「それにしても、誰かの上に立つって難しいわね」
神官のトップに任命されてから数日。部下の前では威厳のある態度が必要だから、肩がこってしょうがない。
木製の腰掛に座りながら肩を叩く。
「そうかもしれません。気が抜ける場所は自室だけになりましたから」
レイラが相づちを打つ。
盗賊一派を操っていた黒幕を暴く。それが目下の課題。死者の書を盗むという行為は、ファラオに喧嘩を売ることを意味している。反対派の中に首謀者がいるのは間違いないわ。
「ねえ、レイラ。この国でファラオをよく思っていないのは誰かしら?」
「あくまで噂ですが……。カーミル様の一族が反体制派だと聞いたことがあります」
カーミル。私に婚約破棄を言い渡した上に、破滅に追い込もうとした男。カーミルは砂地獄の刑により、この世にはいない。
「なるほど」
立ち上がると、木製の収納箱の引き出しを開ける。部下の報告書に目を通すが、そういった情報は書かれていない。
あくまでも噂。そして、高貴な身分の一族を悪くことができないのね。
「さて、出社よ。レイラ、あとを頼むわ」
「はい、アイシャ様」
最近、出社というワードの意味を教えたから、レイラは何も疑問に思わない。
こうやって、古代エジプト人も現代社会に染まっていくのかもしれない。
「出社しても、進展がない限りイスに腰掛けるだけなのだけど……」
神殿の庭を横切った時だった。
何かが庭を這いずっている。それは、毒蛇だった。独特の臭いを放っている。
「ちょっと、なんで毒蛇がここにいるのよ!」
急いで衛兵を呼び、事なきを得た。
「ねえ、この蛇だけど、侵入経路の見当はつくのかしら?」
「侵入経路ですか。そうですね、人為的なことは確かです。神殿の周りは我々が見張っています。蟻一匹たりとも侵入することはできません」
人為的ということは、誰かを殺す目的で持ち込まれたとしか考えられない。
誰が標的なのかしら。ここ最近の動きから考えると、ファラオが第一候補ね。次点で私。スピード出世をよく思わない人たちがいるのは知っている。
「恐れながら申し上げます。この蛇ですが、アペプの分身とされている種です。つまり――」
「アペプを信仰する一派がいるってことね」
「はい、その通りでございます」
闇と混沌の象徴アペプ。エジプトでは邪神として恐れられている。それを信仰するということは、やはりファラオに敵対する信者がいるということね。
アペプがいる冥界を、死者の魂が通る時に身を守る方法が書かれているのが死者の書。やはり、先代のファラオの墓荒らしも反体制派と考えるべきかしら。彼らは、この国を混沌に陥れて、国家転覆を狙っているのかもしれない。
「今回の件、ここだけの秘密にして欲しいわ」
「え、上に報告しないのですか?」
「もし、報告すれば毒殺をもくろむ一派が警戒するわ」
「なるほど。かしこまりました」
この事件、一筋縄ではいかないわね。でも、解決してみせる。ファラオのためにも。