川沿いに歩いても、時間が経てば勝手に足跡は消えるわ」


「さすがです、アイシャ様。ですが、なぜ川上に向かうのでしょうか? 川下の可能性もあるのでは……?」


 鼻を指すと、「香油よ」とだけ言う。


 賢いレイラなら、これだけで分かるに違いない。


「なるほど、香油の匂いですか。足跡は消せても匂いは消せませんからね。そうなると、この匂いを辿れば逆賊から死者の書を取り戻せるのですね」


 力強くうなずく。


 ナイル川に続く足跡は一人分だった。でも、アジトには仲間がいるに違いない。


 こっちの衛兵は二人。あとは護衛術を極めているレイラ。


「人数が足りればいいのだけれど」


 私は独りごちた。





「あれじゃないでしょうか」


 レイラは遠くに見える建物――といえるか怪しいものを指し示す。


 どちらかというと、塹壕に近い。


「あとは、盗賊が何人いるかが問題ね。あなたたち、先遣隊をお願いできるかしら」


 衛兵たちは、こくりと首を縦に振る。


「死者の書は私とレイラが取り戻すわ。さあ、作戦開始よ」


 衛兵らが敵のアジトに踏み込むと、怒号が飛び交う。金属がぶつかり合う甲高い音が響く。


 しばらくして「敵の制圧が完了しました」と報告がくる。


 塹壕に向かって伸びる六人の足跡を追う。


 そこには、衛兵によって組み伏せられた賊の姿があった。


「敵は三人だったのね。人数不利を覆したのはさすがよ」


「ありがたきお言葉。ですが、少し不審な点がありまして……」


 衛兵が首をかしげる。


「おかしなことに、死者の書が見当たらないのです」


「え、こいつらが持っていない!? そんなはずは……」


 何かがおかしい。死者の書がないこともだけど、何かが引っかかる。


 待って、ここに伸びる足跡の数! あれは六人分だった。盗賊三人と衛兵二人。つまり、一人分多い!


「レイラ、気をつけて! まだ、誰かが――」


「おっと、そこまでだ」


 気づいた時には、新たに姿を現した賊によって首元に刃物を突きつけられていた。


「お前だろ? 最近、ファラオに気に入られている神官は。お前を殺せば、あの方もお喜びになるだろう!」


 あの方? つまり、こいつらのバックには誰かがいるということね。


 新たな情報を得たものの、この状況では――。


「アイシャ様、お許しください!」


 レイラは、そう言うと足元の砂を蹴り上げた。


 あたりに砂煙が立ち上り、視界が遮られる。


「そこっ!」


 ボコッと音がすると、体の拘束が緩くなる。間違いなくレイラの一撃が決まった。


 煙が収まると、そこにあったのは――自殺した盗賊の姿だった。死者の書が袖からのぞいている。


「くっ、情報を漏らすより死を選んだわけね……」


「申し訳ございません。私がしっかりとしていれば」


「レイラ、あなたの責任じゃないわ。それに、まだここに三人いるわ」


 拘束された賊を見下ろす。


「待ってくれ! 俺たちは、そいつに雇われただけだ! 何にも知らない!」


「あっそ。そうだとしても、しかるべき処罰が待っているわよ」


 ファラオを侮辱した罪、その身で償いなさい!

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?