「ああ、厨房が見えてきたわ!」
廊下を走ること数分。ようやく目的地が見えてきた。
走ったことで「行儀が悪い」と周りから言われたけれど、そんなことを気にしている場合じゃない。
厨房に駆け込むと、ちょうど料理人が配膳の手配をしているところだった。
「間に合ったわね……。悪いけれど、その食事を出すの、ちょっと待ってちょうだい」
料理人たちは面を食らっている。
「どういうことでしょうか。話が見えないのですが……」
「ファラオの食事に毒が盛られている可能性があるの!」
「本当ならば、まずいことに……」
料理人の声には焦りがにじんでいる。
「どうしたの?」
「これは、同席される方への食事です。ファラオの分は先に配膳しているので――」
まずい! ファラオが危ない!
今日は神聖な儀式の日。ファラオが「神から与えられし食」をそのまま受けるという慣例があったはず!
「レイラ、急ぐわよ!」
儀式の場に着くと、料理を口にしようとするファラオの姿があった。
「ファラオ、それを食べてはなりません! 毒が盛られている可能性があります」
走りこんだ勢いのまま、食事を叩き落とす。
べちゃっという音が静かな空間に響く。
「アイシャ、どういうことだ! 神聖な食事を台無しにするとは――」
「ファラオ、ご無礼をお許しください。しかし、あなた様の命に関わるのです!」
「命に関わる……? 何を根拠に?」
ファラオは戸惑っている。
簡潔に庭での毒蛇事件を説明する。
「なるほど、事情は分かった」
よかった、ファラオが柔軟な考えの持ち主で。
「いいえ、よくありません! 神聖な儀式を台無しにした者に処罰がなければ、示しがつきません。投獄するべきかと」
ファラオの隣に座っている男が異を唱える。
「あなたは、いったい……?」
「この方がムスタファ様です」
レイラが耳打ちする。
こいつが黒幕。ファラオの死を隣で楽しもうとしていたわけね。
「衛兵よ、こいつを牢屋に連行しろ!」
「ちょっと、こっちの言い分を聞いてよ!」
「神官のトップであろうと、無礼者には罰を与えねばならん」
衛兵に腕を掴まれると、儀式の場からズルズルと引きずられる。
「ファラオ、その料理にネズミを近づけてください! 少しでも口にすれば、毒の有無が分かるはずです!」
ファラオは無言でうなずいた。
ムスタファは「余計なことを!」といった表情だった。
悪者になってでもファラオを守ってみせる。たとえ、投獄されようとも!